俺に殴られた男は縦に3回くらい回ってから、廊下を舐めるようにして倒れた。
そして、2、3回痙攣した後、動かなくなる。
「ふう、ミッションコンプリート」
そう言うと同時に、俺の体は光り出し、それが収まると元の姿に戻っていた。
……しまった。
サングラスとマスク、忘れた。
「……」
男の子は呆然として、声を出すことすら忘れているという感じだ。
「通報よろしく」
俺がそう言うと、男の子はハッとして、床に落ちているスマホを拾って110番に掛けた。
「あ、もしもし。強盗に入られました。……はい。はい。……ピンクの男です」
「それ、俺だよっ!」
「バカ! 心配したんだから!」
コソコソと家の裏口から出て、家の正面に戻ると栞奈が涙目で抱き着いてきた。
「言っただろ? 絶対に戻るって」
「うん……」
栞奈がグリグリと俺の胸に顔を押し込んでくる。
……ん? あれ?
そんなこと言ったか?
……言ってねーな。
とにかく、暑苦しーし、ウザい。
俺は栞奈を無理やり引き剥がす。
「あ、そういえば、戻ってるね」
「ん? ああ。解決したら自動的に戻るんだ」
「へー。あ、そうだ」
栞奈がポケットに手を入れて、何かを取り出した。
「はい。サングラスとマスク。顔見られたら困るでしょ?」
「惜しい」
持ってたなら、家に突入する前に渡して欲しかった。
おかげであの男の子に素顔を見られちまったぞ。
今となれば、もうそれは必要ない。
なんてことを話してたら、パトカーがやってきた。
俺は栞奈の手からサングラスとマスクをひったくるようにして取り、装着する。
……別に深い意味はない。
けっして、警察が来たから焦ったわけじゃないぞ。
念のためだ、念のため。
「うん、一件落着だね!」
警察が家に入って行くのを見て、栞奈が満足そうな顔で胸を張っている。
お前は何もしてねーけどな。
「じゃあ、帰ろっか」
「……そうだな」
なんか、ドッと疲れた。
まさか、2日連続でこんなことになるとは思わなかったぞ。
てか、こんな頻度なのか?
結構、しんどいぞ。
栞奈と並んで家路へとつく。
なんとなく、すれ違う人間たちがチラチラとこっちを見ている気がする。
サングラスとマスクがあってよかった。
いや、ホントに。
って、あれ?
「いや、お前、帰れよ」
「え? だから、今、帰ってるところだけど?」
「そうじゃなくて、自分ちに帰れってこと」
「私の家は、おじさんの部屋だよ」
「ふざけんな!」
ホント、止めて。
まだ近くに警察いるかもしれないじゃん!
しかも、俺の部屋ってなんだよ。
なんでそんなに限定的なんだ。
「……てか、そろそろ捕まるんじゃねーのか?」
「おじさんが?」
「ちげーよ! いや、ちがくねーけど、俺じゃなくてさ」
考えてみれば、栞奈は少なくとも昨日の夜から一晩家に帰ってないことになる。
高校生が一晩帰って来ないって、結構、ヤバいだろ。
「捜索願とか出されるんじゃねーの?」
「それくらい興味持っててくれるとよかったんだけどねー」
ため息交じりで、冗談ぽく言う栞奈。
「……万が一のこともあるから、連絡くらい入れておけよ」
「そうだね。おじさんが捕まっちゃったら困るもん」
「それは本当に切実な問題だから、マジで頼む」
あははと笑った栞奈はポケットからスマホを出して、操作する。
「よし、これでオッケー」
再びスマホをポケットに入れた。
どうやらメールで済ませたようだ。
「なあ、他に泊まらせてくれる友達とかいねーのか?」
「おじさんはいるの? 友達」
「申し訳ありませんでした!」
思わず腰の角度を90度にして謝ってしまった。
ごめんな、栞奈。
友達なんて、ツチノコ見つけるより難しいもんな。
「とりあえず、俺の部屋に住むのは止めろ。他に部屋あるから」
「ええー! なんで?」
いや、なんでって……。
あの部屋に2人は狭いだろ。
それにウザい。
俺の部屋は俺だけの聖域なんだよ。
元々、俺は引きこもりのニートだぞ。
基本、人と接するのは嫌なんだ。
なんて本当のことを言っても、何かと理由を付けてきそうだ。
ここは無難なことを言っておくか。
「大体、女子高生が男と同じ部屋で寝るってヤバいだろ。何かあったらどーすんだよ?」
まあ、どうにもならんけどな、絶対。
「私は……別にいいよ。何かあっても」
顔を真っ赤にしてモジモジする栞奈。
非常にウザい。
そういうのは2次元だから許されるんだよ。
「もっと、自分を大切にしろよ」
「別に誰でもいいわけじゃ……」
「ビッチは嫌いなんだよ」
まあ、ビッチだけじゃなく3次元の女には興味がないのだがな。
ちなみに2次元なら、ビッチは大好物だ。
「ビッチじゃないよ! 私、処女だし……」
だーかーら!
いいから、そういうの!
そういうのは2次元の属性だから、関係ないんだってば!
「とにかく、他の部屋で寝ろ。嫌なら家から出ていけ」
「ううー。わかった。それで妥協する」
ふふ。勝った。
ついに栞奈を言い負かせたぜ。
「……それにしてもさ」
「ん?」
「聞かないんだね。親のこと」
興味ないからな。
聞いたら、巻き込まれるだろ?
高確率でさ。
だから、こういうときはスルーが良いんだよ。
「前にも言ったけど、言いたくないことなんて、たくさんあるだろ」
「……親と不仲って、やっぱりいけないことかな?」
「そんなことはない!」
「え?」
「俺んところもそうだからな」
「……そうなの?」
「ああ」
なにしろ、1回殺されたくらいだからな。
10年、ニートしてただけで殺そうとするなんて、ホント酷い親だぜ。
「血が繋がってるって言ったって、結局は他人だろ? 大体、普通の家がー、なんてのはホントくだらねーよ」
「……」
「普通ってなんだよ。みんな一緒っておかしくないか? お前は世の中にお前しかいないんだぞ?」
「うん。……そうだよね」
「ああ」
いや、ホント、この普通という言葉にどんなに苦しめられたことか。
普通なら仕事してる年齢だの、普通なら親孝行してる年齢だの、普通なら彼女の一人でも作ってる年齢だの。
ホント、うるせー。
俺は俺だよ!
「ありがと、おじさん」
栞奈がぎゅっと俺の手を握って来て、真っすぐ俺の顔を見てくる。
そして、頬を赤く染めた。
「私、おじさんに一生ついてくからね」
「あ、それは迷惑」
「なんでよーーー!」
夕方の空に栞奈の叫び声が響き渡るのだった。