男が吹っ飛び、気絶すると同時に俺の身体が光って変身が解ける。
どうやら『女の方が困っている』ということで合っていたようだ。
俺は振り向き、女に声をかける。
「大丈夫か?」
「変態……」
「第一声がそれかよ!」
いや、そう言いたくなるのもわかるよ。
けどさ、その前にお礼を言うだろ。
一応は刺されるところを助けたんだからさ。
「あ、ごめんなさい。失礼だったわね」
女はハッとして軽く咳払いをする。
おそらく、咄嗟に出てしまったんだろう。
わかるよ、わかる。
そりゃさ、全身ピンクのタイツのようなスーツにフルフェイスのメットを被った奴が現れたらそう言っちゃうよな。
それじゃ、改めて、お礼を聞かせてもらおうか。
「それじゃ、改めて……。近寄らないで。警察を呼ぶわよ」
「……」
なるほどなるほど。
礼を言うつもりはないと?
少し大げさに言うが、命の恩人に対して微塵も感謝してないということだな。
「ふっ。まあ、いいさ。礼を言われたくてやったことじゃないしな」
俺は踵を返して歩き出し、まだ変身を解いていない栞奈たちの元へと戻る。
「おじさん、なんで泣いてんの?」
「うるさいっ!」
いいじゃん。
助けたのに、無駄に罵倒されたんだ。
泣くくらいいいだろ。
「お兄さん、あとは任せてください」
真凛が俺の肩にポンと手を置き、女の方へ歩いていく。
おい、何する気だ?
そう思っている間に、真凛が女の前に立つ。
「な、なによ!? あんたも、あの変態の仲間なの?」
「はい。そうです」
まあ、同じような格好しているしな。
これで仲間じゃないって言う方がおかしい。
……けど、変態の方は否定してほしかったな。
「お姉さん。助けて貰っておいて、それはないと思いますけど?」
「……っ」
おお、良いぞ、真凛。
ストレートに正論を叩きつけてやることで、さすがにあの女もひるんだ様子だった。
「……そうね。最後に礼を言うべきだったわ」
最後なんだ。
普通、最初じゃね?
「いえ、お礼の言葉はいいです」
「え?」
おいおい。
真凛、何する気だよ?
雲向きが怪しくなってきたぞ。
「言葉なんて、何の足しにもなりません。出すもの出してください」
おおっと!
それ、完璧、悪人の台詞だぞ。
確か、そういうのは強請りっていうんだよな。
「なによ! 結局、お金が欲しいってこと!? それなら最初から言えばいいじゃない!」
「違います。お金じゃありません」
……え?
お金じゃないの?
じゃあ、なんだよ?
真凛は一歩、女に近づき囁くように言う。
「お姉さん自身です」
「っ!?」
女が目を見開く。
そりゃそうだろ。
助けられたと思ったら、いきなり体を差し出せだもん。
完璧、斜め上の想定だよな。
「……うわ」
隣にいる栞奈もさすがに引いている。
まあ、誰でも引くよな。
「じょ、冗談じゃないわよ。なんで、私が……」
「断ってもいいですけど……」
すると真凛がスマホを取り出して、女に画面を見せる。
『あんた、バカなの? そんなんだからモテないのよ!』
『ちょっと! 今、私が話してるのよ! 黙ってて!』
『大体、なに? そのダサいシャツ! そんなの着て、よく外を歩けるわね!』
女の声が流れる。
どうやら、さっきの罵倒を動画に撮っていたようだ。
「これをSNSに流せば、お姉さんは社会的に死ぬかと思います」
「……っ」
女の顔がさらに青ざめる。
究極の選択。
社会的な死か精神的な死か。
俺なら肉体的な死を選んじゃうね。
「……わ、私、知ってる。ああいうの、脅しって言うんだよ」
「……そうだな」
「こういうときって、どうすればいいのかな?」
「通報じゃないか?」
「でもさ、私たち共犯ってことにならないかな?」
「……十中八九なるな」
しかも、最初に真凛が『俺の仲間』って肯定しちゃったし。
「逃げるって手はあると思う?」
「ねえな」
「なんで?」
「顔が割れてるだろ」
「え? 私は大丈夫だけど?」
そうだった。
栞奈はまだ変身が解けてないから、顔はバレてない。
……でも、俺は?
思いっきり、素顔晒しちゃってるけど?
「お姉さん。ここじゃなんですから、ちょっと裏に行きましょうか」
そう言って、真凛が女の肩を抱く。
「わ、わかったわ」
真凛が女を連れてこっちに戻ってくる。
そして、ビッとVサインをした。
や、め、ろ!
なんで誇らしげなんだよ!
俺たちを犯罪に巻き込むんじゃねえ!
その瞬間だった。
突如、俺の身体が光り始める。
「あっ……」
俺は再度、変身してしまった。
……なるほど。
たった今、目の前に黄色の全身タイツを着たフルフェイスのメットを被った怪しい人物に脅迫されている女がいる。
困り具合で言うなら完全にSだ。
そりゃ、変身ベルトが反応するよ。
感度が3000倍になってなかったとしてもな。
……それにしても。
脅してる側と助ける側が同じ場合、どうすればいいんだ?
路地裏。
全身タイツのフルフェイスのメットを被った3人組が若い女を囲んでいる。
はい。事案です。
一発、レットカード。
社会的に抹殺されるのは俺たちの方ですね。
そう考えると、路地裏に連れ込んだ真凛が正解だったのかもしれない。
「ここならゆっくり話せそうですね」
真凛の言葉に、ビクッと肩を震わせる女。
最初の勢いが全くなくなっている。
そりゃ、この状況で強気になれるやつなんかいないだろう。
俺だって同じ状況なら、変身してても怖いと思うぞ。
「あ、あの……その、お金なら100万ほど用意できる……」
「待ってくださいよ。お姉さんって100万の価値しかないんですか?」
「……」
うわー、うわー!
ちょっと、マジで止めて。
そんな台詞、ヤ〇ザ映画でしか聞いたことないですよ。
ヤバい。
さすがに止めないと。
「栞奈、止めるぞ。手伝え」
「ねえ、おじさん知ってる? セミって7年くらい土の中にいるって言うけど、実際に日本には7年土の中にいる種類っていないんだってさ」
「現実逃避をするなっ!」
真凛による犯罪行為に、無理やり巻き込まれている栞奈の精神が壊れ始めている。
「わ、私に……何をさせる気?」
「簡単なことですよ」
そう言って真凛は女の肩に手を置き、顔を近づける。
そして――。
「仲間になってください」
そう、言い放ったのだった。