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第32話 感度3000倍解除

 その日の午後。

 俺たちは苗代に呼ばれた。


 俺の変身が解けたということは困りごとが解決したということだろう。

 俺はあまり興味がないが、栞奈と黒武者が経緯を知りたいと言って聞かなかった。


 栞奈は純粋に知りたいのだろうが、黒武者はどう考えても納得できないといったふうだった。

 昨日も、雅史の状況とクソどもをぶっ飛ばしたと話したら複雑そうな表情を浮かべていた。


「男が痛い目に遭うのはいいけど、これじゃ、みゆきちゃんと復縁しそうよね」


 ……お前は一体、何を望んでたんだよ。


 ということで、苗代に呼ばれた場所へ到着するとそこには雅史もいた。

 昨日の今日ということもあり、会社は休んだそうだ。


 呼ばれた場所は苗代の家の近くの公園だった。

 なんでも、そこで雅史と付き合うことになったのだとか。


 いや、知らんがな。


 今も苗代と雅史が手を繋いで並んで立っている。


「ホントに、ホントにありがとう!」


 苗代と雅史が頭を下げる。


「よかったね、苗っち」

「うん。栞奈ちゃん、ホント、ありがとね!」


 苗代と栞奈が抱き合って喜んでいる。


「最高だわ。あの間に入りたい……」


 黒武者が羨ましそうに右手の親指の爪を噛む。


 そんな変態は置いておいて、俺は雅史に話を聞く。

 雅史は全てを苗代に話し、苗代も雅史に俺たちのことを話したらしい。


「あれから、あいつらはどうなったんだ?」


 あいつらというのは、あのクズの金貸しのやつらのことだ。


「俺以外にも強請りをしていたようで、その件で警察に取り調べを受けているようですね」

「……報復とかは大丈夫なのか?」


 おれがそういうと、雅史はニコリと笑った。


「それもあなたのおかげです。あいつら、昨日ことがトラウマになったみたいで、取り調べ中でもピンクの変態が襲ってくると騒いだそうですよ」

「そ、そうなんだ……」


 その情報はいらなかったなぁ。


「とにかく、すべて解決できました。感謝してもしきれません」

「そうか」

「みゆきが卒業したら、結婚しようかと思ってます」

「あ、そう。まあ、お幸せに」


 おそらくはもう二度と二人に会うことはないだろう。

 そんなやつらがこの先、どうなるのかは正直、興味はない。


「さ、帰るぞ」


 俺がそう促すと、今まで黙っていた真凛がすすすっと雅史の前に立つ。


「え? えっと、なんでしょう?」

「解決したので、お金をください」


 ……ああ、そんな趣旨だったな。



 結果を言うと、結構もらえた。

 その額、実に30万だ。


 さすがにその額は受け取れないと断ろうとしたが、これでも安いくらいだと言って押し付けられた。


 なんでも、無理やりさせられた借金の100万も戻ってきた上に、今まで払ってきた利子分も返って来るのだそうだ。

 だから、このくらいは貰って欲しいと頼まれ、受け取ることにした。


「これで自転車買えるね、おじさん」


 栞奈が得意げに言う。


 いや、お前が稼いだわけじゃないから。

 どっちかというと、今回は俺の活躍が大きかったんじゃないのか。


 まあ、なんにしても俺は当初の予定通り、2万の自転車を購入した。

 これで随分と移動が楽になる。


 そう喜んでいたのだが、後から電動自転車にすればよかったと後悔した。


 それからさらに3日後。

 道に迷っていたおばあさんを案内した時に、女神から連絡が来た。


「お疲れさまでした。ノルマ達成したので、感度を戻しますー」


 つまり、100件の困りごとを解消したというわけだ。


「やっと終わったか……」


 長かったようで短かった1週間だった。

 これで元の生活に戻れると思うと、なんだか力が抜ける。


「よかったね、おじさん」

「おう」

「お兄さん、ご苦労様でした」

「ああ」

「……」

「なんか言えよ!」


 まったく。

 栞奈と真凛は労ってくれたのに、黒武者は相変わらずだ。


 まあ、別に声をかけられたからってなんてことはないが。


 とにかく、明日からはまたダラダラできる。

 そう思っていたのだが……。


「ねえ、打ち上げしようよ」

「打ち上げ……ですか?」

「そう! 100件達成のお祝い!」


 栞奈が嬉しそうにはしゃいでいる。


 相変わらずテンションの高い奴だ。

 暑いのに、よくそんなテンションを保てるな。


「いいですね。資金もたっぷりありますし」


 自転車を買った後も、真凛はちゃんと助けた人から募金を集めていた。


 ……あくまで募金だ。

 無理やりは徴収してない。

 ホントに。


 で、持ち金はまた30万ほどになっている。


 ……しかし、100個の困った人を助けて2万か。

 費用対効果がヤバいほど低いな。

 これなら働いた方が……。

 って、いかんいかん。

 ニートにあるまじきことを考えてしまった。

 反省しなくては。


「なにしよっか? どっかにご飯でも食べに行く?」

「そうですね……」


 栞奈と真凛が打ち上げについて盛り上がっていると、黒武者がその輪に入って行く。


「みんなで遊園地に行くっていうのはどうかしら?」

「遊園地?」

「2ヶ月前にオープンしたところがあるのよ」

「あ、ドリームランドですね」

「そう、そこ」

「うわー! いきたいいきたい!」


 栞奈のテンションがマックスになった。

 嬉しすぎてピョンピョンと飛び跳ねている。


「資金もちょうど10万ずつあるから、豪遊し放題よ」

「さらっと、俺を抜かすなっ!」


 ったく。

 油断も隙も無い。


 俺だって、色々買いたいものがあるんだ。

 全部、遊びで使われてたまるか!


「ダメだよ! ちゃんとおじさんも行くの!」

「うっ! そ、そう……」


 栞奈にたしなめられて、しょぼんとする黒武者。


「えへへへ。遊園地か~。すっごい楽しみだよー」


 ついにはクルクルと回り始める始末。


 ……そこまでか?

 遊園地なんて、ただ疲れるだけだろ。

 俺は行くのはパスだな。


 ……と言いたかったが、栞奈の喜びようを見ていると言えない。


 こういうとき、ホント、俺ってチキンだよなぁ。

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