煌々と降り注ぐ夏の日差し。
白い砂浜に、寄せては返すさざ波。
そして、水着姿の栞奈、真凛、禰豆美。
「ねずっち、いったよー!」
「ふむ、任せておけ!」
「後ろ、気を付けてください」
今はビニールのボールを互いに飛ばし合って遊んでいる。
「水着のサービス回ってところかしら」
パラソルの傘の下、俺の横に座っている水着姿の黒武者。
「それなら、お前もあっち側じゃないのか?」
「馬鹿じゃないの? この距離こそが栞奈ちゃんの水着姿を堪能できるベストポジションなのよ」
「あ、そう……」
そう。
俺たちは今、海に来ている。
夏と言えば海、というわけで来た……わけではない。
もちろん、遊びに来たわけでもない。
「あはははは!」
「ぐぬぬ。波というのは動きづらいのう」
「もう一回、やりましょう」
「栞奈ちゃん。控えめなプロポーションが逆にエロいわ」
……遊びに来たわけではない、はず。
だよな?
発端は2日前に遡る。
「ないなら稼げばいいんです」
母親が失踪……というより、母親に見捨てられたことで生活費がなくなってしまった俺たち。
完全に追い詰められたと思ったところで、真凛が自信満々でそう言った。
「……真凛。俺を見くびってもらっては困るな」
「どういうことでしょう?」
「俺はニートだ。バイトをするくらいなら、死を選ぶ」
「おじさん……格好いい……」
「……そうかしら? ただのクズだと思うけど」
「よくわからんが、プライドを持つということはよいことだと思うぞ」
俺は、ふっ、と笑って髪をかき上げる。
……かき上げるほど長くねーけど。
「はわわ! おじさん、素敵」
栞奈の目がハートになっている。
それを無視して、俺は真凛に告げた。
「いいか。選択肢に働くを入れるな。ニートを舐めんなよ」
完全に決まった。
と思ったが、真凛は不思議そうに首を傾げながら口を開く。
「お兄さんが働けるとは、最初から思ってません」
「そっか。それならいいんだ。話の腰を折って、すまんかったな。お前の案の続きを聞かせてくれ」
「はい。ただ、新しい提案というよりは現状を続ければいいというだけです」
「……どういうことだ?」
「今、僕たちの手元には20万ほどあります」
「そうだな」
「このお金……。どうやって『稼ぎ』ましたか?」
真凛の言葉にハッとした。
確かに真凛のいうとおり、その20万はバイトしたわけでも、母親からの小遣いでもない。
「活動を継続する、ということか」
「はい。感度3000倍は解除されましたが、その分、大きな事件に当たる確率が高いということになります。小銭ではなく、一気に稼げるのではないでしょうか」
「……なるほど」
今、変身する度合いは命に関わる、もしくは今後の人生に大きく影響するものだ。
それを解決すれば、少なくとも万は貰えるだろう。
1日、1件解決すれば、月30万。
そして俺にはチートスーツがある。
これなら十分、食っていけるはずだ。
……しかし、勝手に助けて金を寄越せなんてアコギな方法をいつの間にか受け入れてるな、俺。
完全に真凛に毒されている。
とはいえ、今はそんなことを言ってる場合ではない。
一家を食わせていくためには、多少のヤバい橋を渡るのは止む無しだ。
そして、俺たちはそのあと、すぐに近所を練り歩いた。
だが、一向に変身する気配がない。
考えてみれば、命に関わるような事件がそうそう毎日起こるのだろうか?
そう考えざるを得ない。
結局、その日は21時くらいまで徘徊してみたが、ダメだった。
これ以上粘っても変身するとは思ないし、それよりも通報される可能性の方が高くなる。
何の成果も得られず、敗北のまま家へと帰る俺たち。
半日練り歩いた疲れと、無駄骨だったという落ち込み具合のため、晩飯はカップラーメンさんに続投してもらった。
禰豆美だけはやたらと喜んでいたが……。
暗い雰囲気のままラーメンを食べ終わったときだった。
バンとテーブルを叩きながら、勢いよく栞奈が立ち上がる。
「もっと、人がいるところに行けばいいんだよ!」
俺は残ったカップラーメンの汁を飲み干し、ふうと一息つく。
「人がいるところ? 駅か?」
「ううん。もっともっと、もーっと! たくさんいるところだよ」
「どこだ?」
「海!」
というわけで、海に来たというわけである。
俺は面倒くさいと反対したが、4対1で賛成に押し切られた。
真凛は栞奈の案に合理性があると賛同し、栞奈は「夏と言えば海だよね」とテンションが上がり、禰豆美は「海ってなんじゃ?」と興味津々で、黒武者は「栞奈ちゃんの水着姿……」と鼻血を垂らしていた。
盛り上がった勢いを止めることもできず、結局、次の日、早朝から海へと出かけたのだった。
水着は現地調達。
黒武者はしきりに栞奈に紐ビキニを進めていたが、俺が却下した。
結局、栞奈、真凛、黒武者は無難なビキニタイプの水着に落ち着いた。
禰豆美は……スクール水着だ。
胸の部分に『ねずみ』とひらがなを書いてもらっていた。
てか、なんで普通の店にスクール水着を置いてあるんだ?
ちなみに俺は、ブーメランパンツだ。
いや、マジで誰得だよ、ホント。
そして、その店でビニールのボールとパラソルを買って準備は万端。
砂浜で遊んで……いや、困った人が出るのを待っているというわけである。
「ねえ、正博」
隣に座っている黒武者が海の方を見ながら、神妙な表情をしている。
「なんだ?」
「観光客がたくさんいるこの砂浜で、全身タイツのフルフェイスメットの変態がいきなり現れたら、どう思われるかしら?」
「……」
通報案件ですね。
出現した時点で、観光客から悲鳴が上がりそうだ。
「……ちょっと岩陰に行ってくる」
俺がスクッと立ち上がった瞬間。
体が光り始め、変身する。
「……フラグだったか」
俺は大きくため息をついたのだった。