午前10時。
世間一般の人間たちからすると『朝』なのかもしれないが、俺にとってはまだ深夜だ。
しかも、疲れ果ててベッドに転がり込んだのなら、尚更、こんな時間に起きれるわけがない。
そして、俺はこんな時間に起きる必要はない。
ニート最高。
俺は寝返りを打とうと体をひねるが動かなかった。
まさか、金縛りか?
昔は幽霊なんて信じなかったが、女神や悪魔がいるなら幽霊もいるのではないかと思い始めている。
まあ、女神と悪魔は同一の存在なんだけどな。
それにしても金縛りか。
当分、起きる気はないしいいだろう。
このまま寝るとしよう。
「おじさん、朝だよ! 起きて!」
なんか腹の上から声がした。
……ついに腹のリングがしゃべり出したのか、と思ったがすぐに違うとわかる。
薄く目をあけるとそこには栞奈がいた。
俺の体に馬乗りになっている。
こいつがマウントポジションを取っているせいで、俺は寝返りが打てなかったのだ。
「……どけ」
「どいたら結婚してくれる?」
「……家からつまみ出されるのと、出禁にされるの、どっちがいいんだ?」
「ここで助けてーって叫ばれるのと、通報されるの、どっちがいい?」
「……」
くそ。
交渉は俺の負けのようだ。
てか、なんで家に置いてやってる方が、不利になるんだよ。
おかしいだろ、こんなの。
「……はあ。わかったよ」
「え? 結婚してくれるの? やったー!」
栞奈はそういうと、ポケットから婚姻届けを出して、見せてくる。
「実は用意してあるんだよね」
そこには既に栞奈の名前だけではなく、俺の名前も書かれていた。
しかも、なんでお前の住所がここになってんだよ。
まさか、お前、住民票も移してあるとか言い出すんじゃないだろうな。
「……俺、名前書いた覚えないんだが」
「お母さんに書いてもらった」
いやいやいや。
他人が書いたらダメじゃね?
「あとはおじさんの指を貰うだけ」
「怖えよ!」
それを言うなら拇印だろ。
なんで、俺が指を詰められないとならないんだよ。
「どかないなら、実力でどかせるだけだ」
「ふふん、できるかなー?」
「ふんっ!」
ブリッジをして栞奈を跳ね飛ばす。
――ことはできなかった。
当たり前だよ。
だって、俺、ブリッジできねえし。
栞奈がただ、俺の腹の上で少し跳ねた程度で終わった。
「やるな栞奈。次はこうだ!」
今度は横回転で栞奈を振り落とそうと試みる。
だが栞奈は絶妙な体重移動で、見事にマウントを維持してきた。
「そのへんにしておけ、栞奈。俺に本気を出させるな」
「ふふ。弱い犬ほどよく吠えるってね」
「後悔するなよ」
「おじさんがね」
こうして戦いの火ぶたは切って落とされた。
俺たちはベッドの上で、1時間プロレスを展開したのだった。
……もちろん、言っておくがエロい意味のプロレスじゃないぞ。
ガチの、リアルプロレスだ。
結果は、栞奈の三角締めが完璧に決まり、俺が落とされて勝負ありとなった。
朝から何やってんだ、俺たち。
ベッドの上で一汗かいた俺たちは(もちろんエロい意味じゃない)、リビングで母親が用意した遅めの朝食を食べる。
トーストとサラダとみそ汁だ。
……みそ汁?
まあ、いいか。
「そういえばさ、おじさん。私のパンツ見たでしょ?」
「それがどうした?」
「うわっ! 大人の反応! ムカつく! ムキ―!」
お前のパンツが白かろうが、縞々だろうが、ヒョウ柄だろうが興味は全くない。
あんなもんに人生を賭けているやつがいるが、俺にしてみれば理解不能だ。
俺の場合はアニメでギリギリ見えるかどうかのとき、下から覗いて見えないかいつも試してみるんだが、その行動は理解不能と言われたことはある。
「……もっとすごいの、見せてあげよっか?」
顔を真っ赤にさせながら、栞奈が上目遣いでこっちを見てくる。
「いらん。てか、やっぱ、お前ビッチじゃん」
「ちーがーう! 誰でもいいわけじゃないってばー!」
今度は頭を抱えて「JKなのにー、JKなのにー」とぶつぶつとつぶやき出す。
「さてと」
俺はご飯を食べ終わり、立ち上がる。
「あ、外出するの?」
「寝る」
「起きたばっかなのに!?」
いや、お前が朝から体力を使わせるからだろ。
俺のライフはもう0だよ。
「ねーねー。出かけようよ」
「いやだ」
まったく。
引きこもりのニートに何言ってやがる。
「……自転車買わないの?」
「あっ!」
そう言えばそうだった。
そんな話もしてたなぁ。
「明日行くよ。明日」
「明日やろうはカス野郎」
「……馬鹿野郎だよ」
「でもさ、今日も変身することになったらどうするの?」
「うっ!」
「また吐くの? それともまた車に轢かれて移動するの?」
「……ちっ。わかったよ」
確かに栞奈の言う通り、早めに買っておくに越したことはないだろう。
そして、俺は自転車を買うために母親に金を要求した。
そしたら、すげー抵抗された。
いや、お前、3億貰ってるだろ。
1万円を渋るなよ。
それでも母親は必死に「あんたに金なんて渡したらお金が汚れる」の一点張りだ。
そんなとき、栞奈が「そのうち孫を見せますから」と言うと2万出してきた。
そのときは突っ込まなかったが、現実の人間と2次元のキャラが子供を作れる技術が出来ない限り、母親は孫を見ることはないだろう。
2万円を片手に、栞奈と並んで歩く。
あまり人ごみの多いところには行きたくないのだが、このへんで自転車屋と言えば、駅の近くだけだ。
あそこは人通りが激しいがこの際、仕方ないだろう。
「……今日は初めからサングラスとマスクしてるんだね」
「ああ。対策だ。対策」
「ふーん」
警察に連れて行かれないようのな。
それに万が一職質されたときに、絶妙の答えを昨日考え出したのだ。
「妹です」
どうだ?
一気に犯罪臭がしなくなっただろ?
……あれ?
そうでもないな。
なんでだ?
とにかく、そうしているうちに、駅の近くまで来た。
自転車屋が見えてきて、「あそこだ」と俺が指差した瞬間だった。
「やっと見つけましたよ」
後ろから声がして、俺と栞奈は振り向いた。
するとそこには見覚えのある男の子が立っていたのだった。