魔王。
ゲームとかアニメやラノベのような創作物でしか聞かない言葉。
まさか、現実で聞くことになるとは思わなかった。
ただ、女神がいるのだから、悪魔や魔王がいてもおかしくないだろう。
「……この子が魔王、だと?」
「はい。そうみたいです~」
「そうは見えないんだがな……」
チラリと女の子を、改めて見てみる。
8歳ほどの華奢な女の子。
普通の人間にしか見えない。
まあ、人間と言っても、ハリウッドに出てくるような綺麗な顔をしているが。
目は引くが、人外とは思えない。
「そんなんで、よく魔王なんてやれてたな。カリスマ性ゼロだろ」
「元の儂はもっと威厳のある姿だったぞ。ボンキュッボンのムチムチじゃ」
「……それだと魔王って言うより、悪の女幹部って感じだな」
「負けた時に、服とか破れてお色気サービスポジションだよね」
いつの間にか、近くに来ていた栞奈と真凛。
どうやら、さっきまで後片付けをやってくれていたようだ。
「なんで、幼女の姿になったんですか?」
「うむ。この姿の方が動きやすいからのう」
「へー。考えた上だったってことか」
「あとはロリが好きなのじゃ」
「……絶対、そっちの理由が強いだろ」
「だって、好きな姿にしてもらえるんじゃぞ? 飛びつくに決まっておろうが」
思ったより、魔王って軽いんだな。
そんなもんなのか?
「……って、ちょっと待て! 姿って希望できたのか?」
「む? 結構、細かく聞かれたぞ」
……どういうことだ?
「おい、女神! 俺の時はそんなこと聞かれなかったぞ!?」
「面倒だったので~」
ああ。そういえば、そういうやつだったな。
こいつ、本当は女神じゃなくて悪魔なんじゃないのか?
「それはそうと、転生したってことは、その……あっちの世界で死んだってことでいいのか?」
「そうじゃ」
「やっぱり、勇者に倒されたとかなのか?」
「食当たりじゃ」
「……」
おっと。
魔王とは思えない死因だな。
まあ、死因に関して言えば、俺も人のことは言えんが。
「凄い、美味な魚がおったのじゃがな。肝に毒があるんじゃ。当然、食べるときは肝を取り除くんじゃが、ごく稀に体に毒が残ってる場合があったんじゃよ」
「……それに当たったわけか」
「うむ。100万匹に1匹くらいの確率らしいのじゃが……カッカッカ。ぶち当たってしまったというわけじゃな」
なんとも運が悪い魔王だな。
そんなんで王が死んだなんて、残された魔族たちが可哀そうになってくる。
「ねえねえ、その体になったってことは力とかもなくなっちゃったの?」
栞奈が興味津々に女の子を見ながら言う。
確かに気になるところだ。
仮に能力がなくなるなら、幼女に転生したことは完全に悪手だったことになる。
だだ、元魔王の女の子はフルフルと首を横に振った。
「いや、魔力は健在じゃぞ」
そう言って、右手の手のひらを上に上げると、突然、巨大な炎の玉が出現した。
直径、3メートルくらいはあるだろうか。
「ふん!」
そして、そのまま上空へと火の玉を飛ばす。
数秒後。
ドーンと上空で爆発して、火花が飛び散った。
「たーまーやー! じゃったかのう?」
まさしく花火といったところだった。
それを一瞬で作り出すなんて、かなり凄い。
さすがは魔王といった感じだろうか。
「わー! すごいー!」
栞奈が女の子に抱き着く。
……よくそんなことができるな。
あれを上空に撃ったからよかったものの、こっち側に飛ばされていたら全滅していたところだ。
そんなことを考えていたら、いつの間にか隣に黒武者がいて、囁くように言ってくる。
「……どうするの? 倒さないといけないとか、そういう流れじゃないの?」
考えてみると、あり得る話だ。
相手は悪魔側の転生者。
女神のことだから、気軽に「倒してください~」とか言いそうだ」
「……女神。どうなんだ?」
「いえ、別にそんなことしなくていいですよ~」
「そうなのか?」
「だって、悪いことしてないですよね~?」
確かに女の子は何一つ悪事を行っていない。
さっきの炎の玉もちゃんと上空に撃ったし、肉だって、最初は物々交換を持ちかけてきた。
魔王という存在とは思えないほど、紳士的というか、常識的な行動だ。
「あれ? っていうか、お前、さっき魚を手づかみしてなかったか?」
「うむ? それがどうしたんじゃ?」
「魔法使えばよかったんじゃないのか?」
「……」
沈黙する女の子。
ごめん。聞いちゃダメだったか。
「わ、わざとじゃ。大体、魔法を使ったら、魚は跡形もなく吹き飛ぶじゃろ?」
「例えば、雷の魔法とかで痺れさせるとかはできなかったのか?」
「……」
黙っちゃった。
しかも、ちょっと涙ぐんでる。
ホント、ごめん。
俺が悪かった。
「お兄さん、どうしましょうか?」
「ん? なにがだ?」
真凛が俺の服の裾をクイクイと引っ張てくる。
「魔力が残ってるってことは、危険な存在ということです。そのまま放置するのはマズい気がするんですが……」
「言われてみると、そうだな」
女神の言い方だと、今はまだ悪いことをしてないから、倒さなくていいという話だ。
だが、もし、元魔王が悪事を働けば、倒せという可能性が高い。
そうなった際、いくらチートスーツがあったとしても勝てるとは限らない。
というか、そもそも戦いたくはない。
「なあ。お前、これからどうするつもりなんだ?」
「む? ……そうじゃのう。城を建てたいとは思うんじゃが、どうしていいかわからん」
今は常識的な行動をとっているようだが、いつ魔王の本能に目覚めるかわらかない。
城を建てるために、世界を征服するとか考え出したら終わりだ。
……となれば、やれることは一つか。
「なあ、俺たちと一緒に来ないか?」
「……良いのか? 儂としてはとても助かる。なにしろ、この世界のことを何も知らないからのう」
「よし、決まりだな。じゃあ……って、そうだ。名前をまだ聞いてなかったな。教えてくれるか?」
「うむ。灰薔薇、禰豆美じゃ」
「……」
……何とも、色々な方面で危険な名前だった。