俺の部屋。
遊園地は開園すると同時に入って、閉園まで遊び倒すという計画が立てられている。
1日券を買って、遊び倒すのだと栞奈がハイテンションで話す。
その横では真凛がせっせと、アトラクションをどう回るかの具体的な案を考えている。
黒武者は喜ぶ栞奈の姿をうっとりとした目で見ていた。
そして、俺はベッドの上に寝転び、イチハチを1巻から読み返している。
明日のために、心を癒しておかなければならない。
どうせ、明日は遊園地について30秒で帰りたいと思うはずだ。
そこからは我慢という拷問に耐え続けなければならない。
せめて精神を完全回復させておかないと、精神崩壊もあり得る。
「ねえ、おじさん! 明日はいっぱいいっぱい、乗り物乗ろうね!」
栞奈が俺の上に乗っかってくる。
……こいつ、変な薬キメてないだろうな?
テンションが異常に高すぎる。
「あ! 今日は私に乗っておく?」
「……乗ってるのはお前だ」
「あははは。それでもいいよ」
興奮で頬が赤く染まっている栞奈。
なんで、遊園地に行くってだけでそんなに楽しみになれるんだよ。
「すごく……エロいわ……」
そんな栞奈を見て、黒武者が興奮し始める。
ヤバい。
収集が付かなくなる。
仕方ない、落ち着かせるか。
「明日、開園から入るなら、結構早く起きなきゃならないだろ。そろそろ寝る準備をしたらどうだ?」
「ええー! 楽しみで興奮して寝れないよー!」
頬に手を当て、くねくねと体を揺らす栞奈。
そうしたかと思うと、今度は俺に添い寝するような体勢になる。
「ねえ、おじさん……。この興奮……冷ましてよ」
トロンとした目でそう言ってくる。
「うっ!」
黒武者が鼻を手で抑える。
だが、指の隙間から、ポタポタと血が漏れ出して床へと落ちた。
その血だまりが広がり、クッションに吸い込まれていく。
……そのクッション気に入ってたのに。
血は落ちないんだぞ。
「できました」
一人真面目に明日の計画を練っていた真凛がビッと親指を上げた。
「えー! どれどれ!? 見せてー!」
ガバっと起き上がって真凛の方へ向かう栞奈。
そして、また計画を見ながらキャッキャッと騒ぎ始めた。
1時間後。
栞奈ははしゃぎ疲れて電池が切れたかのように眠ってしまった。
ホント、ガキだな。
「真凛。すまんが、布団を敷いてきてくれ」
「わかりました」
真凛が部屋を出て行く。
5分ほど待つと真凛が戻ってきた。
「敷きました」
「さんきゅー。……よっと」
俺は栞奈を抱きかかえ、栞奈たちの寝室へと運ぶ。
あれ? そういえば、黒武者が文句を言ってこないな。
というより、私が運ぶと言いそうだけど……。
そう思いながら俺の部屋に戻る。
すると黒武者は白目を剥いて倒れていた。
その周りには大量の血が流れている。
どうやら失血により気絶したようだ。
……お前、一昔前のギャグマンガの主人公みたいだな。
そう思いながら俺は布団の中に入って目を閉じた。
たぶん、3時間後くらいだろう。
ふと、目が覚めた。
部屋の中は真っ暗だったので、スマホに手を伸ばす。
時刻は深夜の2時。
……喉渇いたな。
俺は何か飲もうと思い、起き上がった。
キッチンへ行こうと思い、部屋を出ようとベッドから降りる。
ヌル。
何かを踏んだ。
「おわっ!」
ビックリしてスマホの光で足を照らす。
俺の足の裏にはべっとりと赤いものが付着している。
――血。
一瞬パニックになりかけたが、黒武者のものだと思い出した。
なんだよ、ビックリさせやがって。
てか、乾き切る前に拭かないとな。
そんなことを考えながら、キッチンへと向かった。
「なにしてるの?」
「うおっ!」
リビングを横切ってキッチンへ向かう途中に黒武者に声を掛けられた。
リビング内は暗かったし、誰もいないと思っていたからかなりビビった。
「……黒武者か? ……なにしてるは、俺の台詞なんだが?」
「何してるって、寝てるんだけど」
「……」
俺はとりあえずリビングの電気を付ける。
黒武者が眩しそうに一瞬、顔をしかめた。
ソファーの上に寝転がっている黒武者はピンクのウサギのキャラクターがプリントされたパジャマを着ている。
……意外とメルヘンチックだな。
じゃなくて。
「お前、なんでこんなところで寝てるんだ?」
「なんでって、いつもここで寝てるんだけど」
「……いつも?」
黒武者は目を伏せて肩を落とす。
「あの部屋じゃ眠れないのよ」
あ、そうか。
黒武者はいまだに真凛に対してのトラウマが払しょくされていないんだな。
確かに、そんな相手と枕を並べて寝られるわけないか。
「栞奈ちゃんを襲っちゃうから」
違った。
どうしようもない理由だった。
本当に、どうしようもない理由だ。
まあ、逆に言うと襲おうとしないだけ偉いか。
「で、我慢できなくて襲おうとすると真凛さんがジッと見てくるのよ」
全然偉くなかった。
襲おうとしたんだな。
真凛、グッジョブだ。
「興奮と寒気っていう相反する感情に悩まされて、リビングで一人、孤独と戦いながら寝ていたというわけよ」
「カッコイイ雰囲気を出してるようだけど、全然、格好悪いからな」
「なんとでも言いなさいよ。この苦しみは私にしかわからないわ」
……だろうな。
お前くらいだよ、そんなことで悩んでるの。
「てか、帰ればいいじゃねーか。家に」
「は? 帰れるわけないでしょ」
「なんでだよ?」
「賃貸、解約してるから」
「……な、なんでそんなことしたんだよ?」
サラッとすげーこと言いやがった。
「勿体ないでしょ。帰らないのに、部屋を借りてるの」
「……」
「家賃分のお金も浮くし、一石二鳥よ」
お前、どや顔してるけどさ、どう考えても悪手だろ。
てか、なんで完全にうちに住み込む気でいるんだよ。
……まあ、いいけどさ。
「それよか、ソファーで寝たら体痛くねーか?」
「……朝には体がバキバキよ」
「俺の部屋で寝るか?」
「……何企んでるのよ? 寝込みを襲う気?」
「……襲うと思うか?」
「……いや。ないわね」
そして、黒武者と一緒に部屋に戻る。
「……あんたってさ」
「ん?」
「変人よね」
「……喧嘩売ってんのか?」
「いい意味でよ」
「どう聞いても、いい意味の言葉じゃねーだろ」
「男ってさ、女の子をエロい目でしか見ないじゃない?」
「物凄い偏見だ」
「……あんたみたいな……男はさ……」
「ん?」
「周りには……いな……か……」
疲れていたのか、あっさりと眠りにつく黒武者。
ベッドの上で。
うーん。
やっぱりさ、おかしくね?
ここは俺の部屋だぞ?
なんで、黒武者がベッドで、俺が床なんだ?
どう考えても逆だろ、逆。
文句を言おうと起き上がるが、黒武者の安らかな寝息を聞くと一気にその気が失せた。
起こして文句を言い出したら面倒くさいな。
仕方なく俺は床で寝ることを受け入れて、目を瞑ったのだった。