「やっと見つけましたよ」
さて、この男の子が言った台詞は何を示しているでしょうか?
見つけた。
つまり、それは探していたというを意味する。
じゃあ、誰を?
それは、俺か栞奈のどちらかだろう。
一応、栞奈も男の子には会っている。
犯人に包丁を突き付けられたときに、家に訪ねてきたというわけだ。
ただ、圧倒的に俺の方が男の子に会っているいる時間は長い。
俺の方を探していた可能性の方が高いだろう。
では、なんのために?
考えられる理由としては1つ。
割った窓の弁償だろう。
いやー。でもあれはしょうがなくないか?
犯人の不意を突くにはあれしかなかったんだよ。
まあ、不意は突けなかったんだけどさ。
……あんま、窓を割った意味なかったな。
そりゃ、怒るか。
仕方ない。
ここは潔く、男らしく、素直に謝っておくか。
「人違いだ」
ふっふっふ。
謝ると思ったか?
甘いよ。
だって、今、俺はサングラスにマスクしてるからな。
いくら素顔を見られたからと言って、この状態で俺の顔がわかるわけがない。
あれはブラフだ。
ふう。危なかった。
思わず謝るところだったじゃねーか。
ここは知らぬ存ぜぬで切り抜けよう。
「え? でも、あの子、昨日の……」
「少し黙ってろ」
栞奈が余計なことを言いそうだったので、慌てて口をふさぐ。
「じゃあ、俺たちはこれで失礼します」
そう言って、男の子に背を向ける。
ふっ! 勝った。
作戦勝ちというところだな。
「よかった、やっぱりあなただったんですね」
「……えーと、話、聞いてたか? 俺は人違いだって言ったんだぞ?」
「ふふっ」
俺の言葉に男の子は笑みを浮かべた。
……なんだ?
何を狙っている?
「どうして、僕が『あなた』に対して言ったとわかったんですか?」
「え?」
男の子はチラリと周りの行きかう人を見る。
ここは駅前なので割と人通りが多い。
そして、通りかかる人はチラリとこっちを見ることはあっても、立ち止まることはない。
「……しまった」
「どういうこと?」
隣で栞奈が首を傾げる。
「あなたは僕の見つけたという言葉に足を止めて僕を見ました。そして、人違いだと言いました。それは僕のことを知っていて、自分を探していると知らないと出て来ない言葉ですよね?」
ちぃ。こいつ、できる!
確かにまったく知らないやつから「見つけた」なんて言われた場合、「なんのこと?」「誰?」「人違いじゃない?」という、『疑問形』になるはずだ。
だが、俺はハッキリと「人違いだ」と断定して言ってしまった。
これはある程度、状況を把握した人間じゃないと出て来ない。
わかったわかった。
いいだろう。
第一ラウンドはお前の勝ちだ。
だが、最後に勝つのは俺だぜ?
「すみませんでした!」
俺はいきなり土下座をした。
「え?」
「は?」
栞奈と男の子がポカンと口を開けて驚く。
「俺、お金ないんです! 勘弁してください!」
相手がフリーズしている間に畳みかける。
勝ったな。
大の大人が泣きながら、男の子に土下座をしている。
この状況を第三者が見たらどう思うかな?
……うわ、引くな。
思ったより、かなりひどい構図だ。
死にたくなってきた。
いや、違う。
そうじゃない。
俺は謝っている。
しかも土下座だ。
ここで許さないという選択肢はないはず。
ここまでさせておいて、追撃すると、今度は男の子の方が悪く見える。
なので、相手は俺を許すしかない。
土下座をしているのに、追い詰めているのは俺の方なのだ。
どうだ? 凄いだろ?
「あ、そういうのはいいんです」
おっと……。
あっさりと切り崩してきたぞ。
え? そんな返しある?
謝罪拒否なんて、大人のすることじゃないぞ!
だが、仕方ない。
では次は土下寝だ。
さすがにそこまですれば、引くだろ?
もう、どうでもよくなってくるだろ?
「違うんです! えっと、謝るのは僕の方と言うか……お礼を言いたいだけなんです」
男の子が慌てて駆け寄ってきた。
「「へ?」」
俺と栞奈が同時に、間の抜けた声を出してしまった。
駅の中にあるコーヒーショップ。
テーブル席で3人が向かい合っている。
「昨日は僕、テンパってて、お礼を言えなかったので……」
「いいんだよ。そんなこと気にしないで」
「……栞奈。それは俺の台詞だぞ」
「何を言ってるんですか。お兄ちゃんは僕の命の恩人です」
「大げさだろ」
「包丁を首に突き付けられてたんですよ?」
「ああー。まあ、うん。そうだな」
死んでいたかもしれないというのはあながち大げさでもないか。
「わかったわかった。お礼の言葉を受け取ろう。それでいいだろ?」
「いえ、それじゃ、僕の気が済みません」
「えーっと、おじさんに、言葉だけじゃなくて、何かお礼がしたいってこと?」
「はい、そうです!」
身を乗り出して、俺の顔に顔を近づけてくる男の子。
「……ホント、気にする必要ないから。ボランティアでやってるんだよね」
「そうそう。ボランティアなの。そういう活動をしてるんだよ」
なぜか、栞奈が妙に乗ってくる。
嫌な予感がするが、この場面は突っ込むところじゃない。
「それでも、お礼がしたいんです。お願いします!」
「まあ、そこまで言うなら……。で、お礼って?」
「結婚して、お兄ちゃんを一生養います」
「きゃー! BL!」
栞奈が顔を真っ赤にして両頬に手を当てる。
「いやいやいやいやいや。俺、そっちに興味ないから」
というか、3次元な時点で無理だから。
「え?」
男の子が首を傾げた。
「僕、女の子ですけど」
「え?」
その言葉に俺と栞奈はフリーズしたのだった。