栞奈と真凛、そして苗代みゆきの3人で話が盛り上がっている。
「既成事実を作れば、それが弱みになるんじゃない?」
なかなか恐ろしいことをサラッという栞奈。
あながち、俺にも無関係ってわけじゃない気がして、背筋が寒くなる。
「で、でもあたし……その……初めてだし……上手くできるか……心配なんだけど」
「あー、わかるわかる。私もその辺は不安なんだよね。おじさんで練習しとく?」
……なんでだよ。
それだと、俺が弱み握られちまうじゃねーか。
「……練習相手、私じゃダメなのかしら?」
隣で3人が話しているのを見ながら、黒武者がポツリとつぶやく。
こいつもこいつで、なかなかぶっ飛んでる。
「お前が相手だと、襲われる練習になるだろ」
「あー、そっか。そうよね」
寂しそうに栞奈と苗代を見る黒武者。
「待ってください。たとえ、既成事実を作ったとしても、相手にしらばっくれられたら終わりですよ」
「え? あー、そっか。確かに」
真凛の突っ込みにハッとした表情を浮かべる栞奈。
そして、苗代が真凛に質問を投げる。
「じゃあ、どうしたらいいかなー?」
「簡単ですよ」
「お? なにかいい考えがありそうだね、真凛ちゃん」
「はい。ハメ撮りです」
……あいつ、何言ってんだ?
「ちゃんと顔が映る状態で撮影すれば、相手は言い逃れができません」
おおーっ、と栞奈と苗代が感心の声を上げて、パチパチと拍手する。
「……じゃあ、私が撮影役……いや、ダメ。絶対に途中で相手の男を殺してしまうわ」
黒武者は黒武者で、一人でぶつぶつと独り言をつぶやいている。
こいつら全員、どこで頭のネジを落としてきたんだろうか。
それとも、元々外れた状態で生まれてきたのか?
どちらにしても、もう手遅れの気がしてならない。
なんてことを考えていてもしかたない。
こいつらに任せてたら、不毛に時間を浪費するだけだ。
「おいおい。お前ら。そろそろ、現実的な話をしようぜ。話が進まん」
「あ、確かにお兄さんの言う通りですね。すみません。僕もまだまだですね」
「いや、わかってくれればいいんだ。それじゃ……」
「はい。さっそく、現実的な、拉致計画を練りましょう」
「ちがうっ!」
全然わかってなかった。
……あー、いや。
俺はわかっていたよ。
お前が絶対、わかってないって。
「よく考えろよ。仮に無理やり関係を迫って弱みを握ったとしてだ。それで渋々、結婚まで持ち込んだとして、それで本当にいいのか?」
「それでおじさんが私のものになるなら、私はそれでいいけど?」
「僕もです」
「お前らは黙ってろ! ……苗代、お前はどうだ? 相手がお前のことを好きじゃない状態で結婚したいと思うか?」
苗代は俯いて、少し考えた後、顔を上げて首を横に振った。
「ううん。雅史にはちゃんと私を好きになって欲しい。それで結婚したい」
「だろ? なら、無理やり襲うなんてことは逆効果だ」
「そっか。だから、殺すことで自分だけのものにしようってことね」
「……お前も黙ってろ」
変な茶々を入れるなよ、黒武者。
「苗代。お前の話だと、別れ話をされたのは最近なんだよな?」
「うん、そうだよ。卒業したら、一緒になろうねって言ってからかな。急に距離を取り始めたのは」
「あなたの身体が目的だったのよ。だから、結婚するって言ったら引いたの。ホント、男ってそういうところあるから」
偏見も甚だしい。
世の中には俺のようにそもそも現実の女に興味がない男だっているんだぞ。
まあ、今回の相手の雅史ってやつは違うだろうが。
「いや、黒武者の理論なら、すでに苗代は手を出されてないとおかしいだろ。けど、お前は手を出されてないんだよな?」
「う、うん。あたしは……その……別によかったんだけど……」
「わかるー! その気持ち、すごくわかるー!」
ちょいちょい話に入って来るなよ、栞奈。
話が逸れるだろうが。
「最初から特に興味がなかったということは考えられませんか?」
いきなり真凛が残酷なことを言う。
本人がいる前で言うなよ。
少しは空気を読んでくれ。
「いや、それは考えられない。興味なければ最初から付き合わなければいいだけだからな」
「じゃあ、何か弱みを握ろうとして近づいてきたというのはどうですか?」
「……世の中、お前みたいなサイコパスはそうそういないんだよ。っていうか、その別れ話が出てくるまでは上手くいってた。違うか? 苗代」
「うん。少なくても、あたしはそう感じてたよ。このまま、雅史と結婚するんだろうなーって思ってた」
「うんうん! 私も私も! このまま結婚するんだろうなーって思ってるからね、おじさん」
ああ。
思うのは自由だぞ。
思うだけならな。
行動には起こすなよ、絶対。
「ということは、相手に何かあった……つまり、事情が変わったと考えるのが自然だろ」
「……もしかして、他に好きな人ができた……とか?」
「……ああ。それも考えられる候補の1つではあるな」
「そんな……」
一気に顔が青ざめる苗代。
そんな苗代に優しく、寄り添うように近づく黒武者。
「私に乗り換えるって手もあるわよ」
……いや、ホント、お前ら邪魔しかしねーな。
黙っててくれよ。
俺が、一生、このピンクのスーツ姿になるかどうかの瀬戸際なんだぞ。
「……黒武者。お前、栞奈を狙ってたんじゃないのかよ? もしかして、女なら誰でもいいのか?」
「はっ!? ち、違うわ! 違うのよ! 私は、私はーーーー!」
頭を抱えてうずくまる黒武者。
よし、これでしばらくはこっちに戻ってこないな。
「苗代。あくまで現段階では予想にしかならない。だから、悲観的になり過ぎるな」
「……そ、そうだよね」
「なので、俺たちが次にやることは決まっている」
「拉致して、体に聞くんですね」
「そう……じゃえねーよ! 違うよ! お前は誘拐から頭を放せ」
ったく。
せっかくいい話の流れだったのに。
俺は咳払いをして、仕切り直すようにこう宣言した。
「男の身辺調査だ」