それは、そろそろ片づけをしようかと話している時だった。
バシャバシャバシャ。
突如、川の方から水の中を、何かが動くような音が響く。
さっきまでワイワイと騒いでいた栞奈と真凛がピタリと止まった。
俺と黒武者も一気に警戒を強める。
時刻は24時近く。
辺りは真っ暗で、川の方が見えない。
近くには俺たち4人しかいないというのも、恐怖を掻き立てる。
ゴクリ。
誰かの唾を飲み込む音がした。
誰だろう。
もしかしたら俺かもしれない。
そんな中、黒武者がその場を和ませるためなのか、声を震わせながら言った。
「大丈夫。きっと河童かなにかよ」
「逆に怖ぇよ!」
そこは魚が跳ねたとか言ってくれ。
この雰囲気なら、本当に出てきそうだ。
河童が。
バシャバシャバシャ。
再び、川の方から水をかき分けるような音がする。
「……」
俺たちは沈黙しながら、4人全員が自然と固まるように集まる。
「きゅ、きゅうり、きゅうり……」
栞奈が野菜の入っていた方の袋を漁り始めた。
いや、焼き肉だぞ。
きゅうりは買ってねえって。
「ナ、ナスならありました!」
「意味ないだろ……」
ナスが好きな河童なんて聞いたことないぞ。
バシャバシャバシャ。
また、水をかき分ける音がする。
しかも、さっきよりも近い。
確実に俺たちの方に向ってきていた。
「お、おおおおじさん、へ、変身変身!」
栞奈がグイグイと俺の袖を引っ張る。
「無理だって」
そう。
確かに俺のスーツはチートだ。
変身さえできれば、河童ごときに負けるわけがない。
おそらくワンパンだろう。
だが、このスーツには一つ大きな問題がある。
つまりは任意で変身できない。
困った人間がいれば、自動的に変身させられ、困りごとが解決したら自動的に変身が解ける。
……ホント使えねーな、このスーツは。
まったくふざけたものを付けてくれたもんだぜ、あの女神。
「ま、正博。あんた、ちょっと見てきなさいよ。その間に私たちは安全なところに移動するから」
「……それは囮というのでは?」
「違うわ。生贄よ」
「もっと最悪だよ!」
殺られる前提じゃねーかよ。
「へ、変身!」
突然、真凛が変身する。
そういえば、真凛たちは任意で変身できるんだったな。
「ぼ、僕が戦ります!」
「無理だって。やめとけ」
真凛たちは任意で変身できる反面、力がアップするなどの恩恵は全くない。
単に、バトルスーツというかコスプレに変身できるだけの機能だ。
ホント、マジで使えないな、あの女神は。
「お兄さんの尻子玉は僕の物です」
「……」
恐怖のためか、真凛が訳の分からないことを言い出した。
バシャバシャバシャ。
確実に近づいてきていた。
3人の恐怖が空気で伝わってくる。
「……しょうがないな」
「え? おじさん?」
「黒武者。2人を頼むぞ」
「任せておいて。骨は川に流してあげるわ」
「拾えよ! せめて!」
まあ、拾って貰ったからなんだって話だが。
俺はゆっくりと水の音がする方へと歩いて行く。
「ダメだよ、おじさん!」
「落ち着いて、栞奈ちゃん。正博が噛まれたのを確認してから逃げるわよ」
歩いて行くうちに、不思議と恐怖心がなくなっていく。
そもそも、俺は一度死んだ身だ。
そして、一度は転生を拒否している。
考えてみれば、一回は命を捨てた身だ。
あいつらを守って死ぬなら、まあ、悪くはないか。
振り回されて、大変な思いばかりしていたが、濃い毎日だった。
悔しいが、楽しかったと言わざるを得ない。
唯一心残りというか心配なのが、栞奈が黒武者に襲われないかということだけだ。
まあ、真凛がなんとかしてくれるだろう。
進んでいくとあっという間に川辺についてしまう。
音はもう、目と鼻の先だ。
自然と俺は構えを取る。
変身していない俺なんて、下手したら秒殺も考えられるが。
とにかく、あいつらが逃げ切るくらいの時間は稼ぐ。
すると、目の前で、バシャと川の中から何かが現れた。
「魚じゃ! 肉と交換してくれ!」
川の中から出てきたのは河童――ではなく、女の子だった。
7、8歳くらいの女の子。
髪は金色で、腰くらいまで長い。
華奢な体つきだとわかるのは、大きめの白いTシャツしか着ていないのと、そのTシャツが濡れているせいで、ぴったりと体に張り付いているからだ。
「ダメか? 一かけでもいいんじゃが」
無表情の女の子が俺に向って差し出しているのは一匹の魚だ。
女の子に掴まれて、ビチビチと頭と尾っぽを震わせている。
「あー、いや、もうお腹いっぱいで……」
あっけに取られて、思わずわけのわからないことを言ってしまった。
「む? そうか。そのパターンは考えておらんかったな……」
女の子がパッと離すと、魚は川の中に落ち、そのまま泳いで行ってしまった。
「ふむ。久々に魚以外のものが食えると思ったんじゃがな……」
トボトボと川辺を歩いて行く女の子。
川には魚を取るために入っていたようで、別に川の中に住んでるわけではないようだ。
……当たり前だよ。
自分で自分に突っ込んでしまった。
「ちょっと待ってくれ」
「む? なんじゃ?」
女の子が振り向く。
「肉食いたいんだろ? なら、食って行けよ」
「……じゃが、交換できるものがないぞ」
「別にいいよ。どうせ余ってたんだし」
「ホントか!?」
物凄い勢いで迫ってくる女の子。
目がキラキラしている。
さっきまでは端整な顔立ちで、無表情だったから冷たい印象を受けたが、今は年相応に見える。
「肉じゃ! 肉じゃ!」
ピョンピョンと飛んで喜ぶ女の子。
不覚にも、俺はちょっと可愛いと思ってしまったのだった。