必死に監視員が拡声器で声を張り上げるが、誰一人聞いている様子はない。
座っていた黒武者が立ち上がり、海で遊んでいた栞奈、真凛、禰豆美も俺のところへ集まってくる。
「お兄さん、何があったんですか?」
「わからん!」
「なにやら、海で異変が起こったようじゃな」
「この騒ぎ様からして、何か出たな」
「海で出るものっていったら……」
栞奈が恐怖におびえるような表情をして、俺にぴったりとくっ付いてくる。
そう。
夏の海で出るもの。
そして、ここまで観光客たちが恐怖し、この場を混乱に陥れるものと言えば……。
「……メだ! 海か……メが出……ぞぉー!」
男が叫びながら浜を走っている。
だが、周りの騒音でその声も掻き消えていく。
それでも、そこまでのキーワードが聞ければ問題ない。
海に現れる〇メと言えば一つしかないだろう。
「確かに危険だと思うけど、浜辺まで上がってくれば、安全よね?」
黒武者が眉をひそめながら言う。
確かに、誰かが襲われたというのであれば、救助隊は海へと入っていくだろうし、野次馬たちは浜辺に残って、状況を見守るはずだ。
だが、今はその浜辺からも逃げ出していっている。
どういうことだ?
俺がそう思っていると横にいる栞奈が力説してくる。
「今どきのは、宇宙にだっていけるから!」
「……それは映画だけの話だ」
とはいえ、原因がはっきりしているならかえってやりやすい。
さっさと海に入って、ぶっ飛ばせばいい。
どうせ、俺が変身した原因となったものは、海の中にいるはずだ。
俺が海に向かって歩き出すと、後ろの2人に腕をつかまれる。
きっと心配して止めたのだろう。
「大丈夫だ。今の俺なら5秒で沈められる」
そう言って振り向くと、栞奈、真凛、黒武者が変身していた。
「おじさん、出撃のポーズを忘れてるよ!」
「……別にいらなくね?」
「ダメです! 僕たちのことをアピールするチャンスなんですよ!」
「いやあ、アピールするのは逆に危険っていうか……」
「じゃあ、いくよ、おじさん!」
俺は大きくため息を吐く。
きっとポーズを決めないと手を放してくれないだろう。
仕方がないから付き合ってやることにする。
「まるまるレンジャー! 見参!」
栞奈、真凛、黒武者がポーズを決める。
もちろん、俺も。
しかし、すぐに真凛がポーズを解いて、首を傾げた。
「……出動だったと思うんですが」
「あれぇ? そうだっけ?」
「あと、腕の角度が違いますよ。あと5度上です」
「でも、こっちの方が可愛くない?」
「求めるべきところは可愛さではなく、派手さです」
なぜかこの場におよんで揉め始める栞奈と真凛。
……グダグダじゃねーか。
「……早く行って来たら」
黒武者が顔を背け、腕で体を隠すような仕草をしている。
恥ずかしいなら、変身しなければいいのに。
「じゃあ、行ってくる」
俺は海へと向かって歩き出す。
そして、俺は歩きながら考える。
海にいるやつは秒殺できる。
5秒もあればお釣りがくるだろう。
だが、問題はその後だ。
……俺は泳げない。
もし流されて沖の方へ行ってしまったらヤバい。
溺れ死んでしまう。
できれば、浜の近くで戦いたい。
……おびき寄せられるかが勝負だな。
そう思いながら波打ち際に立つ。
すると海の中から巨大な影が現れた。
5メートルを超える大きな体躯。
そう。
やつの正体は――。
――カメだ。
「いや、サメだろ、ここはっ! なんだよ、カメって!」
……思わず突っ込んでしまった。
いや、突っ込まずにはいられなかった。
カメに。
だが、そんな油断した俺を、カメが頭……ヘッドバットして来る。
それが、もろに腹にヒットし、俺は後ろへと吹っ飛ぶ。
「おわあああ!」
3メートルくらい後ろに吹っ飛ばされ、大の字に倒れる。
ちょうど、栞奈たちがいたところまで飛ばされてしまった。
まったく痛くはないが、少しびっくりした。
「……亀が頭で攻撃してきたね」
「亀頭ですね」
「人がせっかく濁したのに、みなまで言うんじゃねえっ!」
俺はすぐさま起き上がり、カメを見た。
もう色々と危険なので、亀ではなくカメで統一することにする。
「大丈夫! おじさんのカメも負けてないよ!」
「止めんかっ!」
なんでこいつらは俺の戦闘意欲を削ぐんだ。
邪魔するなよ。
「すぐ終わらせる。お前らは下がってろ」
俺は再び、カメの元へ行き、対峙する。
今度は、油断はしない。
一撃で決めてやる。
俺はジリと間合いを詰め、奴の頭……顔面に向かって拳を振るう。
が、しかし。
シュッと音を立てて、奴は顔を引っ込める。
そう思った瞬間だった。
今度は手足を引っ込めた状態でこっちに向かって滑ってくる。
「ノコ〇コの甲羅かよ! って、しまった!」
突っ込んだせいで、動きが鈍ってしまう。
やべえ、避けれん。
「ほげぇー!」
俺はカメの甲羅の直撃を受け、再び、3メートルほど吹き飛ばされる。
「お帰り、おじさん」
「……ただいま」
俺はすぐにスクッと立ち上がる。
カメのくせになかなか動きが速い。
これは手ごわいな。
……どうする?
「いいなぁ。おじさん、無限できるじゃん」
栞奈が口を尖らせて悔しそうな顔をする。
「……頼むから、これ以上、危険な発言をしないでくれ」
俺もさっき言っちゃったけどさ。
今流行ってるからって、見逃してもらえないかもしれないんだぞ。
とはいえ、遊んでる場合じゃない。
いくらチートの攻撃力を持っていても、当たらなければ意味がない。
俺の脳裏に赤い人が過ぎる。
カメとは思えない動き。
通常のカメの3倍は早い。
……通常のカメの動きはあんま知らんけど。
とにかく、攻撃あるのみか。
俺が拳を握ったときだった。
「あれは危険じゃぞ」
そう言って隣に来たのは、ずっと神妙な顔をしてシリアスモードを貫いていた禰豆美だった。