体中がバキバキと痛い。
やはりソファーなんかで寝るもんじゃない。
起き上がって、伸びをすると背骨がバキバキと鳴る。
「ねえ、おじさん。今日はなにして遊ぶ?」
栞奈が俺の腕に絡みついてくるように抱き着いてきた。
……なんで、お前と遊ぶことが決定してるんだ。
この2,3日はずっと栞奈に付きまとわれている。
そろそろ、一人の時間が欲しいところだ。
……っていうか。
「おい、栞奈、離れろ」
「えー、なんで?」
「暑い。……それに胸が当たってるぞ」
「えへへへ。わ、ざ、と! どう? 柔らかいでしょ?」
「いや、別に」
「反応薄いっ!? えー? JKのおっぱいだよ?」
ふん。しょせんは3次元のおっぱいだ。
これが限界だろ。
「悪いな、栞奈。モナ子のおっぱいはこれの10倍は柔らかい」
「え? 触ったことあるの?」
「ああ。想像の中でな」
「そ、そっか……」
引きつった笑顔を浮かべる栞奈。
そして、自分で自分の胸を鷲掴みにして揉みながら「んー」と首を傾げている。
「お兄さん、朝ごはんができました」
そう言って、キッチンの方から皿を持ってやってくる真凛。
「おお。朝ごはん作ってたのか。できるの、早いな」
「頑張りました」
はにかむように笑い、持っていた皿を俺に渡してくる。
「どうぞ」
「ありが……」
俺は朝ごはんだと言う皿の上を見る。
そこには三本のカイワレ大根が転がっていた。
「……なんだ、これは?」
「カイワレ大根です」
「いや、それはわかるんだが……これだけか?」
「収穫できたのが、それだけだったので……」
ああ。そういえば、庭で何か栽培してたな。
けど、よりによってなんでカイワレ大根なんだよ。
「あー! ズルい! 私も食べるー!」
そう言って、栞奈はカイワレ大根を1本、つまんで食べた。
「では、僕も……」
真凛も1本食べる。
残ったのはヨレヨレのカイワレ大根1本だけだった。
……少ない。
まあ、3本でも全然足りんけどな。
「ぷはー! ご馳走様でしたー!」
バンと、カップ麺のカップをドンとテーブルに置く栞奈。
「ありがとうございます。とても美味しかったです」
真凛はカップ焼きそばのカップの上に箸を置き、口をハンカチで拭いている。
「あ、ああ……」
俺もカップ蕎麦の汁を飲み干し、カップをテーブルの上に置く。
最近、カップ麺ばっかりだな。
「……さてと」
俺はカップと割り箸をゴミ箱に入れて、リビングを出ようと歩き出す。
「あれ? おじさん、どこ行くの?」
……デジャブ。
昨日の夜も同じような会話をしたような気がする。
「部屋だけど」
「じゃあ、私も行くー」
「僕も」
「待て!」
立ち上がって俺の後に続こうとする栞奈と真凛を止める。
「今日くらいはゆっくりさせてくれ」
「あ、そっか。ごめん。昨日はソファーで寝たから疲れ取れてないんだね」
おお! 栞奈にしては人に気を使った台詞だ!
人に気を使えるなんて、成長したな!
「じゃあ、俺、寝るから」
そう言って、俺は部屋へと戻ったのだった。
「最初はグー! ジャン、ケン、ポン!」
「あ……負けました」
「いえーい! 私の勝ち―! 私が先ね」
俺は今、俺の部屋にいる。
そして、栞奈と真凛もいる。
……なぜだ?
あれ? さっき、疲れが取れなかったって話だったはずだが?
俺、これから寝るって話だったよな?
「……なあ。なんで、お前らここにいるんだ?」
「え? なんでって言われても……」
「俺、寝るって言ったよな?」
「うん。言ってたねぇ」
「なんで、お前ら、ここにいるんだよ?」
「なんでって言われても……」
「俺、寝るって言ったよな?」
「うん。言ってたねぇ」
ザ、ループ!
話が進まねえ!
……俺が悪いの?
俺の日本語が変なのか?
「わかった。お前らにもわかるように、はっきり言うぞ。今から寝るから出てけ」
「え? なんで?」
「なんでって、寝るからだよ!」
「うん。おじさんは寝てていいよ」
「は?」
「私たちは私たちで勝手にやるから」
「栞奈さん。一回ずつ交代ですからね」
「わかってるって。あ、おじさんは寝てるだけでいいから」
「何する気だよ!?」
怖いよ。
そんなん、怖くて寝れねーよ!
うう……。
どうする?
今日も俺は部屋でゴロゴロすることはできないのか?
なんてことを考えていると、栞奈が「あっ!」と声を上げた。
「おじさん、忘れてた!」
「なにがだ?」
「自転車!」
「っ!?」
まだまだ外は熱気があふれている。
真夏の昼なのだから当然だろう。
立っているだけで汗が流れてくるのに、そんな中、歩くなんてことをすると、もう自分でも引くくらい汗が出る。
……ミイラになりそうだ。
あれから栞奈に急かされ、俺は無理やり外へと引っ張り出された。
そして、今、3人で駅前の自転車屋へ向かっているというわけだ。
「やっぱり、格好いいやつがいいよねー」
「……ママチャリでも可愛いと思いますが」
「あー、確かに」
「一輪車も捨てがたいと思いませんか?」
「あははは。おじさんが一輪車かー! いいねいいね。可愛い」
……俺は自分の自転車さえも選ぶ権利がないのか。
あー、もう文句を言うのもダルい。
勝手にしてくれ。
そんなこんなしているうちに、今度はあっさりと自転車屋に到着した。
ドアを開けて自転車屋の中に入る。
「おおー! いっぱいあるー!」
当たり前だが、店には様々な自転車が並んでいる。
「ねえ、真凛ちゃん、これなんかどうかな?」
「それなら、こっちの色とかどうですか?」
「あー、いいね」
「……そういえば」
動きを止めて俺の方へ振り向く真凛。
「予算はいくらですか?」
「……え?」
そういえば、自転車代は庭にあるプランターに化けたことを思い出したのだった。