その場の全員……いや、真凛以外の時間が止まったかのように動きが止まる。
「あれ? 難しかったですか? 僕たちの仲間になるか、社会的に死ぬかの2択ですよ?」
「……脅迫する気?」
「いえ、勧誘ですよ」
いや、脅迫で合ってるよ。
っていうより、どうする?
今更、真凛を止めたところで、手遅れな気もするが。
ちらりと隣にいる栞奈を見る。
「るーるるる。るーるるるる」
何やら歌い始めた。
もしかしたら、精神だけ、女神のところへ行ってしまったのかもしれない。
「……仲間になったら何をさせる気なの?」
当然、そこは気になるところだろう。
この雰囲気なら、絶対に犯罪行為をさせられるに決まっていると思っているはずだ。
「そんなに警戒しないでください。やることは人助けですよ」
真凛のその言葉を聞いて、女は鼻で笑った。
「それなら、まずは私を助けてほしいところだけど」
ですよねー。
悪の秘密結社みたいなやつらが「人助けをする」なんて言っても、信じられませんよねー。
「え? さっき助けましたよね?」
いや、助けた見返りとしてその身を差し出せって言われてるようなもんだからな。
女からしたら理不尽と感じてるはずだ。
「こっからは俺が話す。お前は栞奈を現実世界に連れ戻してこい」
「え? はい、わかりました……」
真凛が栞奈に駆け寄り、肩を掴んでガクガクと揺らしている。
「栞奈さん、帰ってきてください!」
「るーるるるる。るーるるるる……」
……戻ってくるまで少し時間がかかりそうだな。
って言ってる場合じゃないか。
俺は俺でこっちをなんとか、穏便に済ませないと。
さて、どうしたものか。
いきなり土下座……いや、土下寝するっていうのはどうだ?
……いや、100パーセント引かれて終わりだな。
仕方ない。
出たとこ勝負といくか。
「まず、最初に言っておく。俺たちはお前に危害を加えるつもりはない」
「はっ! さんざん脅してきて、言う台詞かしら?」
真凛から俺に代わったら、なぜか女の態度が強気に戻ってしまった。
俺って、そんなに舐められやすいか?
……まあ、ピンクの全身タイツだからな。
舐められて当然だろう。
「あいつには後で、動画は消させる。っていうより、お前が見てるところで消させるから心配するな」
「……」
それでも、まだ警戒は解かない女。
「これから話すことは、たぶん信じられないと思う。けど、とりあえず、聞くだけ聞いてくれ」
俺は嘘を付くことなく、すべてを話した。
たぶん、頭がおかしいと思われるだろうな、なんて考えていると……。
「……なるほど。信じられないけど、納得はできるわ」
「え? 納得できるのか?」
「というより、そうじゃないと納得できないわよ」
「どういうことだ?」
「あなたの動き。……人間離れしてたわ」
確かに、女と男の間に割って入ったときは、スーツの力でスピードが格段に上がった状態だった。
普通だったら、あの距離では割って入ることはできなかったはずだ。
「しかも、そのスーツ。ナイフも弾いていたわよね」
「……すげえな。見えてたのか」
「ええ。世界がゆっくり動いているように見えて、昔のことを思い出したわ」
「それ、走馬灯だな」
あれか。死ぬ間際の集中力ってやつか。
「それに一瞬で変身してたわよね」
いくら何でも一瞬で全身タイツを着たり脱いだりはできない。
そう考えれば、超常的なことが起こっているとした方が納得できるというわけか。
「信じてくれたなら、話は早い。とにかく、俺たちは女神っていう悪魔に無理やり人助けをやらされてるんだ」
無理やりやらされてるのは俺だけなんだけどな。
「……そう」
女が顎に手を当てて、なにやら考え事をしている。
「仲間を増やすことは必須じゃないし、あんたには何のメリットもない。断ってくれていいぞ」
「いいわ」
「え?」
「だから、承諾するわ。あなたたちの仲間になること」
そう言って、女は笑みを浮かべた。
なにやら企んでそうな悪そうな笑みだ。
その顔を見た時、正直、俺の方から断りたいところだった。
で、今は俺の部屋に戻ってきた。
もちろん、女もついて来ている。
あれー?
なんで、俺の部屋?
外とか、どっかの店の中とかでいいじゃん。
「おじさんの部屋が本部だから」
なんとかこっちの世界に戻ってきた栞奈がビッと親指を立てている。
ある意味、あのまま放置しておけば、厄介者が一人減ったかもしれないと考えると、おしいことをした。
「臭い!」
いきなり女がおもむろに部屋の窓を開ける。
……臭い?
暑いじゃなく?
初対面の人の家に来て、いきなり臭いなんていう奴はいないよな。
きっと、暑いの言い間違いだよな。
「ホント、男臭くて寒気がするわ」
「……外は暑いからちょうどいいんじゃないか?」
なんて言ったら睨まれてしまった。
「とにかく、私も仲間になるんだから、あのスーツを提供して」
やたらと高圧的な女だな。
なんで、上から目線なんだよ。
とはいえ、仲間になると言うのだから仕方ない。
女神を呼び出すことにする。
「おい、女神。聞いてただろ? そいつにもスーツ渡してやってくれ」
「え? なんです?」
「聞いてなかったのかよ!?」
「いえいえ、聞いてましたよ。その女の人を脅迫してたんですよね?」
「……そこは聞いてなくていいところだ」
「あの、私にも彼らのものと同じスーツが欲しいのだけど」
「あー、はいはい。仲間が増えたんですね」
女神がそう言うと同時に、女の身体が光り始める。
そして、女は赤い全身タイツのフルフェイスのメット姿になった。
……おいおい。レッドかよ。
レッドはリーダーポジションだぞ。
「ふっ! ふふふふふ! やったわ! ついに手に入れたのよ! 圧倒的な力を!」
女が興奮して、笑い始める。
……なんだろ。
俺の周りには悪役以外の女はいないのか?