部屋の中はエアコンをガンガン入れているせいで気づかなかったが、今日も外の気温は30度を余裕で超えている。
そのことに気づいたのは昼飯を食べるために部屋から出たときだ。
一気に熱気が襲い掛かってきたことで、汗が吹き出してきた。
「お腹空いたねー」
「朝ごはんを食べてませんからね」
「2人は何食べたい?」
黒武者が俺には何も聞いて来ないのはまあいつものことだとして、3人はなんでそんなに元気なんだろうかと不思議になる。
正直に言って、俺は完全に食欲が失せた。
俺は立ち止まって踵を返し、部屋の方へ向かう。
「あれ? おじさん、どうしたの?」
「あー、俺、昼飯はいいや」
「どうかしたんですか?」
「温度差にやられてみたいだ。……夏バテかも」
「大丈夫?」
「そんなに心配することじゃない。黒武者、2人には精のつくものを食べさせてやってくれ」
「わかったわ」
「もうー。おじさん、私に精をつかせてどうするつもり~?」
「お兄さんが動けない分、私たちが動かないといけないということですね」
何の話だよ。
と、突っ込む気力もなく、俺は部屋に戻る。
「涼しい……」
まさに天国だ。
そのままベッドに倒れこむ。
こうしてベッドに寝転ぶのはなんだか久しぶりな気がする。
たった2日くらいなのに、随分と長い間お別れしていたような感覚だ。
ごろりと寝返りを打つと、ふんわりといい匂いがする。
なんだ、この匂いは?
今まで嗅いだことのない匂いに若干戸惑ったが、すぐに原因がわかる。
黒武者の匂いか。
すげーな。
あいつが2日寝ただけで、俺の男臭い臭いを上書きするなんて。
そんな少し変態っぽいことを考えているうちに、俺は眠りに落ちて行った。
カチャカチャ。
そんな音がして、目を開く。
「……なにしてんだ?」
「あ、いや、パジャマに着替えさせようと思って……」
さっきの音は栞奈が俺のベルトを外していたときの音だったようだ。
「……黒武者。お前も何してるんだ?」
「あ、いや、制服に着替えさせようと思って……」
栞奈の後ろから、栞奈のパジャマのボタンを外している。
「2人とも止めろ。あと、真凛。なんでお前はティッシュの箱を持ってるんだ?」
「必要かと思いまして」
「……何にだよ」
少し寝たことと、いきなり突っ込みをさせられたことですっかり目が覚めてしまった。
栞奈を振りほどき、起き上がる。
すると、同時に真凛がコホンと咳払いをした。
「では、本題に入りましょう」
「あ、そうだった」
真凛の言葉に栞奈が後頭部をポリポリと掻く。
「本題ってなんだ?」
「おじさんを元気にしよう大作戦だよ!」
「……俺を元気に?」
「夏バテしてるみたいですので」
「別に、そこまで気を使う必要ないのに」
「そうよ。ベッドの下にある本を見せれば、元気になるわよ」
「……お前。なんで知ってる?」
「え? ベッドの下?」
「ごめんなさい、止めてください!」
栞奈がベッドの下を覗き始めたので、なんとか土下座することで止めさせる。
「俺のためを思ってくれるのは嬉しいけど、単なる夏バテだから、部屋でゴロゴロしてれば治るって」
「それじゃ面白くないじゃん」
「……結局、お前のためじゃねーかよ」
「ダラダラと過ごすのが癖になると、夏の間中、ずっとそう過ごしてしまいます」
「うっ! 正論を言うなよ……」
そりゃ、確かに俺は夏といえば、部屋でゴロゴロしていることが多い。
……いや、夏だけじゃねーな、考えてみると。
1年中か?
それも仕方ないと思う。
だって、ニートだもの。
「ということですので、お兄さんに夏バテを吹き飛ばしてもらうために、色々と計画を練りました」
「計画ねぇ……」
どうせ、大した作戦じゃないと思うが、一応聞いてやることにする。
俺は、ダラダラはしたいが、夏バテを解消できるにこしたことはない。
「まずはお兄さんに、食欲を取り戻してもらいます」
「ほう?」
「ってなれば、答えは一つだよ!」
ビッと俺を指差してくる栞奈。
ニヤリと自信満々の笑みを浮かべている。
「それはずばり! BBQだよ!」
「びーびーきゅう?」
「バーベキューです。精がつくものを食べることで気力を戻してもらおうという狙いです」
「……なるほどな」
バテてる状態で、そんな濃い食べ物の話をされても、余計、食欲がなくなるのだが……。
「予算はまだまだたくさんあるし、お肉食べよ! お肉!」
「……結局、お前が食べたいだけじゃねーか」
昨日、遊園地に行ったが、使ったのは精々、6万くらいだ。
さらにそこから2万貰って、差し引き4万になる。
まだまだ20万以上はある。
こうして考えると、本当に部費みたいだ。
「いいんじゃないか。行ってこい……」
「じゃあ、行こっか!」
栞奈がグイグイと腕を引っ張ってくる。
やっぱり、俺は強制参加か。
……にしても、バーベキューねぇ。
考えてみるとしたことないな。
まあ、面倒くさいし、俺の周りにはそんなことをする陽キャタイプがいなかったからな。
やる機会に恵まれなかっただけだ。
……決して友達がいなかったわけじゃない。
ちゃんといた。
……いたはず。
あっちは友達と思ってなかったかもしれないけど。
「仕方ねーな。あんまり食えないと思うぞ」
俺が立ち上がると、栞奈も嬉しそうに立ち上がった。
「じゃあ、お肉を買いに行こうー!」
「そこからなのか?」
「まさか、おじさん、単に焼き肉屋に行こうとしてた? それじゃバーベキューっていえないよ?」
「うっ! そ、そうだな」
確かに、全部そろったところに行く気満々だった。
にしても、肉を買うところからか。
それはそれで、ちょっと楽しそうだ。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
そう言って右手を上げる栞奈。
「いや、それより栞奈」
「なに?」
「着替えろ」
そう。栞奈はまだパジャマ姿だったのだ。
「あ、そうだった!」
「ぶばっ!」
栞奈がその場で脱ぎだし、黒武者が鼻血を吹き出し倒れる。
「真凛。あっちで着替えさせてくれ」
「わかりました。さ、栞奈さん、行きましょう」
真凛に連れられて部屋を出て行く栞奈。
そして、部屋に残される俺と黒武者。
……血って落ちにくいんだよな。
俺は布団に着いた赤いシミを見て、そう思うのだった。