目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第39話 帰り道と今後の予定

 夕方の赤い光が電車内を優しく照らしている。

 ガタガタと心地よい揺れは実に眠気を誘う。

 いっそこのまま意識を飛ばせたら、どんなにいいだろうか。


 昨日はあまり寝れなかったことや、今日の疲れで普通であれば眠いはずだが、全然、眠気はない。


 なぜだろうか。


 俺は棒立ちの状態で考える。

 真夏のせいか、車内は結構ガンガン冷房を聞かせているが、俺の脂汗は一向に止まらない。

 ただ、これは肉体が感じる温度というよりは、精神的な部分が大きいだろう。


 立った状態だから寝られるわけがない?

 まあ、それはあるだろう。

 立ったまま寝られる特殊技能なんか持ち合わせていない。


 かといって、座る気にはならない。

 というか物理的に席が埋まっているので座れないのだ。

 つまり車内はそこそこ混雑している。


 もちろん、俺たちの周りは微妙に空間が開いている状態だ。

 そりゃ、みんな近づきたくないだろう。


 さらに、夏休み中のためか、車内は子供連れが多く、子供たちは興味津々で目を輝かせて俺を見ている。


「ママ、見てー、あれ!」

「見ちゃいけません!」


 ……確か、遊園地でも同じような会話を聞いたな。

 とはいえ、こういうことを言われるのは想定内だ。

 大分、慣れてきたからな。


 ……慣れたくはないが。


 ただ、想定外なのは栞奈と真凛だ。


「おじさん! 私にいい考えがあるよ!」


 爆弾事件が解決した後、真凛の思った通り俺の変身は解けなかった。

 やはり、あの男の困りごとは爆弾を設置したことではなく、休みが貰えないということだったんだろう。


 ということで、俺は無事、変身した状態で電車に乗って帰ることが決定したわけだ。

 そこで、栞奈のその台詞だ。


 正直、嫌な予感はした。

 そりゃまあ、ヒシヒシと。

 栞奈が言うことで、上手くいった試しがないからな。


 けど、俺はその場の疲れにかまけて、反論をしなかった。

 なんというか、面倒くさかったのだ。


 けど、こういう怠け癖は絶対に良い方向に向かない。

 大抵はもっと状況が悪化するものだ。


 今回もその例に漏れず、俺は今、電車内で苦境に立たされている。


「等身大の抱き枕、買えてよかったよねー!」

「はい。できればもう一つ欲しかったところですが」

「仕方ないよー。順番で使お!」

「そうですね」


 ……つまり、栞奈の作戦というのはグッズのフリをしてやり過ごすというものだ。

 俺がグッズの抱き枕だとアピールするためか、大体5分おきに上のような会話をしている。


 無理があるだろ。

 抱き枕って。

 どう見ても、コスプレした痛いおっさんが突っ立てるようにしか見えない。

 現に、周りの人間は俺たちを不審な目をして見ながら、距離を取っている。

 こんなので騙せるのは子供くらいだ。


「お母さん、あの人、変な格好してるよ?」

「静かにしてなさい。絡まれたらどうするの」


 ……子供さえも騙せてなかった。


「真凛ちゃん、見て見て! いい抱き心地だよー」


 そう言いながら抱き着いてくる栞奈。


「本当ですねー」


 真凛も抱き着いてくる。

 そして、同時に周りにいる男たちからの視線に殺気がこもっていく。


「栞奈、真凛。やめてくれ」

「もう、おじさん、しゃべっちゃダメだよ! おじさんが抱き枕じゃないってバレちゃうでしょ!」

「安心しろ。最初から抱き枕だと思っているやつはいないし、いたとしてもお前の今の発言でバレてるよ」

「お兄さん、あともう少しで着きます。頑張ってください」


 抱き着いた状態で見上げてくる真凛。


 いや、マジでもう勘弁してくれ。


 ちなみに黒武者は隣の車両に乗っている。

 ……せめて同じ車両に乗れや。




 そして、次の日の昼過ぎ。

 勢いよく、ドアが開く。


「おじさん、昼だよー! って、クロちゃん! なんで、おじさんの部屋で寝てるの!?」

「あら、栞奈ちゃん。おはよう。一緒に寝る?」


 ベッドの上から黒武者が栞奈に向って微笑む。


「おじさんと一緒に寝るー」


 栞奈が床で寝ている俺の横にダイブしてきた。


 ギリィ。


 黒武者の歯ぎしりが聞こえる。

 そして、背中からヒシヒシと殺気が伝わってきた。


 ……頼むから逆恨みは止めてくれ。


 本当は夕方ぐらいまでダラダラと寝ていたいところだったが、これ以上寝てたら、何をされるかわからない。

 ……色々な意味で。


 仕方ないので、抱き着いてきている栞奈を振りほどいて起き上がる。

 そこで、異変というか変わっていることに気づく。


「あ、変身が解けてる」


 少なくとも、寝るときには変身が解けていなかった。

 ということは今日、なにか進展があったんだろう。


「ドリームランドの園長が、内部告発により事情聴取を受けるようです」

「ドリームランだが休園ということになりましたが、どう思いますか?」

「子供と来るのを楽しみにしてたので、残念です」


 黒武者がスマホで、ニュースの動画を開いて流してくれる。


「うまくいったみたいですね」


 真凛が棒アイスを4つ持ってきて、それぞれに渡してくれる。


「サンキュー。……けど、思ったより早かったな。俺は1週間くらい変身が解けないって覚悟してたんだけどな」

「あの人だけじゃなく、従業員のほぼ全員が不満を持ってたみたいです。それと、爆発物の設置予告の電話を無視して営業を続けたことが致命傷だったみたいですよ」

「ああー。なるほど」


 予告電話は嘘だとしても、かかってきたことを揉み消したのは他の従業員も見ている。

 複数人の証言があれば、さすがに警察も動くか。


「……けど、ドリームランドも閉園か。悪いことしたかな」

「いえ、内部告発をすることを決めたのは彼ら自身です。お兄さんは気に病む必要はありませんよ」

「そうだよ! おじさんは良いことしただけなんだからさ!」


 栞奈が棒アイスを咥えて、しごくように舐めている。


 ……頼むからその食い方は止めてくれ。

 あと、その状態で俺を見んな。


「閉園にはならないでしょ。本部から新しい園長が来るだけよ」


 黒武者が棒アイスをガリっと噛みながら言う。


 ……別にその食い方に文句を言うつもりはない。

 けど、俺の股間と顔を交互に見ながら、棒アイスをかみ砕くのは止めて欲しい。

 なんか、ひえッっとなる。


「そうですね。ここまで大きくニュースになってますから、労働条件は改善されるはずです」

「それならいいけど……」


 するとアイスを食べ終えた栞奈が右手を振り上げて言う。


「じゃあ、今日、何するか計画を立てよう!」

「そうですね!」


 栞奈と真凛が計画とやらを話し合い始める。


 ……一日中ゴロゴロしてる、という案は却下されるんだろうな。


 そう思いながら、俺はアイスを食べるのであった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?