灰色の全身スーツのフルフェイスメットの子供が、そこにいた。
なんか、シュールを通り過ぎて怖い。
このスーツのフォルムって見慣れてたと思ったんだけど、色って大事なんだなぁ。
赤、黄、青は、そんなに違和感はなくなってたんだけどね。
……グレーか。
地味な色んだんだけどな。
逆にその地味な色が、異様さを引き立ててるのか?
それは、鏡でピンク色のスーツ姿の俺を見たとき以来の衝撃的映像だった。
「おおっ! 変身じゃ変身じゃ!」
ピョンピョンと嬉しそうに跳ね回っている禰豆美。
それは新しいおもちゃを与えられた子供のようなはしゃぎようだ。
……そのままだな。
新しいおもちゃをもらった子供だ。
「って、ちょっと待て、女神!」
「なんですか~?」
「なんでグレーなんだよ? もう少し、ほら、あるだろ!? 緑とか黒とかさ!」
「でも~、『灰』薔薇『禰豆美』ですよね~? これはもうネズミ色しかないですよ~」
いや、お前、今まで名前とかで色決めてなかったじゃん。
じゃあ、なんで黒武者は黒じゃなくて赤なんだよ?
あれか? 狂暴的な印象から赤にしたのか?
「今ならまだ間に合う。緑に変えて……ぎゃああああああ!」
いきなり腹のベルトが締まる。
「面倒くさいです~」
ブツッという音がした後、ピタリと女神の声が途切れた。
そして、ベルトの締めも収まり、緩くなる。
「はあ……。なんか、もういいや」
ドッと疲れた。
まあ、そのうち見慣れるだろ。
俺のピンクみたいに。
「ねずっち、可愛い!」
「禰豆美さん、格好いいです!」
「うむ! そうじゃろ、そうじゃろ!」
いつの間にか、栞奈と真凛も変身して禰豆美と遊び始めた。
元気な奴らだな。
まあ、楽しいようでなによりだ。
「はあああ! ラ〇ダーキックじゃ!」
3人はテンションが上がったせいか、ごっこ遊びを始める。
禰豆美が栞奈にローキックを放った。
色々と間違ってるぞ、禰豆美。
てか、そんなのどこで覚えてくるだよ?
「やるなぁ! こっちはウル〇ラビームだー! ビビビビビ!」
「ぎゃああああ! やられたのじゃ~!」
体を震わせて、倒れる禰豆美。
「禰豆美さんの仇です! こっちはゴ〇ラです! がああああ!」
「うわわ! 火を吐くなんて卑怯だよー!」
……せめて戦隊ヒーローごっこにしろよ。
その恰好、意味ね―じゃねーか。
まあ、いい。寝るか。
俺は布団の中に潜り込もうとする。
すると、妙に神妙な顔をした黒武者が、なにやら考え事をするように顎に手を当てていた。
「どうした、黒武者? 悩み事か?」
「触手で襲うなら、バトルスーツと水着、どっちの時がいいのかしら?」
「知らねえよ!」
てか、お前、触手出せねーだろ。
俺は壁際の布団に入って、目を瞑った。
栞奈たちがちょっとうるさかったが、疲れていたせいか俺はすぐに眠りに落ちていったのだった。
「もっとこうだよ!」
「こうかっ!?」
「足をピーンとするんです!」
「ふむ、こうじゃな!」
朝。
スズメの鳴き声ではなく、栞奈たちの声で目を覚ます。
起き上がると、栞奈、真凛、禰豆美は変身した状態でポーズを決めていた。
黒武者は俺とは逆方向の壁際ですやすやと眠っている。
「お前ら、早起きだな……」
欠伸をしながら言うと、栞奈は首を傾げた。
「早起き? 起きてないよ?」
「……何言ってんだ?」
「僕たち、寝てないんです」
「夜通し、話し合ってたのじゃ」
「……あ、そう」
徹夜か。
ある意味スゲーな。
若さってやつか。
羨ましいとは全然思わんが。
時計を見ると朝の8時。
実に健康的な生活サイクルだ。
「そろそろ、朝飯食べに行くか」
「うん! 私、お腹ペコペコ」
「僕もです」
「儂もじゃ!」
せっかく旅館に泊まっていて、朝食が出るんだ。
食べておかないと勿体ない。
久しぶりにカップ麺以外のものも食べたいしな。
「よし、栞奈。黒武者を起こしてやれ」
「はーい!」
トタトタと黒武者のところまで走っていく栞奈。
「クロちゃん、起きて―! 朝ごはんだよー!」
「え? いいの!? いただきます!」
カッと目を見開いた黒武者が栞奈を押し倒し、布団の中に引きずり込む。
「きゃあああー!」
栞奈の悲鳴が響く。
「朝から、なにやってんだー!」
俺は慌てて栞奈を救出するため、走った。
「いただきます!」
テーブルにつき、5人で手を合わせる。
朝食はバイキングスタイルだった。
各々が好きなものを取っている。
栞奈はパンにミートボールやウィンナーなどの肉系が中心。
真凛はパンとスクランブルエッグ、サラダなど、あっさり系。
黒武者はごはんに鮭、みそ汁など、オーソドックスな和食。
俺はごはんにミートボール、ウィンナーなのどの和食と肉系。
そして、禰豆美というと……。
「うむ! これは美味じゃ! 美味すぎるぞ!」
パンに納豆を乗せて、ジャムをかけてかじっている。
無我夢中で食べているさまは……なんていうか、引く。
……食欲失せるなぁ。
「このスープも美味いな!」
みそ汁をゴクゴクと飲む。
まあ、好みは人それぞれ。
本人が美味しいというのなら、それでいいだろう。
他人が口を出すことじゃない。
自分の嗜好を他人に押し付けることほど、迷惑なものはないからな。
「正博、食べるか?」
禰豆美がパンに納豆とジャムが乗ったものを差し出してくる。
「……いや、いい」
「食え」
「命令っ!?」
「美味いぞ!」
にっこりと笑う。
そんな無邪気な笑顔をされると、ワンチャン、実は美味いのか? と思ってしまう。
俺は試しに食べてみる。
……まずかった。