季節は8月。
いってしまえば、1年の中で暑い日が一番多い月なんじゃないだろうか。
なにが言いたいかというと、今日もめちゃくちゃ暑いということだ。
朝なのに太陽の日差しがジリジリと俺の肌を焼いてくるし、ひっきりなしにセミが生命を削りながら鳴き続けている。
そんな中を、俺たちは今、駅へと向かって歩く。
「晴れてよかったねー、おじさん!」
まだ朝の7時というのにめちゃくちゃテンションの高い栞奈。
「……体がバキバキだ」
昨日は床で寝たせいで、体が痛い。
せめて、下になんか敷けばよかった。
「床で寝るからよ」
「……誰のせいだと思ってんだよ」
黒武者の方はぐっすり寝たようで、体力全回復といったところだろうか。
「お兄さん、良ければおんぶしましょうか?」
「いや、それは絵面的にヤバいし、そもそも無理だろ」
なんだかんだ言って、真凛もいつもよりなんか楽しそうだ。
……それにしても。
この炎天下の中、数時間、人ごみの中を歩くって、やっぱり拷問だろ。
俺、なんか悪いことしたか?
「ほら、おじさん、急がないと電車乗り遅れちゃうよ」
栞奈が俺の手を掴んで引っ張っていく。
「別に乗り遅れても、10分もしたら次のが来るだろ」
「こうやって手を繋いで歩いてると、デート中の恋人みたいだよねー」
……相変わらず、話を聞かないやつだ。
てか、よくこの状況でデートだなんて言えるな。
周りには黒武者と真凛がいるんだぞ。
この状況を他のやつが見たらどう思うんだろうか。
まさか、俺がハーレム状態にでも見えたりするかもな。
まったくもって冗談ではないが。
この状況を羨ましいと思う奴がいたら、ぜひ、代わって欲しいところだ。
「ね、ねえ、栞奈ちゃん。私とも手を繋ぐ?」
「ううん。いい」
「……」
「……泣くなよ」
「うるさいわね。殺すわよ」
「俺に当たるな」
物凄い恨めしそうに見てくる黒武者。
殺気も混じってる気もするが、気のせいとしておこう。
「ですが、確かにこうしてると家族に見えるかもしれませんね」
「おー! 真凛ちゃん、良いこと言うねー!」
……家族、か。
そうなると、俺は父親ポジションってやつか?
まだ、そんな年じゃないんだがな。
「私がお母さんで、栞奈ちゃんがお父さん、真凛さんが娘で……正博はペットってところかしらね」
……俺、人間ポジションじゃないの?
てか、それはめちゃくちゃ年齢的にも無理ないか?
それに、せめてその中ならお前はお父さんポジションだろ。
「んー。私としてはおじさんが旦那さんでー、私が奥さんでしょー。クロちゃんが娘でー、真凛ちゃんが私のお姉ちゃん!」
……それだと、真凛が家族に入ってないぞ?
それと、どう考えても黒武者と真凛のポジションは逆だと思うんだがな。
「娘ポジかー。それも捨てがたいっ!」
黒武者が拳をプルプルと震わせる。
「お母さん、一緒にお風呂入ろ、とか言えるのよね? ……ヤバい、興奮するわ」
……なんのエロ本だよ。
その年で親と風呂に入るのはどうかと思うけどな。
「僕はこうですね。僕が愛人で、栞奈ちゃんが奥さん、萌乃さんが不倫相手です」
……それ、めっちゃカオスじゃね?
てか、俺、2人と不倫してるよな?
愛人も不倫も変わらないんですが。
それに、もう完全に家族じゃなくなってるし。
これ、絶対刺されるパターンだよ。
で、裁判とかで俺がクソ人間みたいにされて、黒武者が情状酌量を勝ち取るって流れだな。
なんて話をしているうちに駅に着き、電車へと乗り込む。
電車の中でも栞奈のテンションは高く、遊園地のパンフレットを見ながら昨日立てた計画を確認している。
そんなに楽しいもんか?
俺からしたら、なんで金払って疲れに行かなきゃならないんだって感じだが。
それから1時間近く、電車を乗り継ぎ、遊園地の前へと到着した。
俺は電車に乗りながら、「早く着き過ぎるんじゃねーのか?」と気づいた。
だって、遊園地の前についたのは8時過ぎだ。
で、開園するのは10時。
2時間も早く来てどうすんだよ!
……って思ったのだが、到着してからその理由がわかった。
俺たちが到着した時点で、遊園地の前には結構な客の列ができていた。
つまり、この列に並ぶために早く来たというわけか。
……あー、くそ。
入る前に心が折れそうだ。
開園するまでの2時間は途方もなく長い……と思ったのだが、意外とそんなことはなかった。
4人で話しているうちに、いつの間にか10時になっていたという感覚だ。
開園後、俺たちは入園料と乗り物の1日フリーパス券を購入した。
真凛の立てた計画も意外と優秀だったようで、アトラクションも待ち疲れするほど待たされずに乗れる。
ジェットコースター系や世界観を味わうような乗り物、遊園地を見て回るだけでも新鮮な気分だ。
「おじさん、笑って―!」
栞奈がやたらといろんな写真を撮りまくっている。
「栞奈ちゃん、いいわよ……」
黒武者がやたらと栞奈の写真を撮りまくっている。
なんだか、黒武者の変態度が日に日に高くなっていく気がする。
「一息つきましょう」
真凛が飲み物とポップコーンをトレイ載せて戻ってきた。
……いつの間に買いに行ったんだ?
ここにきて、俺は真凛の凄さに気づく。
事前の計画もそうだが、遊園地に来てからは、なんていうか補佐役に徹している。
みんなが楽しめるように配慮して動いているようだ。
しかも、それを気づかせない。
本当に凄いことだ。
「真凛、お前自身もちゃんと楽しめよ」
俺は真凛から飲み物を受け取りながら言う。
すると真凛が頬を赤らめて、ニコリと笑った。
「お兄さんが、そう言ってくれるだけで、僕はとても満足です」
なんとも欲のない奴だ。
仕方ない。
あとで、ご褒美に何か買ってやるか。
「よーし! じゃあ、後半戦も楽しんじゃうぞー!」
栞奈が右手を振り上げる。
だが、正直、俺は少し疲れ始めていた。
だから少し休憩しようと、提案したときだった。
「え?」
俺の身体が光り始める。
……まさか。
光が収まると同時に、俺は変身していた。
あー、もう、やだ!
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