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第10話 自転車を買おう

 午前10時。


 世間一般の人間たちからすると『朝』なのかもしれないが、俺にとってはまだ深夜だ。

 しかも、疲れ果ててベッドに転がり込んだのなら、尚更、こんな時間に起きれるわけがない。


 そして、俺はこんな時間に起きる必要はない。

 ニート最高。


 俺は寝返りを打とうと体をひねるが動かなかった。

 まさか、金縛りか?


 昔は幽霊なんて信じなかったが、女神や悪魔がいるなら幽霊もいるのではないかと思い始めている。

 まあ、女神と悪魔は同一の存在なんだけどな。


 それにしても金縛りか。

 当分、起きる気はないしいいだろう。

 このまま寝るとしよう。


「おじさん、朝だよ! 起きて!」


 なんか腹の上から声がした。

 ……ついに腹のリングがしゃべり出したのか、と思ったがすぐに違うとわかる。


 薄く目をあけるとそこには栞奈がいた。

 俺の体に馬乗りになっている。

 こいつがマウントポジションを取っているせいで、俺は寝返りが打てなかったのだ。


「……どけ」

「どいたら結婚してくれる?」

「……家からつまみ出されるのと、出禁にされるの、どっちがいいんだ?」

「ここで助けてーって叫ばれるのと、通報されるの、どっちがいい?」

「……」


 くそ。

 交渉は俺の負けのようだ。


 てか、なんで家に置いてやってる方が、不利になるんだよ。

 おかしいだろ、こんなの。


「……はあ。わかったよ」

「え? 結婚してくれるの? やったー!」


 栞奈はそういうと、ポケットから婚姻届けを出して、見せてくる。


「実は用意してあるんだよね」


 そこには既に栞奈の名前だけではなく、俺の名前も書かれていた。

 しかも、なんでお前の住所がここになってんだよ。

 まさか、お前、住民票も移してあるとか言い出すんじゃないだろうな。


「……俺、名前書いた覚えないんだが」

「お母さんに書いてもらった」


 いやいやいや。

 他人が書いたらダメじゃね?


「あとはおじさんの指を貰うだけ」

「怖えよ!」


 それを言うなら拇印だろ。

 なんで、俺が指を詰められないとならないんだよ。


「どかないなら、実力でどかせるだけだ」

「ふふん、できるかなー?」

「ふんっ!」


 ブリッジをして栞奈を跳ね飛ばす。

 ――ことはできなかった。


 当たり前だよ。

だって、俺、ブリッジできねえし。


 栞奈がただ、俺の腹の上で少し跳ねた程度で終わった。


「やるな栞奈。次はこうだ!」


 今度は横回転で栞奈を振り落とそうと試みる。

 だが栞奈は絶妙な体重移動で、見事にマウントを維持してきた。


「そのへんにしておけ、栞奈。俺に本気を出させるな」

「ふふ。弱い犬ほどよく吠えるってね」

「後悔するなよ」

「おじさんがね」


 こうして戦いの火ぶたは切って落とされた。

 俺たちはベッドの上で、1時間プロレスを展開したのだった。


 ……もちろん、言っておくがエロい意味のプロレスじゃないぞ。

 ガチの、リアルプロレスだ。


 結果は、栞奈の三角締めが完璧に決まり、俺が落とされて勝負ありとなった。


 朝から何やってんだ、俺たち。




 ベッドの上で一汗かいた俺たちは(もちろんエロい意味じゃない)、リビングで母親が用意した遅めの朝食を食べる。

 トーストとサラダとみそ汁だ。


 ……みそ汁?

 まあ、いいか。


「そういえばさ、おじさん。私のパンツ見たでしょ?」

「それがどうした?」

「うわっ! 大人の反応! ムカつく! ムキ―!」


 お前のパンツが白かろうが、縞々だろうが、ヒョウ柄だろうが興味は全くない。

 あんなもんに人生を賭けているやつがいるが、俺にしてみれば理解不能だ。


 俺の場合はアニメでギリギリ見えるかどうかのとき、下から覗いて見えないかいつも試してみるんだが、その行動は理解不能と言われたことはある。


「……もっとすごいの、見せてあげよっか?」


 顔を真っ赤にさせながら、栞奈が上目遣いでこっちを見てくる。


「いらん。てか、やっぱ、お前ビッチじゃん」

「ちーがーう! 誰でもいいわけじゃないってばー!」


 今度は頭を抱えて「JKなのにー、JKなのにー」とぶつぶつとつぶやき出す。


「さてと」


 俺はご飯を食べ終わり、立ち上がる。


「あ、外出するの?」

「寝る」

「起きたばっかなのに!?」


 いや、お前が朝から体力を使わせるからだろ。

 俺のライフはもう0だよ。


「ねーねー。出かけようよ」

「いやだ」


 まったく。

 引きこもりのニートに何言ってやがる。


「……自転車買わないの?」

「あっ!」


 そう言えばそうだった。

 そんな話もしてたなぁ。


「明日行くよ。明日」

「明日やろうはカス野郎」

「……馬鹿野郎だよ」

「でもさ、今日も変身することになったらどうするの?」

「うっ!」

「また吐くの? それともまた車に轢かれて移動するの?」

「……ちっ。わかったよ」


 確かに栞奈の言う通り、早めに買っておくに越したことはないだろう。


 そして、俺は自転車を買うために母親に金を要求した。

 そしたら、すげー抵抗された。


 いや、お前、3億貰ってるだろ。

 1万円を渋るなよ。


 それでも母親は必死に「あんたに金なんて渡したらお金が汚れる」の一点張りだ。

 そんなとき、栞奈が「そのうち孫を見せますから」と言うと2万出してきた。

 そのときは突っ込まなかったが、現実の人間と2次元のキャラが子供を作れる技術が出来ない限り、母親は孫を見ることはないだろう。



 2万円を片手に、栞奈と並んで歩く。

 あまり人ごみの多いところには行きたくないのだが、このへんで自転車屋と言えば、駅の近くだけだ。

 あそこは人通りが激しいがこの際、仕方ないだろう。


「……今日は初めからサングラスとマスクしてるんだね」

「ああ。対策だ。対策」

「ふーん」


 警察に連れて行かれないようのな。


 それに万が一職質されたときに、絶妙の答えを昨日考え出したのだ。


「妹です」


 どうだ?

 一気に犯罪臭がしなくなっただろ?


 ……あれ?

 そうでもないな。

 なんでだ?


 とにかく、そうしているうちに、駅の近くまで来た。


 自転車屋が見えてきて、「あそこだ」と俺が指差した瞬間だった。


「やっと見つけましたよ」


 後ろから声がして、俺と栞奈は振り向いた。


 するとそこには見覚えのある男の子が立っていたのだった。

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