俺の右フックをくらって、偉そうな男は真横に床と並行に吹っ飛び、壁に激突する。
声を上げる間もなく、気絶してしまった。
「ふう。……さてと」
どうしよう?
なんか勢いでこの場にいるやつらをぶっ飛ばしてしまった。
けどまあ、問答無用でナイフや銃で襲ってくる輩は悪人だと相場が決まっている。
人を殺ろうとする人間は殺される覚悟を持つべきだ。
まあ、逆にこれくらいで済んでラッキーだったと言えるだろう。
だから、俺を恨まないでくれよ。
「……あの」
窓から外を見て黄昏ている俺に、男が話しかけてきた。
苗代の恋人。
確か、雅史って呼んでたっけ?
「お、俺はただの通りすがりの正義の味方で……」
「朝、俺のアパートの近くにいた人ですよね?」
「へ?」
「ほら、俺が出勤するときに、あの辺で誰かと話してませんでしたか?」
「……」
なんと。
バレてましたかー。
上手く隠れたつもりだったんだけどなー。
ということは、あの辺を通った人はほぼ全員、俺の姿を見てたってことか。
通報されなかったから、見つかってないのだと思ってた。
いやあ、みんな結構、不審者に寛大だな。
普通なら速攻、通報案件だと思ってたけど、意外と世間って優しいね。
「あー、いや、まあ、偶然ですね。別にあなたが出てくるのを待っていたわけじゃないんですよ」
「はあ……」
雅史は戸惑ったような声をあげたが、なんとか納得してくれたようだ。
なんとか誤魔化し、成功だな。
「それより、あんた、ここで金を借りたとか? なんか詰められてたっぽいけど」
「違うんです! ……町で歩いてたら、変なチンピラに絡まれて、揉み合いになった時に相手の携帯を落としてしまったんです」
「ほうほう。それで?」
「大事なデータが入ってたとか因縁を付けられて、20万寄こせって言われて……」
「払ったと」
「……後々、面倒くさいことになるなら、払った方がいいと思って。でも、それで味をしめたのか、俺の後を調べてきたんです」
うーん。
典型的なダメムーブだな。
こういう輩は金が引っ張れるとわかったら、とことん粘着してくる。
だから、最初の時点で警察に行くと言えばよかったんだ。
どうせ、大事なデータなんて入ってなかっただろうし。
「すぐにみゆきのこともバレて……。あ、みゆきっていうのは、彼女なんですけど。で、みゆきが未成年ってことをネタに脅されました。俺は誓って手を出してはいないんですが、そんなのは世間は信じないって。会社にバレたらクビになるぞって……」
うわー……。
完全に明日は我が身だー。
やっぱり、世間は信じてくれないかな?
俺の方が脅されてるんですって言ってもダメなんだろうか。
「さらに、チンピラたちはみゆきのことが気に入ったとか言って、襲うぞって脅迫してきたんです。やめて欲しかったら、100万払えって」
……ホント、クソ野郎どもだな。
後で、もう一撃ずつ入れておこう。
「そんな金はないって言ったら、ここで借金しろと言われたんです。無理やり借金させられ、毎日のように利子を払わされて……」
「で、この状況だと」
雅史はコクリと頷いた。
……なぜ、警察に行かない?
まあ、報復を恐れたんだろうな。
最悪、苗代に被害が行きかねない。
おそらく、そういうふうに脅して理不尽に金銭を要求してたんだろうな。
「じゃあ、苗代に別れ話を持ちかけたのは……?」
「はい。俺から離れてもらおうと思って」
まあ、それも逆効果だな。
かといって、理由を言うわけにもいかなかったんだろう。
「あれ? なんでそのことを? それになんでみゆきの苗字を知ってるんですか?」
「あー、いや、その……正義の味方ですから」
「そ、そうですか……」
ふう。
なんとか誤魔化せたようだ。
さすが俺。
アドリブに強い男だ。
「あとは念のため……」
俺は事務所内にある引き出しや金庫を無理やり開ける。
その中にある書類を全部破り、火を付けて燃やした。
「あ、もちろん、灰皿の上でだよ。その辺で燃やしたりしてないから」
「……あの、誰に向って話してるんですか?」
「いや、最近はほら、コンプライアンスとか厳しいからさ」
「……よくわかりませんが、そうなんですね」
その後、気絶しているやつらにもう一撃ずつ入れた後、警察に通報した。
「ありがとうございました。あとは俺がやっておきますので」
雅史がそう言ってくれたので、その場を退散することにした。
そして、近くで見ていると、すぐに警察が来て、そのあとすぐに救急車が来た。
やつらはパトカーではなく、救急車で搬送されていったのだった。
次の日の昼。
ダラダラと寝ていると、勢いよくドアが開く音がする。
栞奈がズカズカと部屋に入って来て、俺の身体を揺すってきた。
「おじさん! もう昼だよ! 起きて!」
「うるさい。もう少し寝かせろ」
「やだー! 起きて! 遊ぼうよー」
「子供かっ!」
「むう! 起きないなら、実力行使をしちゃうぞ!」
「ほう? 面白い。やってみろよ」
まだ俺は変身中だ。
つまりはチート状態ということ。
銃さえ効かない俺に、何をしても無駄だ。
「いくよ! ジャンピングニー・ドロップ」
勢いよくジャンプする栞奈。
馬鹿が。
俺はあえて仰向けになり、腹を晒す。
跳ね返って自爆するがいい。
だがその瞬間、俺の身体が光り始める。
「へ? ……ほべぇ!」
変身が解けた瞬間、俺の腹に栞奈のジャンピングニー・ドロップがさく裂したのだった。