……まさか、オークの方が被害者だったとはな。
俺としたことが、つい見た目で判断してしまった。
すまん、オークくん。
無駄に禰豆美に腹パンされるハメになってしまって。
考えてみれば、とんだもらい事故だったな。
とはいえ、これで事件は解決……とはいかないだろう。
この女の子にはまだ聞きたいことがある。
「あの魔方陣は一回限りのものなのに。もうオークを召喚することはできないわ」
ブツブツとつぶやく女の子に、俺は質問しようと声をかけた。
「ちょっといいか……?」
その瞬間、ゆらりと揺れながら女の子が立ち上がった。
そして、ズンと俺の目の前に迫ってくる。
「うおっ……」
思わずのけぞってしまう俺。
べべべべ別にびビビってねーし!
さらに女の子は眼鏡の奥の瞳から殺気を発しながら俺を見てくる。
この感覚は久しぶりだな。
黒武者との初対面以来か?
いや、違うな。
黒武者にはわりと頻繁に殺気を向けられている。
「な、なんでせう……?」
おっと、ここは勘違いしてくれるなよ。
俺はビビって噛んだわけでも、女の子に恐怖を覚えて敬語になったわけでもない。
初対面の人に敬語を使っただけだ。
大人の対応ってやつだね。
「あんた、初対面どころか誰に対しても敬語なんて使ったことないじゃない」
「思考を読むなっ!」
なんだよ、禰豆美といい、黒武者といい。
人の頭の中を読むのが流行ってんのか?
「……って」
「え?」
女の子がブツブツと虚ろな目で何かを訴えてくる。
「……責任とって」
「な、なんのだ?」
「私の長年の夢を壊した責任よ! せっかくオークに無茶苦茶にしてもらえるはずだったのに! おかげで何もなく、無事で終わったじゃない!」
「ひ、人はそれを『助けた』と言わないか?」
「私自身がアヘ顔堕ちを望んでたんだから、言うわけないでしょ!」
「いでででで!」
女の子が俺の両頬を指でつまみ引っ張ってくる。
くそ! なんなんだよ!
この世界には変態しかいないのか!?
「責任とって、あんたが私を犯しなさいよ!」
「なんでそうなる!?」
「あなたなら、私が眼鏡を外せば、ギリギリ、オークに見えなくもないわ」
「サラッと罵倒するな!」
「つべこべ言ってないで、何も考えず脳死で襲えばいいのよ!」
「何も考えずに人生を棒に振れるか!」
そもそも俺は3次元に興味はない。
そんなことをして捕まるなんてまっぴらごめんだ。
「ちょ、ちょっと待て! 人外に襲われたいなら、禰豆美はどうだ? ああ見えて、元は魔族で魔王だったんだ」
俺が禰豆美を指差す。
すると、女の子はちらりと禰豆美の方を見た。
すまん、禰豆美。
俺のために犠牲になってくれ。
「ふたなりでもない彼女が、どうやって私を犯せるのよ?」
「うっ!」
痛いところをついてくる。
意外と冷静なやつだ。
ちっ、禰豆美に擦り付けるのはダメか。
なら、ここは勢いで押し切るまでだ!
「黒武者さん、襲ってやりなさい」
俺は、印籠を持ったご老公のごとく威厳を持ってそう言ってやった。
さあ、いけ、黒武者!
お前の唯一の見せ場だぞ!
「無理ね」
「な、なんでだよ?」
俺の問いかけに黒武者は大きくため息をついた。
「言ったでしょ。私のストライクゾーンは15から16歳。ギリギリ妥協して17歳までよ。彼女は18歳。残念だけど、対象外だわ」
「……なんで、18歳だとわかる?」
「匂いよ」
「……」
変態ここに極まれり。
……ということは、苗代は17歳だったってことか。
高校3年と言っていたが、まだ誕生日を迎えてなかったということなんだろう。
それにしても黒武者は意外と貞操観念が固い奴だな。
面倒くさいこと、この上ない。
「この場で竿付きなのは、あなただけなのよ」
ギロリと俺を睨んでくる女の子。
「さ、竿って言うな……」
凄味に押されて、ギリギリそう返すのが精いっぱいだった。
「じゃあ、汁男優ってところかしら?」
「お前はもう黙ってろ!」
黒武者はまったく俺を助けようとする気配がない。
本当に役に立たないやつだ。
「はーーーー!」
「うおっ!」
不意に女の子に押され、俺は尻もちをついてしまう。
そこを女の子に覆いかぶさられる。
「ちょちょちょ! ちょっと待て!」
「事故に遭ったのだと思って、諦めなさい」
ヤバい!
完全に目が座っている。
くっ、無念だ。
俺はモナ子のものなのに!
……ん?
あれ? ちょっと待てよ。
「覚悟―!」
「これだと、お前は襲われる側じゃなくて、襲う側になってるぞ!?」
「…………はっ!?」
目を見開き、ヨロヨロと後ろに下がる。
そして、今度は女の子の方がペタンと尻もちをついた。
「そ、そんな……私としたことが……」
「ふう。……危なかった」
俺はササッと立ち上がり、距離を置く。
「そんなー! 私は一体、どうしたらいいのよぉおおおお!」
頭を抱えてむせび泣く女の子。
「ふっ! 俺の勝ちだな」
俺はそう捨て台詞を吐いて、黒武者と禰豆美を連れてその場をそそくさと後にした。
「おかえりー!」
浜辺に戻ると、そこには栞奈と真凛が、俺たちの帰りを待っていた。
「……先に旅館に戻ってろって言ったのに」
「だって、おじさんのこと心配だったから」
「すみません。僕がいない間に……」
「気にするな、真凛。こんなときもあるさ」
「で、どんな事件だったの?」
栞奈がそう聞いてきた。
俺は説明しようと口を開いたが、言葉が出てこない。
……そうえば、なんだったんだろうな。
今回の事件は。
「いくら、お金をもらったんですか?」
今度は真凛が聞いてくる。
「あー、いや……」
オークくん、あっちからお金送ってくれるかな?
念のため、あとで禰豆美に聞いてみよう。
「とにかく、旅館に戻ろう。一息つきたい」
ホントにもう、何もしてないのにスゲー疲れた。