突然の変身。
考えてみれば、女神からの感度3000倍にさせられたから、変身するのって100回以上していることになる。
そんだけ変身していれば、変身することにも慣れてくるというわけだ。
そして、そもそも海にいる理由は、お金を稼ぐこと。
つまりはこっちが本命なのである。
すっかり忘れてたけど。
……よし、やるか。
俺はヘルメットのボタンを押して、音が鳴るセンサーを作動させる。
この流れも実に手慣れたものだ。
「出動じゃな!?」
待ってましたとばかりに、既に変身している禰豆美。
黒武者の方と言えば、面倒くさそうな顔をしつつも、仕方なさそうにため息をついて変身した。
「わ、私も……」
栞奈はふらふらと立ち上がりながら、変身しようとする。
「ちょっと待て、栞奈。お前は疲れてるだろうから、今回はお休みだ」
「えー! なんで?」
「……疲れてるからだって、理由を言っただろ」
「大丈夫だよ、私、やれる!」
「いいか、栞奈。もし、お前が無理をして取り返しのつかないことになってみろ。俺は……自分を許せそうにない」
「……おじさん」
栞奈が今にも泣きだしそうなほど、目を潤ませている。
よし、同情作戦は効いたようだ。
栞奈の場合は無理やりダメだと言うと返ってムキになる。
だから、こうやって心配したり、悲しんだりするフリをするのが1番だ。
そもそも、栞奈がついてきたところで、あまり意味はない。
栞奈たちの変身はただのコスプレで、なんの能力もないんだからな。
「わかった。私、今回はお留守番してる」
「ああ。そうしてくれ。知らない人についていくなよ」
「大丈夫。私がついていくのはおじさんだけだから」
グッと親指を立てる栞奈。
俺も、同じように親指をグッと立てる。
頼むから、他の人間がいるところでそのセリフ言うんじゃないぞ?
俺、捕まっちゃうから。
という意味を込めて。
「あ、私、栞奈ちゃんが危険になったら困るから残るわ」
「お前が残ったら、栞奈が危険だから却下だ」
「正博、何をやっておる! 早くポーズを決めんか!」
プルプルと震えながら、ずっと決めポーズをしている禰豆美。
なぜ、俺にだけ要求する?
「禰豆美、今回はポーズは無しだ。そもそも真凛がいないしな。いくぞ」
「えー! いやじゃ! いやじゃ! 儂は決めポーズしたいんじゃ!」
仰向けに寝転がって手足をばたばたとし始める禰豆美。
……面倒くさいやつだな。
が、しかし。
こいつのあしらい方も既に見つけている。
それは食べ物で釣ることだ。
「立て、禰豆美。帰ってきたら、プリンに納豆かけたの食わせてやるから」
「……」
ピタリと駄々をこねるのを止め、目を見開いて俺を見てくる。
うっ!
さすがに適当過ぎたか?
そりゃそうだよな。
そんな気持ち悪いもん、誰も食いたくないよな。
ガバッと起き上がる禰豆美。
「お主……天才か。そんな組み合わせ、美味いに決まっておる」
キラキラと目を輝かせて、尊敬の眼差しで俺を見ている。
そんなところじゃなく、もっと別のことで尊敬してほしいものだ。
「いや、尊敬まではしておらん」
「しろよ、尊敬っ! ってちょっと待て、今、思考読まなかったか!?」
と、ホントは真偽を問い詰めておきたいが、黒武者が、疲れてぐったりしている栞奈のマッサージを始めたのと、困っている人を早く探して解決しないといけないということもあり、諦めた。
俺は禰豆美を持ち上げて肩車させて走り出す。
「黒武者、お前も早く来い!」
「えっ! せめて一揉み!」
「早く来い!」
思った以上にヤバい状況だったみたいだ。
「あー、もう、わかったわよ」
こうして、俺たちは3人で現場に向かったのだった。
「……」
「いや、止めて! 乱暴する気でしょ! エロ漫画みたいにっ!」
現場に到着した俺たちは、あまりにも異様な場面に言葉を失った。
場所は岩場の影。
観光客が集まっているところとは少し離れた場所なので、当事者たちしかその場にはいない。
おそらく、誰かがいたら大騒ぎになっていただろう。
昨日の巨大カメなんか話にならないくらいに。
それくらい異様な……というより、あり得ないことが目の前で起こっていた。
というか、あり得ないものが、存在しているのだ。
「……オークだ」
「オークじゃな」
この世界ではありえない存在であるオーク。
豚の顔をして、牙を生やした緑の肌の化け物だ。
だが、その身長は150cmくらいと、思ったより小さい。
あれ? 小さいのはゴブリンじゃなかったっけ?
じゃあ、あれはゴブリンか?
いや、でも、禰豆美がオークと言ってるからオークなんだろうな。
あまりの超展開に、俺の脳が現実を受け入れようとしない。
「なに? あの豚」
黒武者が顔をしかめて言う。
「お前が言うと、違う意味に聞こえるな」
なんか、俺が罵倒されたような気分だ。
おっと、言っておくが、特定の人間は黒武者の罵倒がご褒美になるかもしれないが、俺はそんなことは全くない。
罵倒されて嬉しいのは2次元のキャラにされたときだけと言っておこう。
「いやー! 襲われるー! 犯されるー! 種付けされるー!」
眼鏡をかけた、おかっぱの少女が叫んでいる。
年は大体、17、18くらいだろうか。
恐らく高校生くらいだろう。
たぶん、栞奈よりは年上で、真凛よりは年下。
そんなところだろうか。
白い無地のオーソドックスな水着を着ていて、パッと見、地味という印象を受ける。
それがさらに、年齢を低く見せている可能性もある。
そんな女の子が、砂浜に倒れこみ、オークを見ながら、頬を赤く染めながら体をクネクネさせていた。
そんなことをしている間に、走って逃げればいいのに。
おそらくその場にいる全員が思ったのではないだろうか。
オークも含めて。