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第50話 異世界の転生者がいる?

 女神に話がある。

 禰豆美のその言葉に、俺はハッとした。


 ……そうだった。


 布団に入ろうとしていた俺は起き上がり、胡坐をかく。


「……女神、聞いてるか?」


 数秒の沈黙。


 まあ、ここまでは想定内だ。

 確かに四六時中、俺たちを監視してるわけでもあるまい。


「おーい、女神? 女神、返事してくれ」


 何度か呼び掛けてみるが返事がない。


 今回はしぶといな。

 まさか、寝てるのか?


「おい、女神、起きろって! 返事しろ!」


 頑なに返事してこない。


 ……なにやってんだ、あいつは。


「ダメだな。ホント、あのクソ悪魔は使えないな……」


 そう言った瞬間だった。


「ぎゃあああああああああ!」


 俺の腹に装着されているベルトが締まる。


「いでででででで!」

「……聞こえてますよ~」

「なら、早く返事しろよ! だからお前はつかないって……」

「……」

「ぎゃああああ! わかった! 俺が悪かった! 許してくれ!」


 スーッとベルトが緩んでいく。


 そう言えば、そんな機能、付いてたな……。

 すっかり忘れてた。


「それで、どうしましたか~?」

「えーとだな、分かればいいんだが、この世界に禰豆美以外の魔族の転生者っているのか?」

「わからないです~」

「……調べるのが面倒とか、そういうんじゃないだろうな?」

「……」


 図星だったようだ。

 ホント、この女神は神とは思えないぐらい面倒くさがり屋でいい加減だな。


「まあ、いるんじゃないんですか~? 知らんけど」

「……」


 こいつを頼った俺が馬鹿だった。

 女神はみんなこうなんだろうか?

 変更できるなら、チェンジしてほしい。


 と、そんなことを考えているときだった。

 俺はふと、あることに思い当たる。


「なあ、禰豆美」

「なんじゃ?」

「お前は女神……じゃなかった、悪魔とはこうやって連絡取ることはできないのか?」

「む? どうじゃろうな。取ったことがないからわからん」

「ってことは、悪魔はあんまり干渉してこないってことか?」

「じゃろうな。そもそも、魔族は直属の上の魔族の言うことしか聞かんからな」


 なんとも、ドライな話だ。

 人間の俺の感覚からして、悪魔は直属の魔族よりも上の存在だから、従いそうだけどな。


「それに、悪魔側もあることをしてくれればあとは自由だと言っておったからな」

「……あること?」

「悪いことをする、じゃ」


 平然と言う禰豆美に、俺は少しだけゾクッとする。


「も、もしかして、お前もそう言われたのか?」

「うむ」

「そのわりには、悪いことしてないよな、お前」


 というか、禰豆美に対しては逆の印象だ。

 最初に会った時だって、禰豆美は肉が食いたいからと、魚を取って物々交換をしようとしていた。

 普通なら、そのまま力づくで奪い取っても良さそうなのに。


「失敬じゃな。今日だって、儂は悪いことをしたぞ」

「え? いつのまに!?」


 まさか、隠れて何かやってたのか?

 ……いや、そんなはずはない。

 だって、今日一日、禰豆美はずっと俺たちと一緒にいたんだから。


「人間たちをカメから守ったじゃろ」

「……え?」

「まあ、止めはお主が刺したが、手伝ったことには変わりないじゃろ?」

「いやいやいや。待てよ。それって良いことじゃないか?」

「む? 魔族を、ましてや魔王であった儂を人間の物差しで測るな」


 禰豆美は少しだけ、むっとした表情になる。


「よいか? 魔族が人間を助けるなど、本来あってはならぬことじゃ。魔族の中では禁忌といってもいいじゃろう。それくらい、悪いことなんじゃよ」

「……そ、そうなんだ」


 禰豆美が素直で、少し抜けていてよかった。


 悪魔もその辺は結構、雑な対応だな。

 禰豆美を転生させた悪魔も、女神と同じ、面倒くさがりの臭いがする。

 そして、ちょっと抜けているところも似てるな。


「ん? って、ちょっと待て。それだとおかしくないか?」

「なにがじゃ?」

「カメを魔法で巨大化させて、人間を襲わせるのって悪いこと……あー、いや、魔族からしたら良いことなんだよな?」

「そうじゃな」

「なら、なんで、そんなことしたんだ? 悪いことじゃないじゃないか」

「言ったじゃろ。魔族は直属の魔族の言うことしか聞かんと」

「……あ」


 そうか。

 たとえ、悪魔が『悪いことをしろ』と言ったとしても、それに従うとは限らない。

 つまり、やりたいようにやる。

 魔族であることの良いことである――。


 人間に害を成す。


「そう考えたら、なんで、お前はその悪魔に従ってるんだ?」

「気まぐれというやつかのう。まあ、転生させてくれた恩もあるからな」


 なんていうか、元魔王とは思えないくらい義理堅いやつだ。


 俺は手を伸ばし、禰豆美の頭を撫でる。


「なんじゃ?」

「いや、別に」


 禰豆美は嫌ではないらしく、気持ちよさそうに目を細めている。


「……あれ? ちょっと待てよ。ってことは、これからも、その魔族は人間たちに危害を加える可能性があるということか?」

「まあ、十中八九そうなるじゃろうな」


 ……なんてこった。

 よし! 聞かなかったことにしよう。


「なんにしてもこれで謎が解けたな」

「じゃあ、次は儂の要件を言ってよいか?」

「え? お前の要件って、このことじゃなかったのか?」

「別に他の魔族が何してようが、儂は特に興味はないぞ」

「……そうなんだ。ドライだね」


 すると禰豆美はスクッと立ち上がり、上を見上げた。


「女神よ、頼みがある」

「なんですか~?」

「儂も変身したい」

「へ?」


 何を言い出すかと思えば……。

 まさか、変身を希望するなんて。


 変身したいか?

 あんな全身スーツのフルフェイスメットだぞ?


 って、いや、待て。


 そもそも禰豆美は悪魔側の転生者だ。

 いわば管轄外といったところだろう。

 あの面倒くさがりの女神が了承するとは思えない。


「いいですよ~」

「いいのかよっ!?」


 女神がそう言うのと同時に、禰豆美の体が光り始める。

 そして、禰豆美が変身を遂げた。


 その気になるスーツの色は――。


 ――グレーだった。

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