危険。
禰豆美が腕を組みながら、巨大カメを見上げている。
その姿はロリながら、貫禄があった。
さすがは元魔王といったところだろうか。
「ところで、あのカメが危険ってどういうことだ?」
「カメという生物は本来、あれくらいデカいのか?」
「え?」
禰豆美に言われて、俺はようやくその異常事態に気づく。
確か、カメの大きいものでも2メートルもないくらいだったはず。
それが倍以上の大きさ、というか俺よりもはるかにデカいのは明らかにおかしい。
……なんで気づかなかったんだ?
まあ、これに対しては言い訳させてほしい。
最初はてっきりサメだと思ってたというのがある。
サメならデカいのは、本当にデカいだろ?
正直、ジョ〇ズのサメを思い浮かべてたからさ。
それと比べれば、5メートルのカメなんて小さいだろ?
「……禰豆美の言う通り、あれは異常にデカい。デカすぎると言っていい」
「ふむ。じゃろうな」
「……原因、わかるのか?」
カメを睨みつけて、けん制している禰豆美に問いかけると、その答えは後ろから聞こえてくる。
「きっと、興奮してるんだよ! 興奮したらカメはおっきくなるって聞いたことあるよ! ね? 真凛ちゃん?」
「平均で言うと長さは約1、45倍で、太さは……」
「お前らはマジで黙ってろ!」
ホント、やめて。
もっと後ろで子供とかも見てるからさ。
「話を戻して、2倍以上の大きさに育つのは、突然変異だったとしてもおかしい気がするんだよな」
「……魔力を感じるな」
「魔力? あのカメからか?」
「うむ。おそらく、変異の魔法を使ってるんだと思うぞ」
「そんな便利な魔法があるのか?」
「儂は使えんがな」
「そうなんだ?」
「使えてたら、かっぷめんをデカくしておったわ」
「あー、なるほどな」
というやり取りをしていて、俺はまたまたハッとする。
いや、待て。
違うだろ。大事なところを流すところだった。
「いやいや、お前が魔法を使ってないなら、誰が使ってるんだよ?」
「儂に言われてもな。近くに魔族がおるんじゃろ」
「……え? ちょっと、待て。何言ってるんだよ?」
「む? 何かおかしいこと、言ったかのう?」
首を傾げる禰豆美。
……そうか。
考えてみれば、禰豆美も他の世界からの転生者だ。
禰豆美の他にも転生者がいてもおかしくない。
「……お前の他にもいるんだな? 転生者が」
「この世界で魔法が一般的でないのなら、そうなるじゃろうな」
「くそ。おい、女神!」
「待つんじゃ、正博。まずはあのカメを何とかするぞ」
「え? あ、そうだな」
長々と会話しているのに、カメが襲い掛かって来なかったのは、カメが空気を読んでいたわけではないだろう。
おそらく、禰豆美がにらみを利かせていたから、動けなかったんだと思う。
「儂が魔法でけん制するから、お主が止めを刺せ」
「あー、すまん、禰豆美」
「なんじゃ?」
「えっと、魔法は禁止でお願いできないか?」
「なぜじゃ?」
「ほら、その……後ろで、いろんな人が見てるからさ」
「……ふむ。面倒くさいが、まあいいじゃろ」
そう言うと同時に、禰豆美がカメに向かって走り出す。
カメは再び、頭と手足を引っ込めてしまう。
そして、今度はその場で回転を始めた。
ちっ!
器用なカメだ。
禰豆美はそのままカメに向かって走り、直前でカメの下に潜り込んだ。
ドンという鈍い音が響く。
するとカメが上に向かって弾かれるようにして飛ぶ。
禰豆美が下からアッパーカットをするように、殴りつけたのだ。
そして、カメは仰向け状態で落ちる。
カメは慌てて頭や手足を出して、もがき始めた。
「正博!」
「おう!」
止まってさえいれば、俺の敵ではない。
俺は甲羅に向かって全力でパンチを繰り出す。
すると甲羅にヒビが入っていき、そして、パリンと割れてしまった。
中から出てきたのは手のひらサイズの小さなカメだった。
「これが本体か?」
「そうじゃろうな」
「こんな小さいカメが、あんなに大きくなったのか……」
と、そのとき、後ろからワーッと歓声が上がった。
化け物のようなカメが退治され、観光客が喜んでいる。
その光景を見て、俺は慌てて海へと飛び込む。
案の定、俺の変身が解けた。
……あぶねえ。
危うく招待というか顔が割れるところだったぜ。
俺はそのままこそこそと泳いで、岩陰へと向かったのだった。
「30万をゲットしました」
俺と禰豆美が巨大カメを倒した後、真凛は見ていた観光客と自治体からお金を集めてきていた。
「いや、ホント、こういうところはすごいな、真凛は」
そう言って、頭を撫でてやると真凛が嬉しそうにほほ笑む。
「にしても、なんか疲れたな」
「せっかく、軍資金もできたことだし、泊まっていかない?」
黒武者が旅館を指差す。
「そうだな」
「わーい! 旅館だー!」
こうして、俺たちは打ち上げを兼ねて、海の近くの旅館に一泊することにしたのだった。
その後は何というか、平穏無事な時間が過ぎていく。
旅館の料理を食べ、風呂に入って、部屋のテレビを見ながらみんなでゴロゴロする。
なんというか、修学旅行みたいな雰囲気だ。
まあ、俺の修学旅行の思い出はトラウマ級に嫌なことしかなかったが。
なんにしても、みんながくつろいでいるようでよかった。
「じゃあ、そろそろ枕投げでもする?」
栞奈がウキウキしたような目をして、枕を握りしめている。
「お前はいつの時代の人間だよ。んな、面倒なこと、するわけないだろ」
「えー! 面白くなーい!」
ブーブー文句を言っているが、旅館内で暴れるわけにもいかない。
隣の部屋から苦情が来てしまう。
「とにかく、今日は疲れた。もう寝るぞ」
俺はそう言って、就寝に流れを持っていこうとした。
――が。
「正博、ちょっと待つのじゃ。女神とやらに話があるんじゃが」
禰豆美が真剣な顔をして、俺の提案に待ったをかけたのだった。