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第28話 尾行開始

 男は昨日と同じようにスーツ姿だ。

 ポケットから鍵を出して、ドアに鍵をかけている。


 時刻は朝の8時。

 おそらく、これから会社なのだろう。


 ちなみに俺たちは、今日は朝の6時半に起きている。


 ……考えてみれば、こんなに早く起きたのは何年ぶりだろうか。


 補足しておくと、もちろん、俺は変身した状態のまま寝た。

 ヘルメットを被ったまま寝るって、かなりつらかった。


 ……って、あれ?

 そういえば。


「苗代、お前、学校は行かない系なのか?」

「ううん。そんなことないけど」

「じゃあ、なんでここにいるんだ? 平日だろ、今日」


 ……平日、だよな?

 ニートをしていると曜日感覚が狂うんだよ。


「夏休み」


 さらっと苗代が言う。

 その場にいる全員が一斉に頷く。


 あー、そっか。

 そういえば、そんな時期だもんなぁ。


「ついでだから聞くが、栞奈、お前、なんでずっとセーラー服なんだ?」

「え? おじさん、制服好きでしょ?」

「そんなこと、言ったか?」

「男の人って、制服が好きな種族だって聞いたことあるよ?」


 いや、種族って……。

 割合的には多いかもしれないけど、全員ってわけじゃねーだろ。


 まあ、いいや。

 面倒くさいし、そういうことにしておこう。

 2次元の制服は大好物だし、嘘ではないな。


「僕もブルマを着た方がいいですか?」

「捕まる可能性をこれ以上、高くしないでくれ」


 それになんでブルマなんだよ。

 もう、3次元では絶滅したって聞いたぞ?


「無駄話はそこまで。こっちに来るわよ」


 黒武者の言葉で、俺たちはハッとする。


 そうだった。

 俺たちはこれから、あの男を尾行するのだ。


 ……すっかり忘れてたぜ。


 すぐに物陰に隠れる。

 そして、俺たちがいたところを男が歩いて横切っていく。


 危ない危ない。

 いきなり、数分でバレるところだった。


 それでなくても、今の俺は目立つからな。


 では、気分を改めて、尾行開始だ、と思っていたら黒武者が静止してきた。


「みゆきちゃんは家で待ってなさい」

「え? どうして?」


 俺もなぜ、黒武者がそんなことを言うのか、一瞬わからなかった。

 あいつのことだから、どちらかというと一緒にいたいというはずだ。

 だが、すぐにその理由に行きつく。


 そうか。

 意外と考えてるな、黒武者。


「さすがに人数が多すぎる。それにお前がいると、男に見つかりやすくなる」

「……」

「なにかあったら、すぐ連絡する」

「う、うん。わかった……」


 苗代は渋々、駅の方へ向って行った。


「助かったよ、黒武者」

「……別に。つらいものを見せたくないからね」


 最悪、男が浮気、つまりは新しい女が出来たという可能性もあり得る。

 もし、そんな現場を直接、苗代が見たらどうなるか。


 おそらく、その場に特攻する。

 事態はこじれにこじれてしまうだろう。

 そうなれば、俺は一生このままの姿で生きていかなければならなくなる。


 それは何としてでも避けたい。


「好きだった男が目の前で死んだら、トラウマになるでしょ?」

「殺る気満々かよ……」


 それはさておき、昨日決めた形で尾行を開始する。


 栞奈が男を尾行し、その栞奈を俺たちが尾行するという作戦だ。


 そして、この30分後。

 俺の心はポッキリと折れることになったのだった。



「……」

「ウザいわ」


 落ち込む俺に、容赦のない言葉を浴びせる黒武者。


 なぜ、俺が落ち込んでいるかというと、また電車に乗ることになったからだ。

 しかも今度は長めの30分間。


 この絶望感は半端なく、思い出したくもない。


「いい加減に受け入れなさいよ」

「お前にはわからないだろうな。変態を見るような目で見られる気分が」

「あんたは元々変態なんだから、その目で見られるのは当たり前じゃない」

「黙れ!」


 俺は変態なんかじゃない。

 ただ単にピンクの全身タイツを着て、フルフェイスのヘルメットを被ってるだけだ。


 ……変態……なのかな?


「どうせ、帰りも同じ目に遭うんだから、慣れなさいよ」


 ……そうだった。

 帰りもあるんだった。


 うわ、めっちゃ凹む。

 一気にやる気がなくなったぞ。


 もう帰っていいですか?

 て、帰るにはまた電車に乗らないといけないのか。


 ……タクシーで帰ろうかな。

 金ないけど。


 そんなやり取りをしながら歩いていると、前を歩いていた栞奈がこっちに向って走ってくる。


「どうした、栞奈?」

「あの男の人、会社っぽいところに入ってったよ?」

「会社っぽいじゃなくて、会社だろうな」

「どうする? 中に入った方がいい?」

「いや、一発でバレるな。いくらなんでも、いきなり会社に女子高生が入ってきたら、不審過ぎる」

「どこかで時間を潰した方がいいんじゃない?」

「そう……だな」


 黒武者の言う通り、ただ単にずーっと会社の前で張り込みするのは正直ツライ。

 現時点で暑くて、ヘトヘトなのだ。


「なあ? 普通、会社って何時くらいに終わるものなんだ?」

「それを一番知ってるのは、普通、あんただと思うけど」

「……え?」


 栞奈は15歳で高校1年生。

 真凛は19歳で専門学生。

 黒武者は20歳で短大生。


 そして、俺は28歳で自宅警備員。


「いやいや。俺はフリーランスでフレックスで、テレワークだからわからんな」

「おおー! おじさん、なんか凄い」

「さすがお兄さんです!」


 ふふ。そうだろうそうだろう。

 俺自身、自分で言ってて、なんか凄い感じしたもんな。


「ただのニートじゃない。言ってて恥ずかしくないの?」

「うるさい! 現実を突きつけるな!」


 結局、誰も、普通何時くらいに会社が終わるかわからなかったので、大体、学校が終わる16時を目途に、それまでどこかで時間を潰そうと言うことになったのだった。

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