俺の目の前では赤い全身タイツのようなスーツを着た、フルフェイスのメットの女が高笑いをしている。
物凄いシュールな光景だな。
なるほど。
他人の目から見たら、俺たちもこう見えるのか。
……泣きたくなってくるな。
「私、凄い力を手に入れたのよね? これで長年の夢だったことが実現させられるわ!」
拳を握り締めて、なかなか危ないことを言い出す女。
絶対に力と権力を渡してはいけないタイプの人間だ。
だが、この女は一つ、大きな勘違いをしている。
今、女が装着しているスーツはチート能力をもっているやつのではなく、単なる簡単にコスプレができるだけのものだ。
だから、女のいう長年の夢とやらは叶うことはないだろう。
女はチラリと俺の方を見た。
そして、突然、俺に向けて拳を振り上げてくる。
「まずはあんたからよ! 死ねっ!」
やはり勘違いしている。
そのスーツは力が上がるわけじゃないのだ。
だから、殴ったところで俺にダメージは受けな……。
「ぶべっ!」
油断していた俺は、女の右ストレートをもろに顔面に受けて吹き飛ぶ。
「おじさん!」
「お兄さん!」
栞奈と真凛が駆け寄ってくる。
……しまった。
女の力は上がらないが、殴られれば普通に痛いんだった。
俺は今、スーツを着てないんだし。
「あれ!? 頭が吹き飛んでない!?」
「殺す気かっ!」
「え? 言ったじゃない。死ねって」
「いや、言ってたけどさ……」
まさか本気で殺そうとするなんて思わないじゃん?
「それより、どういうこと? 力が上がったように思えないんだけど」
女はその場でシャドーボクシングのように拳を振っている。
っていうか、俺の殺そうとしたことをサラッと流すなよ。
「そのスーツは何の力もありません。ブレスレットは単なるコスプレするだけの道具ですよ」
真凛がそう説明すると、女はブルブルと震え始める。
そして、その場に四つん這いになった。
「そんな……。こんなバカみたいな恰好を受け入れたのに。力を得られないなんて……」
そう言った後、女はむせび泣き始めたのだった。
「
変身を解き、腕を組みながら、俺を見下すようにして自己紹介をしてきた。
「萌乃か。いい名前……」
「ふん!」
「痛いっ!」
いきなり殴られた。
……なぜ?
「名前で呼ばないで頂戴。お願いだから」
黒武者が顔を赤くして俯く。
どうやら名前にコンプレックスを持っているようだ。
まあ、確かに黒武者の方が合ってるな。
まさにピッタリの名前だ。
ドス黒い武者って感じだもん。
戦隊もので言うと変わり者のブラック枠だ。
……けど、レッドなんだよなぁ。
あの女神、とことん、色の割り当て間違ってるよ。
「でも、萌乃さん。どうして、スーツに力がないとわかったのに活動を手伝ってくれるんですか?」
「ええ。人助けっていうところに興味があるのよ」
……なんで、真凛は名前で呼んでもいいんだよ?
「私も人助けをしたくって」
「へー。なんか意外だな。人助けをしたいだなんて」
「長年の夢だったのよ。世界から男を抹殺するのが」
「……それは人助けじゃねえよ。というか真逆だろ」
「まあ、本気はさておき」
「冗談はさておき、な」
……冗談だよな? な?
「今、私、就職活動中なのよ。だから、人助けのボランティアをやれば就職に有利でしょ?」
有利か?
全身スーツの集団が人助けをしてるのって、なんかカルト教団みたいだろ。
逆に、就職に不利になると思うけどな。
俺なら、そんな危ない奴は絶対に雇わない。
「じゃあ、クロちゃん。これからよろしくー」
「ええ。よろしく。……栞奈ちゃん、だったわよね? 可愛らしい子と一緒に活動出来て嬉しいわ」
黒武者の目の中に怪しい光が灯り、栞奈をネットリと見ている。
……あー、まさか、そっち系?
男が嫌い過ぎて、女の子が好きになっちゃったとか?
いいなー。
2次元だったら最高なのになー。
実に惜しい。
「じゃあ、僕も。よろしくお願いします、萌乃さん」
「よ、よろしく……。真凛さん」
真凛に声を掛けられ、ビクッと体を震わせる黒武者。
どうやら、真凛にはトラウマを植え付けられてしまったのかもしれない。
「ねえ、クロちゃんも、おじさんの家に住むの?」
「……え? どういうこと?」
「あ、栞奈、ちょっと待っ……」
「私たち、ここに住んでるんだよ。なんていうか、ここが活動本部って感じ?」
「……ここに……住んでる?」
黒武者の目が赤く光り、全身から闇のオーラが吹き出す。
ギロリと睨まれると、息が出来なくなるくらいの圧力を感じた。
……あ、これはあくまで俺のイメージだから。
実際はそうはなってない。
2次元じゃないからな。
「まさか、あんた、栞奈ちゃんに手を出してるんじゃ……」
黒武者に胸ぐらを掴まれて、凄まれる。
「いや、どっちかっていうと逆……」
「わかってると思うけど、未成年に手を出したら犯罪よ?」
「十二分に承知している」
それを脅されて、今まで家から追い出せないんだからな。
「それともう一つ。言っておくけど、栞奈ちゃんの初めては私の物だから」
「お前が手を出しても犯罪だろうが」
それになんで栞奈が未経験だって知ってんだよ。
なんか怖ぇーよ。
まあ、栞奈の年齢が年齢だからそう思っただけだろう。
適当に言ったのだと信じたい。
「でも、そうね。……活動するなら栞奈ちゃんと一緒に寝泊まりした方が
……あれ?
今、誤変換なかったか?
文脈からして、そこ、漢字にする必要なかったよな?
「そうですね。みんな一緒の方が動きやすいと思います」
「え? あ、真凛さんもここに泊まってるんだ?」
「……そうですけど、何か問題ですか?」
真凛が不思議そうに首を傾げる。
そして、黒武者の方は顔を引きつらせて笑みを浮かべている。
「あー、いや、その……。頑張るわ」
何をだよ?
トラウマ克服か?
確かに、トラウマの原因の横で寝泊まりすのはかなりきつそうだけどな。
「えへへへ。これで4人だね」
「はい。あと1人です」
栞奈の言葉に嬉しそうに頷く真凛。
……うーん。
戦隊ものだからって、5人にこだわらなくて良くないか?