突如起こった変身。
ここは人気の遊園地で、当然ながら俺の周りには大勢の来園客が行き交っている。
「……うせやろ」
俺はその場に膝から崩れ落ちる。
この絶望感は今まで変身した事案の中で最大級と言っても過言ではないだろう。
「おじさん、しっかりして。そんなに疲れたなら言ってくれればいいのに」
ちげーよ。
今、四つん這いになってるのは、疲れたからじゃない。
絶望してるんだ。
「違います、栞奈さん。お兄さんは疲れたわけじゃありません」
そうだ。
真凛、言ってやってくれ。
なぜ、俺が絶望してるのかを。
「テンションが上がり過ぎて、お兄さん自身がアトラクションになってしまったんです!」
「え!? そうなの? ……じゃあ、乗っていいってこと?」
「5分交代でお願いします」
お前ら、わざとやってんのか?
わざわざアトラクションになるために変身なんかしねーよ。
てか、自分の意思で変身できねーし!
「まだまだね。栞奈ちゃん、真凛さん、そうじゃないのよ」
腕を組みながら俺を見下ろしている黒武者が口を開く。
もういいよ。
どうせ、斜め上のことを言うんだろ?
もう、お前には何も期待していない。
「正博はその痴態を大勢の人の目に晒すことで興奮してるの」
「そうなの!?」
栞奈が俺の股間を覗き込み、手を伸ばしてくる。
「やめんかっ!」
黒武者が言ったことは思った以上に斜め下だった。
俺はスクっと立ち上がる。
ありがとう、黒武者。
おかげで思考力が戻ってきたよ。
周りを見ていると大勢の人に取り囲まれていた。
子供連れの家族が俺の方を見て指を差す。
「あ、ママ、見て! ヒーローだよ!」
「見ちゃいけません!」
「いいかい。世の中には色々な趣味の人がいるんだ。そういうときは優しく目を逸らしてあげるといいんだよ」
「うん、わかった」
だ、ま、れ!
好きでこんな格好してるわけじゃねーよ!
とはいえ、こんなところに立ち止まっていても事態は悪化するばかりだ。
「お前ら、行くぞ。ついて来てくれ」
「え? デス・スプラッシュ・ブラッドは?」
「乗ってる場合か! 空気読め!」
俺は人ごみをかき分け、とりあえず物陰になるとこを探した。
「……事態はかなり深刻だ」
通路の物陰に避難した俺は3人に対して、そう言った。
「そうですね。昨日立てた計画に狂いが生じました」
「じゃあ、アトラクションの早さを2倍にしてもらえばいいんだよ」
「できるかっ!」
っと。思わず突っ込んでしまったが、もちろんそうじゃない。
俺が言った、深刻な事態というのは――。
「困っている人、つまり変身した原因となった人を探すのが絶望的ってことね?」
「……」
「なに?」
「いや、黒武者がまともなことを言うなんて意外だと思ってな」
「……死にたいの?」
「ごめんなさい」
お願いだからリアルな殺気をぶつけて来ないでください。
……てか、わかってるなら、最初から言ってくれよ。
「困って人を探すのが大変ってこと?」
栞奈が首を傾げる。
まだ状況がわかっていないみたいだ。
「こんなに人が密集している場所で、困っている人を探すなんて、砂漠でピラミッドを探すようなものよ」
「……それは割と見つけやすいだろ」
「とにかく、手分けして探すのが得策ですね」
「こうなったら、数撃て当てるしかないね。片っ端から困った人を助けて行こ―!」
やることが決まれば、その行動力は凄い。
伊達に、クソ女神の100本ノックをクリアしたわけじゃない。
そして、1時間後。
俺たちは3人の迷子と、2組の喧嘩の仲裁、5組の道案内を解決した。
当然、俺の変身は解けていない。
ということは、俺の変身の原因となった人は、まだ見つけられてもいないということだ。
「くそ。こんなところで困ってる人間なんて、それこそごまんといるだろ」
「そうね。それに次から次へと、新たに困ってる人が出てくると思うわ」
黒武者の言うことは正論だが、それでさらに俺は絶望感に包まれる。
そんな中、ずっと考え事をしていた真凛が、何かに気づいたようで顔を上げた。
「お兄さん、僕たちは間違っていたかもしれません」
「……どういうことだ?」
「もう、感度3000倍は解除されているはずです」
「……あっ!」
そうか。そうだよ。
俺たちはあの100本ノックのせいで、感覚が狂っていた。
「え? どういうこと?」
どうやら栞奈だけがわかっていないようで、首を傾げている。
「つまり、迷子とか喧嘩とか道案内とか、そういう小さい問題じゃないってことよね?」
「ああ」
感度3000倍になる前。
俺は2回、変身している。
栞奈と真凛の事件だ。
栞奈は凌辱されそうになっていて、真凛は家に強盗が入られていた。
つまり、命の危険、もしくはその後の人生に大きな影響を及ぼしそうなくらいの問題に反応していたことになる。
「でも、逆に、こんなところでそれほどまでに危険なことが起こっているとは思えません」
「……確かにな」
そんなことが起こっていれば、とっくに大騒ぎになっているはずだ。
しかも、こんな大勢の人間のいるところで、そんなことをするやつがいるんだろうか?
「とくにパニックも起きてないし、異変が起きているようには見えないわ」
「だよな」
どういうことだ?
俺が変身したということは、困っている人間がいるはず。
それは確実だ。
だけど、特に何かが起きてるような気配はない。
「何かが起きてることを隠してるってことかなぁ?」
「!?」
栞奈の言葉で俺、黒武者、真凛がハッと顔を見合わせる。
「へ? なになに?」
「客には異変がない、ということは客に隠しているということです」
「つまり、困っている人というのは――」
「運営側だ」