16時。
再び、男の会社の前に集まる俺たち。
しかし、いまだに誰一人会社から出てくる人間はいない。
ちなみに俺たちはゲームセンターで時間を潰した。
俺の格好じゃほとんどの飲食店に入れない。
というより、入りたくない。
暗闇の中で過ごせるということで、映画館という案が出て、一瞬採用しかけたが金がないということで却下された。
で、考えに考え抜いた結果、ゲームセンターという案に落ち着いた。
派手なゲーム機の画面に並んでいれば、以外に目立たなかった。
……と、思いたい。
俺が入って来てから店内の客がほとんどいなくなったのは、きっと気のせいだろう。
「なんで、誰も出て来ないんだ?」
「んー。部活でもしてるんじゃないかな?」
「部活? んなアホな。学校じゃないんだぞ」
「でも、企業のスポーツチームとかありますよ?」
「む? 確かに……。俺は部活とかやったことがないんだが、何時くらいまでやってるもんなんだ?」
「えーと、私も部活とかやってるわけじゃないけど、たぶん、6時くらいじゃないかなぁ」
「そっか。じゃあ、あと2時間、どこかで時間を潰すか……」
そんなことを俺、栞奈、真凛で話していると、呆れたように黒武者がため息をついた。
「部活が終わる時間なんて、それぞれでしょ。もしかしたら部活が休みの日かもしれないし」
……ちっ。
なかなかの正論は吐くじゃねーか。
さすが社会人を目指しているだけあるな。
仕方がない。
ここは黒武者の言うことを考慮するか。
そうして、俺たちは物陰に隠れながら待ち続けた。
18時になっても誰一人出てくることはなかった。
結局、最初の一人が出てきたのは20時を少し回ったときだった。
「マジかよ。こんな時間まで練習とか、体壊すだろ」
「きっとあれだよ、ブラック企業? ってやつ」
「……なるほど。死者が出るわけだ」
ブラック企業で過労死するという話を聞くからな。
そりゃ、こんな時間まで運動させられれば、過労死するのも当然だな。
本当に怖い世界だ。
ニートをやっていて、心の底から良かったと思う。
ニート万歳だ。
「あ、出てきたわよ」
黒武者が指を差す。
その方に視線を移すと、確かに男が会社から出てきたところだった。
なんて言うか肩を落とし、疲れ果てた顔をしている。
けど、なんでそんなふうになってまで、部活に入るんだ?
学生時代の俺のように帰宅部に入ればいいのに。
とはいえ、せっかく出てきたので、尾行を開始する。
「あれ? 駅とは違う方向に向かってるね」
物陰に隠れながら尾行していく俺たち。
男には全くバレていない。
もしかしたら俺たちは尾行の才能があるのかもしれない。
ただ、ときどき、周りから「何かの撮影かな?」という声が聞こえてくるが、気のせいということにしておこう。
「きっと、愛人の家に行く気なのよ」
黒武者の歯ぎしりがこっちにまで聞こえてくる。
「まだわからんだろ。単に飯を食ってくだけなのかもしれないぞ?」
「殺してきていいかしら?」
「頼むから、俺の話を聞いてくれ」
とは言ったものの、男はどんどん町から離れた場所へと歩いて行く。
周りに飲食店が無くなる。
どう見ても、飯を食おうとしているようには見えない。
これは黒武者の言うように、愛人説が濃厚になってきたな。
苗代を連れて来なくてよかった。
「もし……愛人だった場合はどうしますか?」
真凛がそう聞いてくる。
あまり考えたくなかったのだが、そろそろ本格的にどうするかを検討する必要になってきた。
しかし、どうするか。
他人の恋愛関係に第三者が首を突っ込んで解決できるわけがない。
余計泥沼になって終わりだろう。
「いい方法があるわ」
「……あいつを殺したところで、なにも解決はしないぞ」
「違うわよ。私を殺人鬼みたいに言うの止めてくれないかしら」
「……」
お前、さっき、自分で何て言ったか思い出せ。
それに、実際、俺を殺そうとしただろうが。
十分、殺人鬼みたいなもんだぞ、お前は。
「この方法なら、円満解決間違いなしよ」
「……どんな方法だ?」
黒武者の案なんて、どうせろくでもないだろうが、それでも藁にも縋る思いで聞くことにする。
「みゆきちゃんを私が寝取る」
本当にろくでもない方法だ。
お前の言葉を少しでも信じた俺が馬鹿だった。
「真凛。何かいい案はないか?」
「……そうですね。相手の女の弱みを握って、あの男と別れさせるというのはどうでしょう?」
「……」
くそっ!
一瞬、有りかと思っちまったじゃねーか。
ダメだな。
俺も真凛に毒され始めているのかもしれない。
「栞奈。お前が最後の砦だ。頼むぞ」
「うーん。苗っちをおじさんに惚れさせる、とか?」
……しょせん、世の中で頼れるのは自分しかいないんだな。
さて、マジでどうしよう?
ベストなのが、苗代に頑張って貰って、男を取り戻すというものだな。
だが、それが出来ればこんなことにはなっていない。
あとは、苗代があの男を忘れるまで待つ、とかか。
けど、その場合、その間、ずっと俺は変身したままの状態になる。
他に男を宛がうにするにしても、そんなコネはない。
……意外と、黒武者の案も有りなのか?
「あっ! 立ち止まった!」
栞奈が声を上げる。
栞奈の言う通り、男は建物の前で立ち止まり、見上げていた。
ただ、どう見ても民家じゃない。
愛人の家というわけではなさそうだ。
これは……。
「事務所?」
そう。
男は町はずれにある、古い事務所のような建物の中へと入って行ったのだった。