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第13話 晩御飯

「とりあえず、昼飯を食おうぜ」


 不毛な言い争いをしている栞奈と真凛を止めるために俺はそう言った。


「私の方が、おっぱい、大きい!」

「僕の方が、足が細いです!」

「私の方が若いもん!」

「僕の方がお金持ちです!」


 俺の台詞は見事にスルーされた。

 なんだろうか、この疎外感は?


 ここ、俺の部屋だよな?

 なんで部屋の主が無視されるんだよ。


 はあ……。

 これだから3次元は。


 同時にグーっと腹が鳴る。

 朝飯は食べたが、軽い物しか食べてないし、今はもう14時近くだ。

 さすがに腹が減る。


 こういうとき、モナ子ちゃんならご飯を作ってくれるんだろうな。


「やっぱり、料理が上手いのはポイント高いよな」


 思わずつぶやいた俺の言葉で、栞奈と真凛の言い争いがピタリと止まった。


「……ん? どうした、お前ら?」

「おじさん……今、なんて言ったの?」

「え?」

「さっき言った台詞をもう一度お願いします」

「さっき言ったこと? えーっと……何言ったっけ? モナ子ちゃんは可愛い?」

「その前!」

「え? その前? とりあえず、昼飯食おうぜ?」

「料理が上手いのはポイントが高いって台詞です」

「……」


 俺、もう一度、言う必要ないじゃねーかよ。


「……どうやら、勝負の方法は決まりましたね」

「うん。そうだね」

「ルールはどうしましょうか?」

「おじさんが美味しいって言った方でいいんじゃない?」

「そうですね」

「じゃあ、行くよ! よーい!」


 栞奈がクラウチングスタートの体勢を取る。


 どうでもいいが、そのまま走り出すと高確率でドアに頭をぶつけるぞ。

 今、部屋のドアは閉まってるんだからな。


「ちょっと待ってください」

「えー? なに?」


 真凛に待ったをかけられ、不満そうに口を尖らせながら立ち上がる。


 いや、ドアに激突しなくて済んだんだから、もっと真凛に感謝した方がいいと思うが。


「予算はどうします?」

「予算?」


 栞奈が首を傾げる。


 あー、なるほど。

 思ったより、真凛はできた人間のようだ。


 15歳と19歳。

 このくらいの時期は、1年がかなりのアドバンテージになる。

 それは金銭面でだ。

 現に、さっきも真凛は「自分の方が金持ち」と言っている。


 もし、予算を決めなければ食材という点で、真凛は大きくリードできる。

 だが、あえて予算を決めることで、状況をイーブンにした。


 うんうん。

 なかなか好感が持てるやつだな。

 もちろん、異性としてではなく人間としてだ。

 俺よりもよっぽどできた人間だ。


「決めた予算内で食材を買うことで、金銭面の差をなくせます」

「あ、そっか。そうだよね。私、今、90円しか持ってないもん」


 ……今時、小学生でももっと持ってるぞ。

 たぶん。


 というか、お前、90円で何を買ってくるつもりだったんだ?

 90円じゃ駄菓子くらいしか買えないんじゃないのか?


「それでは2000円以内にしましょうか」

「うん、それだけあれば、ばっちり良い物を作れるよ!」


 ほう。

 合計で4000円か。

 その金額をポンと出せるなんて、真凛は凄いな。


「では、お願いします」

「えへへへ。よろしく、おじさん」

「俺が出すのかよ!」


 前言撤回。

 2人とも、全然ダメ人間だ。




 結局、自転車を買うために貰った金から4000円を捻出した。

 まあ、安い自転車にすれば問題ないだろ。

 最悪、キックボードにして、栞奈に押してもらえばいい。


 2人が買い物に行っているため、今、この部屋にいるのは俺だけだ。


「……なんて、快適なんだ」


 部屋の中に1人。

 そう。これこそがあるべき本当の姿なのだ。

 3人なんて、完璧にキャパオーバーだ。

 俺の精神的に。


「うお。なにしよ? なんかワクワクしてきたな」


 いざ、1人になってみると何をしていいのか迷ってしまう。

 やりたいことは色々ある。

 そして、たくさんあるということはどれから先にやるか悩んでしまうわけだ。


「……とりあえず、心を落ち着かせるか」


 俺は人生のバイブルである『イチハチ』のDVDをセットする。

 そして、モナ子と一緒にOPの振り付けを踊ったのだった。



「はっ!?」


 俺はガバっと起き上がった。


 しまった。

 OPを踊ったことで、疲れて眠ってしまった。


 部屋の中は電気がついていないので暗くなり始めている。

 時刻は19時少し前を指している。


 おや? あいつらは?


 確か、2人が出て行ったのは14時過ぎだったはず。

 そこから5時間近く経っていることになる。


 ……いくらなんでも遅すぎだろ。

 あれか?

 2000円持ってバックレたか?


 それならそれで別にいい。

 4000円で2人とおさらばできるなら、安いものだ。


 だがしかし、もう一つの可能性の方が恐ろしい。


 それは――。


 今も料理を作っているということだ。


 普通は昼飯と言っているのに5時間かけるやつはいない。

 だが、もし、まだ作っているとしたら?


 それが示す答えは1つ。


 あいつらは料理が出来ない。

 ということだ。


 しかも、普通レベルの下手ではなく、とてつもなく異常なほどの下手さ加減という可能性が物凄い高い。

 だって、5時間かけちゃうんだもん。

 きっと、見たことのない奇抜な料理が出てくることだろう。

 いや、もしかしたら食べ物が出て来ない可能性だってある。


「……」


 俺は大きくため息をついた。

 俺の本能は確実に後者だと予見している。

 まるで2次元の、料理が壊滅的に下手なキャラが作る様なものが出てくるんだろう。


 ……いや、3次元でやられるとキツイって!


 とはいえ、このまま部屋にいても仕方がない。

 俺は覚悟を決めて、1階へと降り、キッチンへと向かった。



 しかし、俺の予想を裏切り、なんと2人の姿はキッチンになかった。


 よし! まさかの、持ち逃げの方だ!


「よっしゃー!」


 思わずガッツポーズを取ってしまう。


 だが、そのとき、トコトコと2人の足音が聞こえてくる。


「あ、おじさん、起きたの?」

「おはようございます」

「……あ、ああ」


 あれ? 逃げたんじゃねえの?


 困惑する俺の前を通って、2人はジョウロに水を入れ、玄関へと向って行った。


 なんでジョウロ?


 俺は2人の後をついていく。

 すると2人は庭へと向かい、プランターにさっき汲んだ水をやっている。


「……お前ら、なにやってるんだ?」

「食材を育ててるんだよ!」

「……育てる?」

「お兄さんにはいいものを食べて欲しいですから」


 なるほど。

 料理以前の話だったか。


 まあ、これはこれでよかった。

 めでたしめでたしだ。


 ちなみにこの後、3人でカップラーメンを食べた。

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