栞奈や真凛もさすがに疲れていたのか、昼を過ぎても俺を起こしてくることもなく、寝続けていた。
なので、俺も起きる気はなかった。
今日はダラダラ寝られそうだな。
そう期待していたが、その考えはあっさりと裏切られた。
「正博。腹が減ったぞ」
ゆさゆさと体を揺らされる。
目を開けると、目の前には金髪の幼女である禰豆美がこっちを覗き込んでいた。
「あー。キッチンにカップ麺があるから、適当に食っていいぞ」
「かっぷめん?」
禰豆美が首を傾げる。
……ああ、そうか。
禰豆美は元々魔王だ。
というより、この世界の者じゃなかったから、カップ麺なんて言われてもわかるわけがない。
起きるか。
上半身を起こして左右を見る。
思った通り、栞奈、真凛、黒武者はまだ寝ている。
俺は禰豆美の手を取り、3人を起こさないようにそっと部屋を出た。
余談だが、この部屋は昨日、禰豆美が無理やり2つの部屋を繋げたため、ドアが2つあるという不思議な構造になってしまった。
「この中から好きな物を選んでいいぞ」
カップ麺が入った段ボールを禰豆美の前に置く。
「ふーむ。よくわからん。正博が選んでくれ」
「まあ、そりゃそうか」
俺はカップ麺初心者の禰豆美にはオーソドックスなものが良いと思い、ドリアン味のものを選んでやった。
……誰が買ったのか知らないが、こんなん、誰も食わんだろ。
この際だから禰豆美に消費していただこう。
お湯を沸かしてカップ麺に注ぐ。
ドリアンの何とも言えない、微妙な臭いがキッチンの中に充満する。
……よくこれを商品化しようと思ったよな。
禰豆美は右手にスプーン、左手にフォークを握った状態でジッとカップ麺を見ている。
そして3分が過ぎ、蓋を開けてやった。
「ほら、できたぞ」
「うむ! 美味そうじゃ! ……熱いっ!」
禰豆美は手を突っ込んで麺を掴もうとした。
「いや、なんでだよ。さっきまで、フォークとスプーン持ってたじゃねーか」
「使い方がわからん」
「……あー、なるほど」
そういえば、昨日は餌付けされる雛鳥のごとく、栞奈に食べさせてもらっていたな。
しょうがない。
俺は箸を出して禰豆美に渡す。
「ほう? これは昨日、栞奈が使っていたものじゃな?」
禰豆美は箸を受け取ると、完璧な握り方で麺を掴み、啜り始めた。
……フォークを使えないくせに、なぜ箸を使える?
ちなみに栞奈は少し変な握り方をしていた。
「おお! 美味じゃ! 美味じゃ! こんな美味い物は初めてじゃぞ!」
上機嫌でズルズルと食べている禰豆美。
……マジで?
合うの? ラーメンとドリアンって。
そこまで美味しそうに食べられると、ちょっとだけ興味が出てくる。
「禰豆美。一口もらってもいいか?」
「む? よいぞ」
スッとカップを渡してくる。
受け取って、一口食べてみた。
「おえっ!」
「な? 美味いじゃろ?」
……今、俺、えずいたよな?
どこをどう見たら美味しいことに同意したと思えたんだ?
それにしてもビックリするくらいのマズさだ。
魔王の舌は人間のものとは構造が違うらしい。
俺がカップを禰豆美に返すと再び、物凄い勢いで食べ始める。
本当は俺も1個、カップ麺を食べようと思っていたのだが、完全に食欲が失せてしまった。
「ぷはー! 美味かったぞ!」
「よかったな」
「作ったシェフを呼べ!」
「……お前、そういうの、どこで覚えたんだ?」
知識に偏りがあり過ぎる。
シェフを呼べ、なんて俺は一度も言ったことがないんだが。
そのとき、遠くからトントントンと階段を降りてくる音がした。
ガチャリとドアが開き、栞奈が入ってくる。
「あー! 私のドリアンラーメンが!」
「……お前が買ったのか」
「うわーん! 楽しみにしてたのにぃ!」
「そ、そうじゃったか。それはすまんことをしたな」
「いや、逆に感謝してもらっていいぞ」
「む? どういうことじゃ?」
そんなやり取りをしていると、真凛と黒武者もやってきた。
とりあえず、全員、昼食はカップ麺で済ませることになった。
そして、食べ終わったあと、黒武者が口を開いた。
「で、これからどうするつもり?」
「どうするって、とりあえずは昼寝かな」
「えー! 起きたばっかりなのにぃ?」
口を尖らせる栞奈。
どうせ、遊びたいとか言うんだろ?
さすがにこの連日は体力を使いまくってるから、今日くらいはゆっくり休みたい。
だが、隣にいる真凛が首を横に振った。
「萌乃さんが言っているのは、これからの生活をどうするか、ということですよね?」
「ええ、そうよ」
「これからの生活?」
なぜ、いきなり壮大な話をし始めるのか?
と思った瞬間、その意図を理解する。
「……生活費、か」
「母親から送ってくるの?」
「……」
黒武者の突っ込みに沈黙せざるを得ない。
おそらく、それはないだろう。
そもそも息子に何も言わず、引っ越すとだけ書かれた紙一枚しか残さなかった母親だ。
毎月、生活費を送って来るとは思えない。
……というより、金を持ち逃げしやがったな。
だから、引っ越しの場所を書かなかったのか。
「家賃はかからないにしても、食費や光熱費はどうするの?」
「そ、そんなこと言われてもな……」
「そんなの、川から魚を獲ってくればいいじゃろ」
「そんな原始人みたいな生活に耐えられるのはお前くらいだ」
俺が寝豆美の頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細める。
それを見て、栞奈が頬をぷくうと膨らませた。
「おじさん! 私も! 私も!」
頭を付き出してくる栞奈。
「面倒くさい」
「ひどい!」
それにしても、どうする?
確かに黒武者や真凛の言う通り、金はすぐに尽きてしまうだろう。
畑でも耕して、自給自足でもするか?
魚は禰豆美に取って来てもらうとして、肉をどうするか、だな。
「お兄さん、心配することはありません」
「どういうことだ?」
「ないなら、稼げばいいんです」
ニコリと真凛が笑みを浮かべたのだった。