女の子は一心不乱に肉を頬張っている。
栞奈と真凛は、そんな女の子のためにせっせと肉を焼く。
「……河童を手懐けるなんて、やるじゃない」
「今時の河童は肉食なんだな」
3人の様子を何気なく見ている俺と黒武者。
「それにしても、さらに犯罪に踏み込むなんてね。さすがと言うべきかしら?」
「……何の話だ?」
「どう見ても、あの子、1桁代よね? 栞奈ちゃんはギリギリ攻めた感じだったけど、あれはどう見てもアウトじゃない?」
「……ああ見えても100歳は超えてるんだろ。なんせ河童だぞ?」
「一応、聞いておいてあげるわ。差し入れは何がいい?」
「……」
俺は顔を手で覆って、しゃがみこむ。
どうしよう。
お巡りさん相手に、河童だと思いました、なんて通じないだろう。
だって、どう見ても人間だもの!
幼女だもの!
ロリだもの!
ポケットからスマホを出して、チラリと見る。
既に日付が変わり、0時45分。
さて、ここで問題です。
深夜に見知らぬ8歳くらいの女の子と一緒にいるときに、警察に職質されたらなんと言えば切り抜けられるでしょーか?
「自首すれば?」
「思考にリンクさせてくるな!」
はあ、と黒武者がため息をつく。
「素直に保護したって言えばいいじゃない。変に言い繕うとするから怪しく見えるのよ」
「……お前、天才か?」
「あんたが馬鹿なだけよ」
「……」
ぐうの音も出ねえ。
スクっと立ち上がる俺。
さっきまで肩に圧し掛かっていた重い空気が一気に軽くなった。
そう。そうだよ。
うしろめたさを感じることなんてまったくないんだ。
だって、俺、何も悪いことしてねーもん。
逆に肉を食べさせてやったくらいだ。
感謝してほしいくらいだぜ。
「ふー! 食った食った! もう、腹いっぱいじゃー」
ペタンと尻もちをつくようにして座り、満足そうにポンポンと自分のお腹を叩く女の子。
「よし、食い終わったようだな。少し休んだら、行くぞ」
「む? どこにじゃ?」
「決まってるだろ。警察だよ、警察」
「警察?」
女の子が顎に指を当てて、小首をかしげる。
そして、ポンと手を叩く。
「ああ。この世界での、兵士みたいなものか」
……なんか、気になる言い回しだな。
俺はこのときからジワリと背後から嫌な予感が迫ってきているのをうっすらと感じた。
「悪いが、遠慮しておく」
「なんでだよ?」
「儂は、こっちではなにも悪いことをしておらんからな」
「……」
そう言われてしまうと、こっちとしては何も言えない。
確かに俺たちは何かされたわけじゃないからな。
「あなた、迷子じゃないの?」
俺を見かねたのか、黙って見ていた黒武者が女の子に問いかけた。
「む? 迷子? 儂は別に迷ってなどないぞ」
「……家はどこ? こんな時間になにしてたの?」
「城はまだ作れておらんからな。この辺で寝てたんじゃ。で、良い匂いがしてきたから、物々交換するために川で魚を獲ってたというわけじゃ」
「親はどこにいるの?」
「親? おらんぞ、そんなもん」
女の子の、この言葉に俺と黒武者は顔を見合わせる。
……さっきから言ってることが変だ。
そして、ドンドンと嫌な予感が現実味を帯びていく。
「……厨二病か?」
「……この年で発症なんて、かなり高レベルね」
黒武者も危険な臭いに気づいているようだ。
顔を引きつらせている。
「とりあえず、通報しておくわね。あとは頼んだわよ」
「押し付けんなっ!」
今、通報なんてされたら確実に捕まる。
ヤバすぎるだろ。
って、待て待て待て。
落ち着け。
なんか変だ。
思えば、会った瞬間から感じていた違和感がある。
「現実世界で、のじゃロリって痛いよな」
「現実逃避しないで」
ふう。
わかってる。落ち着け。
まだ慌てる時間じゃない。
俺は落ち着くために一回深呼吸する。
「もう一度聞くが、お前は親がいなくて、この辺に住んでるってことでいいか?」
「うむ。その通りじゃ」
「……いつから、ここにいるんだ? まさか、生まれてからずっと、とか言わないよな?」
そうだとしたら、とっくに通報されているはずだ。
というか、生きていけないだろ、さすがに。
「2、3日前、と言ったところかの」
「……その前はどこにいたんだ?」
「違う世界じゃ」
「……違う、世界?」
「やっぱり、外国の子だったのね。どこの国から来たの?」
黒武者が問いかける。
が、違う。そうじゃない。
そして、俺は確信した。
それは、俺だから気づけたんだと思う。
『一度死んだ』俺だからこそ、だ。
「……異世界か?」
「おお! そうそう! そう言った方が正しかったのう」
「いや、そんな冗談を言ってる場合じゃ……」
「待て、黒武者。多分、この子が言ってることは本当だ」
「え?」
「そうだろ? 女神?」
俺は女神に問いかけた。
しばしの沈黙。
「おい! 女神!」
「え? ああ、はいはい。聞いてますよ。なんですか?」
「……完全に聞いてなかっただろ」
てか、恥をかかせるなよ。
とにかく俺は女神に事の顛末を話した。
「もちろん、あり得ますよー」
「やっぱりか」
「そりゃそうですよ。あなただけが特別だと思いましたかぁ?」
「……」
一々、引っかかる言い方しやがって。
「この子はお前がこっちに転生させたのか?」
「いいえ。違いますよー。私じゃないですね」
「じゃあ、誰だよ? 違う女神か?」
「……ちょっと待ててくださいね。今調べます」
そして、数十秒後。
「どうやら、その子は悪魔側の方が転生させたみたいです~」
「悪魔側? 悪魔側ってなんだよ?」
「そのままの意味ですよ~。女神は人間を転生させるのが役目で、悪魔は魔族を転生させるんです~」
「ちょっと待て! 魔族も転生するのか?」
「そりゃ、そうですよ~」
まあ、確かに言われてみれば当たり前か。
人間がポンポンと異世界転生するなら、敵対する魔族だって転生してもおかしくない。
ただ、そういう作品があまり出回ってないから、考えに及ばなかっただけだ。
「じゃあ、この子は、元は魔族だったってことか?」
「はい~。前の世界では魔王さんをやってたみたいですね~」
「……は?」
何気に、物凄い事実をぶっこんでくる女神だった。