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第42話 河童の出現?

 それは、そろそろ片づけをしようかと話している時だった。


 バシャバシャバシャ。


 突如、川の方から水の中を、何かが動くような音が響く。

 さっきまでワイワイと騒いでいた栞奈と真凛がピタリと止まった。

 俺と黒武者も一気に警戒を強める。


 時刻は24時近く。

 辺りは真っ暗で、川の方が見えない。

 近くには俺たち4人しかいないというのも、恐怖を掻き立てる。


 ゴクリ。


 誰かの唾を飲み込む音がした。

 誰だろう。

 もしかしたら俺かもしれない。


 そんな中、黒武者がその場を和ませるためなのか、声を震わせながら言った。


「大丈夫。きっと河童かなにかよ」

「逆に怖ぇよ!」


 そこは魚が跳ねたとか言ってくれ。

 この雰囲気なら、本当に出てきそうだ。

 河童が。


 バシャバシャバシャ。


 再び、川の方から水をかき分けるような音がする。


「……」


 俺たちは沈黙しながら、4人全員が自然と固まるように集まる。


「きゅ、きゅうり、きゅうり……」


 栞奈が野菜の入っていた方の袋を漁り始めた。


 いや、焼き肉だぞ。

 きゅうりは買ってねえって。


「ナ、ナスならありました!」

「意味ないだろ……」


 ナスが好きな河童なんて聞いたことないぞ。


 バシャバシャバシャ。


 また、水をかき分ける音がする。

 しかも、さっきよりも近い。

 確実に俺たちの方に向ってきていた。


「お、おおおおじさん、へ、変身変身!」


 栞奈がグイグイと俺の袖を引っ張る。


「無理だって」


 そう。

 確かに俺のスーツはチートだ。

 変身さえできれば、河童ごときに負けるわけがない。

 おそらくワンパンだろう。


 だが、このスーツには一つ大きな問題がある。

 つまりは任意で変身できない。

 困った人間がいれば、自動的に変身させられ、困りごとが解決したら自動的に変身が解ける。


 ……ホント使えねーな、このスーツは。

 まったくふざけたものを付けてくれたもんだぜ、あの女神。


「ま、正博。あんた、ちょっと見てきなさいよ。その間に私たちは安全なところに移動するから」

「……それは囮というのでは?」

「違うわ。生贄よ」

「もっと最悪だよ!」


 殺られる前提じゃねーかよ。


「へ、変身!」


 突然、真凛が変身する。

 そういえば、真凛たちは任意で変身できるんだったな。


「ぼ、僕が戦ります!」

「無理だって。やめとけ」


 真凛たちは任意で変身できる反面、力がアップするなどの恩恵は全くない。

 単に、バトルスーツというかコスプレに変身できるだけの機能だ。


 ホント、マジで使えないな、あの女神は。


「お兄さんの尻子玉は僕の物です」

「……」


 恐怖のためか、真凛が訳の分からないことを言い出した。


 バシャバシャバシャ。


 確実に近づいてきていた。

 3人の恐怖が空気で伝わってくる。


「……しょうがないな」

「え? おじさん?」

「黒武者。2人を頼むぞ」

「任せておいて。骨は川に流してあげるわ」

「拾えよ! せめて!」


 まあ、拾って貰ったからなんだって話だが。


 俺はゆっくりと水の音がする方へと歩いて行く。


「ダメだよ、おじさん!」

「落ち着いて、栞奈ちゃん。正博が噛まれたのを確認してから逃げるわよ」


 歩いて行くうちに、不思議と恐怖心がなくなっていく。

 そもそも、俺は一度死んだ身だ。

 そして、一度は転生を拒否している。


 考えてみれば、一回は命を捨てた身だ。


 あいつらを守って死ぬなら、まあ、悪くはないか。

 振り回されて、大変な思いばかりしていたが、濃い毎日だった。

 悔しいが、楽しかったと言わざるを得ない。


 唯一心残りというか心配なのが、栞奈が黒武者に襲われないかということだけだ。

 まあ、真凛がなんとかしてくれるだろう。


 進んでいくとあっという間に川辺についてしまう。

 音はもう、目と鼻の先だ。


 自然と俺は構えを取る。

 変身していない俺なんて、下手したら秒殺も考えられるが。

 とにかく、あいつらが逃げ切るくらいの時間は稼ぐ。


 すると、目の前で、バシャと川の中から何かが現れた。


「魚じゃ! 肉と交換してくれ!」


 川の中から出てきたのは河童――ではなく、女の子だった。




 7、8歳くらいの女の子。

 髪は金色で、腰くらいまで長い。

 華奢な体つきだとわかるのは、大きめの白いTシャツしか着ていないのと、そのTシャツが濡れているせいで、ぴったりと体に張り付いているからだ。


「ダメか? 一かけでもいいんじゃが」


 無表情の女の子が俺に向って差し出しているのは一匹の魚だ。

 女の子に掴まれて、ビチビチと頭と尾っぽを震わせている。


「あー、いや、もうお腹いっぱいで……」


 あっけに取られて、思わずわけのわからないことを言ってしまった。


「む? そうか。そのパターンは考えておらんかったな……」


 女の子がパッと離すと、魚は川の中に落ち、そのまま泳いで行ってしまった。


「ふむ。久々に魚以外のものが食えると思ったんじゃがな……」


 トボトボと川辺を歩いて行く女の子。

 川には魚を取るために入っていたようで、別に川の中に住んでるわけではないようだ。


 ……当たり前だよ。


 自分で自分に突っ込んでしまった。


「ちょっと待ってくれ」

「む? なんじゃ?」


 女の子が振り向く。


「肉食いたいんだろ? なら、食って行けよ」

「……じゃが、交換できるものがないぞ」

「別にいいよ。どうせ余ってたんだし」

「ホントか!?」


 物凄い勢いで迫ってくる女の子。

 目がキラキラしている。

 さっきまでは端整な顔立ちで、無表情だったから冷たい印象を受けたが、今は年相応に見える。


「肉じゃ! 肉じゃ!」


 ピョンピョンと飛んで喜ぶ女の子。


 不覚にも、俺はちょっと可愛いと思ってしまったのだった。

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