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第29話 出待ちする変態集団

 16時。

 再び、男の会社の前に集まる俺たち。

 しかし、いまだに誰一人会社から出てくる人間はいない。


 ちなみに俺たちはゲームセンターで時間を潰した。

 俺の格好じゃほとんどの飲食店に入れない。

 というより、入りたくない。


 暗闇の中で過ごせるということで、映画館という案が出て、一瞬採用しかけたが金がないということで却下された。


 で、考えに考え抜いた結果、ゲームセンターという案に落ち着いた。

 派手なゲーム機の画面に並んでいれば、以外に目立たなかった。


 ……と、思いたい。

 俺が入って来てから店内の客がほとんどいなくなったのは、きっと気のせいだろう。


「なんで、誰も出て来ないんだ?」

「んー。部活でもしてるんじゃないかな?」

「部活? んなアホな。学校じゃないんだぞ」

「でも、企業のスポーツチームとかありますよ?」

「む? 確かに……。俺は部活とかやったことがないんだが、何時くらいまでやってるもんなんだ?」

「えーと、私も部活とかやってるわけじゃないけど、たぶん、6時くらいじゃないかなぁ」

「そっか。じゃあ、あと2時間、どこかで時間を潰すか……」


 そんなことを俺、栞奈、真凛で話していると、呆れたように黒武者がため息をついた。


「部活が終わる時間なんて、それぞれでしょ。もしかしたら部活が休みの日かもしれないし」


 ……ちっ。

 なかなかの正論は吐くじゃねーか。

 さすが社会人を目指しているだけあるな。


 仕方がない。

 ここは黒武者の言うことを考慮するか。


 そうして、俺たちは物陰に隠れながら待ち続けた。


 18時になっても誰一人出てくることはなかった。

 結局、最初の一人が出てきたのは20時を少し回ったときだった。


「マジかよ。こんな時間まで練習とか、体壊すだろ」

「きっとあれだよ、ブラック企業? ってやつ」

「……なるほど。死者が出るわけだ」


 ブラック企業で過労死するという話を聞くからな。

 そりゃ、こんな時間まで運動させられれば、過労死するのも当然だな。


 本当に怖い世界だ。

 ニートをやっていて、心の底から良かったと思う。

 ニート万歳だ。


「あ、出てきたわよ」


 黒武者が指を差す。

 その方に視線を移すと、確かに男が会社から出てきたところだった。


 なんて言うか肩を落とし、疲れ果てた顔をしている。


 けど、なんでそんなふうになってまで、部活に入るんだ?

 学生時代の俺のように帰宅部に入ればいいのに。


 とはいえ、せっかく出てきたので、尾行を開始する。


「あれ? 駅とは違う方向に向かってるね」


 物陰に隠れながら尾行していく俺たち。

 男には全くバレていない。


 もしかしたら俺たちは尾行の才能があるのかもしれない。


 ただ、ときどき、周りから「何かの撮影かな?」という声が聞こえてくるが、気のせいということにしておこう。


「きっと、愛人の家に行く気なのよ」


 黒武者の歯ぎしりがこっちにまで聞こえてくる。


「まだわからんだろ。単に飯を食ってくだけなのかもしれないぞ?」

「殺してきていいかしら?」

「頼むから、俺の話を聞いてくれ」


 とは言ったものの、男はどんどん町から離れた場所へと歩いて行く。

 周りに飲食店が無くなる。

 どう見ても、飯を食おうとしているようには見えない。


 これは黒武者の言うように、愛人説が濃厚になってきたな。

 苗代を連れて来なくてよかった。


「もし……愛人だった場合はどうしますか?」


 真凛がそう聞いてくる。

 あまり考えたくなかったのだが、そろそろ本格的にどうするかを検討する必要になってきた。


 しかし、どうするか。

 他人の恋愛関係に第三者が首を突っ込んで解決できるわけがない。

 余計泥沼になって終わりだろう。


「いい方法があるわ」

「……あいつを殺したところで、なにも解決はしないぞ」

「違うわよ。私を殺人鬼みたいに言うの止めてくれないかしら」

「……」


 お前、さっき、自分で何て言ったか思い出せ。

 それに、実際、俺を殺そうとしただろうが。

 十分、殺人鬼みたいなもんだぞ、お前は。


「この方法なら、円満解決間違いなしよ」

「……どんな方法だ?」


 黒武者の案なんて、どうせろくでもないだろうが、それでも藁にも縋る思いで聞くことにする。


「みゆきちゃんを私が寝取る」


 本当にろくでもない方法だ。

 お前の言葉を少しでも信じた俺が馬鹿だった。


「真凛。何かいい案はないか?」

「……そうですね。相手の女の弱みを握って、あの男と別れさせるというのはどうでしょう?」

「……」


 くそっ!

 一瞬、有りかと思っちまったじゃねーか。

 ダメだな。

 俺も真凛に毒され始めているのかもしれない。


「栞奈。お前が最後の砦だ。頼むぞ」

「うーん。苗っちをおじさんに惚れさせる、とか?」


 ……しょせん、世の中で頼れるのは自分しかいないんだな。


 さて、マジでどうしよう?

 ベストなのが、苗代に頑張って貰って、男を取り戻すというものだな。

 だが、それが出来ればこんなことにはなっていない。


 あとは、苗代があの男を忘れるまで待つ、とかか。

 けど、その場合、その間、ずっと俺は変身したままの状態になる。

 他に男を宛がうにするにしても、そんなコネはない。


 ……意外と、黒武者の案も有りなのか?


「あっ! 立ち止まった!」


 栞奈が声を上げる。

 栞奈の言う通り、男は建物の前で立ち止まり、見上げていた。


 ただ、どう見ても民家じゃない。

 愛人の家というわけではなさそうだ。

 これは……。


「事務所?」


 そう。

 男は町はずれにある、古い事務所のような建物の中へと入って行ったのだった。

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