そう。
後から考えてみれば、最初に、この場面を見たとき確かにある違和感を覚えていた。
それがオークという非常識な存在のせいで、そっちに視線と意識が向いてしまったのだ。
「いやあ! やめて! 犯されてアヘ顔で墜とされちゃう!」
自分で自分の体を抱きしめるような形で、一人、砂浜をゴロゴロと転がっている女の子。
それを無言で見ている俺たち。
傍から見れば、それこそ異様な光景だろう。
「……助けんでいいのか?」
頭上から呟きのような、禰豆美の声がする。
「いや、助けるも何も、困ってないだろ、あれ」
「ふむ。まあ、そうじゃな」
禰豆美も戸惑っているようだ。
だいぶ、引いているのが太ももからも伝わってくる。
あー、いや、この表現は危険だな。
空気感で伝わってくる、と訂正しておこうか。
だから、通報はしないでおいてくれ。
「……じゃが、あれをそのままにしておくのはマズいじゃろう?」
そう言って、『呆然としている』オークを指差す。
「確かにな。この世界にはいない生物だ。あんなのがウロついていたら大騒ぎだな」
「ここは儂に任せろ。確かめたいこともあるしのう」
そういうと、俺の肩から跳び、空中でギュルギュルと回転しながらオークの前に立つ禰豆美。
いや、格好いいけどさ。
回転する意味あったのか?
「あっ……」
突如、目の前に現れたバトルスーツ姿の禰豆美に、肩を振るわせて驚くオーク。
「ふん!」
「おふっ!」
禰豆美の腹パンを受け、一撃で砂浜に沈むオーク。
弱いな。
まあ、オークってどの作品でも、最初あたりに出てきてやられるモンスターだもんな。
ましてや相手は元魔王。
勝てるわけもない。
「あー! 私のオークが!」
さっきまで砂浜でゴロゴロしていた女の子がガバっと立ち上がり、前のめりで倒れたオークに駆け寄る。
ん? なんか変な方向に話が進みそうだぞ?
とりあえず俺と黒武者は顔を見合わせたあと、禰豆美たちのところへ歩いていく。
今回の事件はおかしい点ばかりだ。
まず、ファンタジー世界にしかいないオークが現実にいること。
それを見て、逃げ出すどころか、わざと捕まりたいというくらいに、その場でゴロゴロと転がっている女の子。
挙句の果てに『私の』オークという始末だ。
「ちょっと! まだ何もしてないじゃない! せめて水着を引き裂くくらいしなさいよ!」
女の子が倒れたオークをユサユサと揺すっている。
「……なあ、黒武者。同じ方向の変態として、どう思う? あの女の子」
「……同じにしないでくれる? ぶっ殺すわよ?」
「うっ! すまん」
「私は犯る側よ」
「謝罪を撤回させてくれ」
なんだよ、お前はオークより危険な存在かよ。
栞奈のところに置いていかなくて本当によかった。
「このオークはお主が召喚したんじゃな?」
オークを揺すっている女の子に鋭い視線で問いかける禰豆美。
「そ、そうだけど……」
この会話は、ファンタジーの世界ならなんの不思議もないものだ。
この女の子は召喚士なんだろう、で片付けられる。
だが、ここはファンタジーの世界でもなんでもなく、現実の世界なのだ。
それなのに、オークを召喚したのだという。
あ、もしかして、この女の子……。
「転生者、とかか?」
「いや、違うじゃろうな。魂や体に再構築された形跡が全くないからのう」
「え? そんなこと、わかるのか?」
「無論じゃ。儂を誰だと思っておる」
「じゃあ、俺のことも……?」
「一目でわかったぞ」
そっか。
やっぱり俺は転生したというわけか。
ということは、女神は俺の体を、俺のままに再構築したことになる。
……くそ。
せめて痩せた状態にして、構築してほしかった。
とはいえ、終わったことをグダグダと考えていても仕方がない。
「転生者じゃないなら、どうやって召喚なんて魔法みたいなものが使えたんだ?」
「ふむ。見たところ、この世界の人間は魔力を作り出す器官そのものがないようじゃからのう」
顎に手を当てて考え込む禰豆美。
そして、すぐに顔を上げる。
「一番手っ取り早いのが魔具を使うことなんじゃが……」
「魔具ってことは、魔力が込められた道具ってことだろ?」
「それがあれば、たとえ、本人に魔力がなくとも、召喚術は発動するはずじゃ」
「ふーん。なるほど」
俺は、既に揺するのを止めて、泣き出し始めた女の子を見る。
「えーん! 起きてよー! 起きて、私を襲いなさいよー!」
おっと。
かなりのド変態さんのようだ。
あまり、というか絶対に関わりたくないタイプだな。
「儂なら、このオークを、元の世界に戻せるが、戻した方がよいんじゃよな?」
「ああ。ぜひ、そうしてくれ」
「え? ちょっと待って! だ、だめよ!」
ハッとして、慌てて止めに入ろうとする女の子。
だが、既に禰豆美は魔法を発動させたのか、オークの体が光り始める。
そして、その光が一際強くなったかと思うと、すぐに収束していく。
光が収まったときには、まるで最初からそこには何もなかったかのように、オークの姿が消えていた。
「いやー! 人外に無理やりやられるのが夢だったのにぃ!」
顔を両手で覆ってガチ泣きし始める女の子と、それを見てドン引きする俺たち。
すると、俺の体も光り始め、変身が解ける。
ん? なんで、このタイミングで?
そう思った時、俺は最初に覚えた違和感と、その原因を理解する。
俺たちがここに到着したとき、どう見ても『女の子が』困っているようには見えなかった。
じゃあ、なんで俺が変身したのか。
一体、誰が『困っていた』のか。
そう、その答えは……。
いきなり変な世界に召喚された、『オーク』だったのだ。