「身辺調査?」
栞奈が首を傾げる。
それに対して真凛が説明するように言う。
「つまり、弱みがないかを調べるということです」
違うよ。
真凛、お前は一回、脅す方向から離れてくれ。
「その男に他の女がいないかを見るってわけね」
黒武者の方は割とまともな発言だ。
まあ、若干、悪意は感じるが。
「もちろん、他の女のこともあるけど、なんにしても急に変わったことの原因があるはずだ。だからまずはそれを突き止める」
「雅史くんが変わった原因……」
苗代がつぶやくように言った後、顔を上げる。
「あたし、このまま雅史くんと別れたくない! 原因があるなら知りたいよ! だから……お願いします!」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
「任せて」
そう言ってどや顔をしたのは……。
黒武者だった。
いや、なんでだよ。
そこは俺の台詞だろ?
もう夜ということもあり、俺たちは(主に黒武者が)苗代の連絡先を聞き、また明日、集まる約束をした。
で、また再び俺の部屋に4人が集まっているという状況になる。
「明日からは基本、お前らは変身禁止な」
俺はすっかり冷え切った回鍋肉を口に入れる。
実はこのフルフェイスのヘルメットは、口のところまで開く仕様になっていた。
どうやら、長期の変身を想定して、生きることに最低限のことはできるように配慮されているようだ。
俺としてはもっと違う方向で配慮して欲しかったけどな。
「どうしてですか? 変身しないと身が引き締まりません。それじゃ出動できませんよ?」
「……お前、今日、普通に変身しないで出動してただろうが」
「でも、なんで変身しちゃダメなの?」
「目立つからだ」
「一番目立ってるあんたが、どの口でそれを言うのかしら」
「うっ! 仕方ないだろ、自分じゃ変身を解けないんだから!」
当然ながら、今、変身しているのは俺だけだ。
栞奈、真凛、黒武者は変身を解いている。
「とにかく、明日からは男の後をつけるからな。目立つわけにはいかん」
「あんたがいる時点で、どうやっても目立つと思うけれど?」
「ああ。だから少数精鋭で行くことにする」
「どういうことですか?」
「男を監視する役目を1人に絞るんだ。栞奈、やってくれるか?」
「へ? 私?」
まさか、自分が指名されるとは思ってなかったんだろう。
いきなり、名前を呼ばれて、驚いている。
だが、すぐににこりと笑って頷いた。
「おじさんの頼みなら、なんでもするよ」
「……なんでも? はあ、はあ、はあ……」
栞奈の言葉になぜか黒武者が興奮をし始める。
一体、何を想像したのか、理解できないし、したくもない。
なので、ここは無視だ。
「お兄さん、なんで栞奈さんなんですか?」
真凛がやや不満そうに言う。
自分が選ばれなかったのが納得いかないといったところうだろうか。
「お前だと、拉致して直接、本人の身体に聞いた方が早いとか考えるだろ?」
「っ!? そそ、そんなこと……あ、ありません……」
メチャクチャ動揺してるじゃねーか。
図星だろ。
「私じゃない理由は?」
今度は黒武者の方が質問してくる。
こっちは特に不満とかそういう感情はなく、単に疑問に思っただけのようだ。
「お前の場合は、男を殺そうとするだろ?」
「そうね」
……否定しろよ。
建前だけでもいいからさ。
「ってことで、栞奈しかいないってわけだ」
「うん、よくわからないけど、わかった!」
……え?
よくわかってないの?
話聞いてた? 大丈夫?
「でも、あんた、まさか栞奈ちゃんに全部押し付けて、自分は家でのほほんと待ってる、なんて言わないでしょうね?」
「え? い、いや!? そ、そそそんなことなな、ないぞ」
ちょっとしか思ってない。
ホントだぞ。
けど、まあ、確かに黒武者の言うことにも一理ある。
もし、男が何かしらの危険なトラブルがあり、それに巻き込まれる可能性もある。
あとは、ないとは思うが男に逆上されて襲い掛かられることもゼロではない。
そんなことになれば、さすがに目覚めが悪い。
「男を尾行する栞奈を見張ることにするさ」
これなら、もし仮に周りの人間に見つかったとしても、変態のストーカーが栞奈を付け回してるようにしか見えないだろう。
それになにかあれば、すぐに栞奈を助け出せる。
うん、これで行こう。
あとは通報されないようにお祈りするだけだ。
明日は俺の祈祷力が試されるな。
次の日の朝。
俺たちは苗代と合流して、昨日俺たちが決めたことを話す。
「うん。わかった。栞奈ちゃん、お願いね」
「任せて!」
苗代に手を握られた栞奈は得意げに胸を叩く。
強くたたき過ぎたせいか、ちょっと涙目になっている。
……慣れないことはするなよ。
「それで、あたしはどうしたらいい?」
「とりあえず、男の家を教えてくれ」
「うん。わかった。隣の駅だから、結構近いよ」
そう言って、駅へと向かう苗代に着いていく俺たち。
そして、俺はこのとき、重要なミスを犯していることに、今はまだ気づいていなかった。
「う、うう……」
「おじさん、泣かないで」
苗代の言う、隣の駅に到着後、涙を流す俺に栞奈が寄り添ってくる。
お気づきだろうか?
隣の駅にいると言うことは、俺は電車に乗ったということである。
そして、思い出して欲しい。
俺は今、変身が解けていないということを。
つまり、ピンクの全身タイツのようなスーツにフルフェイスのヘルメットをした状態で電車に乗ったということだ。
電車の中は若干、混んでいたのに、俺の周りだけ誰も人がいなかった。
あんなに5分が長く感じたのは人生で初めてだったかもしれない。
それに、周りからの「なに、あの人、超ヤバい」という視線だ。
それはもう、なんていうか、心にナイフを投げつけられているような感覚だった。
もう一駅離れていたら、俺の精神は崩壊していたことだろう。
「通報されなかっただけ、ラッキーと思いなさいよ。私だったら通報どころか、線路に突き落としてるところだわ」
頼むから、これ以上、俺を追い詰めないでくれ。
「通報するのもヤバいって思われたんですよ、きっと!」
真凛。
それ、フォローになってない。
「あ、着いたよ、あそこ! あそこが雅史のアパートだよ」
そう言って苗代が指を刺した。
その瞬間、そのドアが開いて、昨日の男が出てきたのだった。