ヘルメットの内部から、ひっきりなしに音が鳴り響いている。
俺は再びヘルメットのスイッチを押す。
すると、ピタリと音が止んだ。
「この家かな?」
「間違いないだろうな」
俺と栞奈は困った人がいるだろう家を見上げる。
二階建ての一軒家だ。
割と新しい、立派な家だな。
うちとは大違いだ。
てか、母親は悪魔の女から金貰ったんだよな?
リホームとかしろよ。
「行かないの?」
現実逃避をしていた俺を栞奈がジッと見る。
「あー、いや、うーん」
俺はてっきり、困ってる奴は外にいるものだと思い込んでいた。
まさか、家の中とは思ってもいなかったのだ。
「中で困ってるんだから、行かないと」
「わかってるよ。けどさ……。どうすりゃいいんだ?」
「どうするって……普通にピンポン押せば?」
「お前は、いきなり家に、ピンクの全身タイツにヘルメット被った奴が訪ねてきたらどうする?」
「通報する」
即答かよ!
……けど、まあ、そりゃそうだよな。
それが普通の反応だろう。
「どうすっかな……」
「裏側に回って、窓割って入ったら?」
「完全に犯罪だな、それ」
「でもさ……」
栞奈がグッと俺の顔に、顔を近づけてくる。
「正義を貫くためには多少の犯罪は仕方ないよ」
「……真理だけどさ。いやだよ。俺、捕まりたくねーし」
2人して、腕を組んで考え込む。
そろそろ周りの目が痛くなってきた。
完全に不審者と思われている。
突然、栞奈がポンと手を打った。
「そうだ、私がピンポン押してくるよ」
「お前が?」
「そう。JKが来たってなれば、喜んで家に入れてくれるよ」
「お前はJKを神格化し過ぎだ。現実世界では、そこまでJKに威力はない」
あくまで、JKが最強なのは2次元の中だけなのだ。
残念だったな、栞奈。
「でも、ピンクのおじさんよりはマシじゃない?」
「同感だ」
間違いない。
俺が行くよりは栞奈の方が警戒度は低いだろう。
「じゃあ、行ってくるね」
そう言って、栞奈は家の玄関の方に行く。
そして、ピンポンを押して、ドアを開ける。
いやいやいやいや。
お前が開けんな。
なんのためにピンポン押したんだよ。
ドアで見えないが、どうやら栞奈は玄関のところで何やら話しているようだ。
数分後、栞奈が家から出てきて、こっちに戻ってきた。
「どうだった? 困ってそうな人、いたか?」
「うん。凄い困ってた」
「どんなことでだ?」
「えーとね、強盗に入られてた」
「……は? なんだって?」
「だから、強盗に入られてるところだった」
「いやいやいやいや。んなことねーだろ。この国の治安の良さを知らないのか?」
「えー、でも、犯人、包丁持ってたよ」
「料理の途中かもしれねーじゃねーか」
「男の子を羽交い絞めにして、首に包丁を突き付けながら、料理してたってこと?」
「……ごめんなさい。それ、完璧強盗です」
えー……。
困ってるって、そのレベルなの?
ちょっと重すぎない?
なんか、買い物袋が重いとか道路をなかなか横断できないとか、腹減ったけど外に出るのが面倒くさいとか、そんな程度のものだと思ってたのに。
「ねえ、どうするの?」
「どうするも何も、警察に通報だろ」
こんなの一般市民がなんとかできる案件じゃない。
「でも、警察が来る間に、男の子が刺されたらどうするの?」
「……」
だよな。
その可能性は割と高いだろう。
警察が来た瞬間に、頭に血が上って刺すことも十分考えられる。
もし、その男の子が刺されて死んだとしたら、おそらく俺はこのピンクのスーツを着て一生を過ごさないとならなくなる。
「仕方ない。突入するか」
「うん!」
「……なんで、お前がそんなに嬉しそうなんだよ?」
「だって、おじさんは、ちゃんとおじさんなんだなって」
「……何言ってんだ、お前?」
我思う、ゆえに我ありみたいな感じか?
「ねえ、私が囮になろうか?」
「馬鹿言うな。お前はここで黙って待ってろ」
「……私のこと、心配してくれるの?」
「当たり前だろ」
もし、お前が怪我なんかして、救急車を呼ぶ羽目になってみろ。
俺とお前との関係を聞かれるだろうが。
最悪、そのまま刑務所直行コースもあり得る。
冗談じゃない。
「おじさん……」
なぜか潤んだ目でこっちを見てくる栞奈。
「ってことで、大人しくしてろ。……さっきみたいについてくるなよ」
「うん……。私、ずっと待ってるから。無事に帰ってきてね」
「フラグを立てるな!」
それ、絶対戦死するパターンじゃねーかよ。
ふざけんな。
俺は深呼吸して、強盗に入られている家へと向かった。
家の中庭からこっそりと家の中を覗く。
栞奈の言う通り、40歳くらいの髭面のゴツイ男がいる。
右手に包丁を、左手で男の子の首を抑えていた。
男の子っていうには微妙な年齢だろうか。
栞奈と同じくらい?
だが、栞奈より華奢で童顔だ。
中性的な顔で、もし、髪が長ければ女の子と言っても騙されるやつがいるかもしれない。
「……不意打ちしかないか」
人質を取られている状態では、それしかないだろう。
隙を見て犯人に飛び掛かり、まずは包丁をなんとかする。
よし、この作戦で行こう。
俺は中庭に面している大きな窓ガラスの鍵の部分を殴って割った。
手を突っ込み、鍵を開ける。
やってることが、完全にコソ泥だ。
が、そんなことを気にしてる場合じゃない。
犯人の動きをジッと見る。
すると、犯人の男がこっちに背を向けた。
チャンス!
俺は素早く窓を開け、家の中に飛び込んで犯人に向って走る――はずだった。
「いてえ!」
窓の縁に足を引っかけて見事に顔面から廊下に落下する。
「うおお! なんだ、てめえは!?」
「くそ!」
慌てて立ち上がる俺。
「へ、変態野郎が、近づくんじゃねえ」
「誰が変態だ!」
「近づいたら、ぶっさすぞ!」
男が俺に向って包丁を向ける。
今度こそチャンス!
俺は男に向って走る。
「うおおおお! やってやる!」
男は人質の男の子を突き飛ばし、俺の腹に包丁を突き刺した。
……が。
「あれ? 刺さらねえ!?」
「チートスーツだからな」
俺は男の顔面に拳をめり込ませたのだった。