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第20話 罵倒する女

「なんか変じゃない?」


 栞奈が腕組をしながら首を傾げている。

 ちなみに、栞奈は変身した状態だ。


 3回目から変身を解くのが面倒くさくなったんだろう。


「明らかに変だな」

「なにがですか?」


 俺の言葉に今度は真凛が疑問の声を上げる。

 真凛の方はちゃんと変身を解いている状態だ。


 本人曰く。


「出動するときに変身するのがポリシーです」


 だそうだ。

 よくわからん。


 それはそうと、今の問題はそこじゃない。


「困り度合いが低すぎる」

「だよねー」


 一回目の変身のときは栞奈が凌辱されそうな現場だった。

 で、二回目は真凛が強盗に人質にとられていた。


 正直、この2つはかなり重い。

 困り度で言えばSと言ってもいいだろう。

 こんなレベルの困りごとなんかそうそう起きないはずだ。


 逆に言うとこんなレベルの困りごとが2回連続で起こったこと自体がかなりレアだったんじゃないだろうか。


 現に昨日は一回も変身することがなかった。

 というより、2日ほど変身していない。


 だけど、今日はどうだ?

 4回も変身する羽目になっている。

 しかも、その困り度はしょぼいものばかり、ランクでいうとCとかDレベルだ。


「おじさんが反応する困り度のレベル、下がってる?」

「そうとしか考えられないな」


 どういうことだ?

 などと頭を悩ませていると、意外とあっさり解決する。


「私が設定を下げました」


 女神の声が直接俺たちの頭に響いてくる。


「……どういうことか、説明しろ」

「簡単なことですよ。ノルマが足りないって言ってたじゃないですか? 設定がそのままだと件数を稼げないので、設定を下げたってわけです。っていうより、感度を上げた感じです。感度3000倍です」

「ふざけんなっ!」


 サラッと言いやがった。

 なにが感度3000倍だ。

 おっさんの感度上げて、何が楽しいんだよ!


「なにがノルマだ! お前の都合じゃねーかよ!」

「え? 最初からそうでしたよね?」


 そうだった。


 最初から全部、こいつの都合でこうなってることを思い出す。

 そもそも、俺は転生を断ったんだよな。

 それが無理やり転生させられ、変な任務を課せられている。


「というわけで、ノルマ達成のために頑張ってくださいね」

「ノルマってどのくらいなんだ?」

「大したことありませんよ。100件です」

「ブラック企業っ!」

「人聞きの悪いことを言わないでください。私とあなたの関係は雇用関係ではなく、主従関係ですよ」


 ブラック企業より酷い扱いだった。

 考えてみれば、俺は無給でやらされているんだったな。


「ノルマを達成すれば、感度は元に戻りますので」


 そう言い残した後、俺がいくら文句を言っても返事が返ってくることはなかった。



「おじさん、どうしよっか?」

「どうするもなにも、やるしかないだろ」

「そうですね。まだ、330円しか稼いでませんし」


 ……あー、そういえば、そんな目的で始めたんだったな。


「とはいえ、腹減ったし、一回帰るか」


 そう言って家の方向へ顔を向けた瞬間だった。

 俺の身体は光り始め、変身してしまう。


 さすが感度3000倍だ。

 俺を休ませる気がないらしい。


 文句を言ってもどうしようもないし、変身してしまった以上、解決しないと変身が解けない。

 かなりムカつくが行くしかないのだ。


「……よし、いくぞ」

「はーい!」

「了解しました!」


 栞奈が手を上げ、真凛が変身する。


「丸丸戦隊……って、お兄さん! まだポーズ決めてませんよ!」


 スタスタと歩き出す俺に、真凛が何か叫んでいるが、聞く気になれない。

 なんで、現場に着く前にこんなに疲れるんだろう……。




「う、うう……」

「あんた、バカなの? そんなんだからモテないのよ!」

「ぼ、僕は……」

「ちょっと! 今、私が話してるのよ! 黙ってて!」

「……」

「大体、なに? そのダサいシャツ! そんなの着て、よく外を歩けるわね!」


 近くまで来ると、言い争いの声ですぐに現場がどこかわかった。 

 いや、言い争いというよりは一方的な罵倒だろうか。


 今、俺たちの目の前では、『ナイフを持った男』がスーツを着た女に『罵倒されている』。


 女は腰まである長い黒髪に、スカートタイプの白いスーツ。

 年齢はたぶん、20から23くらいだろうか。

 かなり美人だが、引くくらいキツイ目付きをしている。


 それに対し、男はヨレヨレのキャラTシャツにボロボロのGパンを履いた、いかにもオタクの大学生といった風貌だ。

 髪もぼさぼさで、前髪で目が隠れそうなくらい長い。

 そんな男が涙を浮かべ、青い顔をしながらナイフを胸の前で構えている。


 それを俺たちはただ茫然と見ているしかできないのだ。


「……おじさん、どっちだと思う?」

「ナイフを持ってる方が加害者じゃないのか?」

「でも、男の方は泣きそうというか、泣いてますよ?」


 俺たちが現場に着いても、手が出せないでいたのはこういう理由である。

 つまり、『どっち』が困っているかわからない。

 普通であれば、ナイフを持っている方が襲う側だろう。

 だけど、どう見ても、女の方が高圧的だ。


 ……なんていうか、男がイジメられている状況にしか見えない。


「このクズ! どうせ、童貞でオタクでニートなんでしょ!? 生きてる価値無いわ!」

「うわーん!」


 膝から崩れ落ち、四つん這いになる。

 ぽたぽたと涙が目から零れ落ちていく。


「……なんで、おじさんの心が折れたの?」


 なんだろ。

 俺が言われたわけじゃないのに、物凄く心がえぐられた。

 この感じは凄い久しぶりだな。


「くそー! 黙って聞いてれば、調子に乗りやがって!」


 罵倒されていた男の涙目が、怒りの炎へと変わり、ナイフを構えたまま女に向って走り出した。


「え?」


 驚いた顔をする女。

 いや、それだけ罵倒すれば、そうなるだろ。


 だが、これで『困ってる方』は決まった。

 俺はクラウチングスタートかのように、四つん這いの状態からロケットダッシュを決める。

 男と女の間に割り込む。


「うわああああああ!」


 男は目を瞑って突っ込んでくる。

 男のナイフが俺の心臓辺りに当たった。


 が、ナイフは刺さることなく、弾かれる。


「ふん!」


 俺は手加減気味に男の顔面を殴ったが、5メートルほど吹っ飛んでいく。

 同じ立場の男として手加減をしたが、チートスーツの前では全く意味がなかったのだった。

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