ヤバい。
これじゃ、完璧に変質者だ。
30手前のおっさんが息を切らせながら、中学生らしきツインテール女の前に立ちはだかっている。
しかも、夜の23時近くの薄暗い草むらの中で。
これだけで十分、事案だ。
確実に社会的に抹殺されてしまう。
まあ、元々、社会的地位など内に等しいから世間的にはあまり変わらないかもしれないけど。
ただ、刑務所暮らしは嫌だ。
そんなところに入るくらいなら、死んだ方がマシだ。
……死んでも送り返されそうだけどな。
うう。
なんだよ。詰んだんじゃねーかよ。
何より最悪なのは顔を見られたことだ。
今も、素顔ガン見されてるよ。
どうする?
頭を殴って記憶喪失にさせるか?
「ぷっ! あはははははははは!」
突然、ツインテール女が笑い出した。
「今時のオモチャって凄いね。そんなこともできるんだ?」
「あ、ああ……。今時の大人のオモチャは凄いんだ……」
どうやら、叫んだり通報したりする気はないようだ。
ホッと一安心。
「立てるか?」
「うん。ありがとう」
俺が手を差し伸べると、ツインテール女が笑みを浮かべて手を取って立ち上がる。
おお……。
こうやって手を差し伸べて、握ってくれたのはこいつが初めてだ。
まあ、嬉しいってほどじゃないけどな。
「ありがと」
立ち上がった後、ツインテール女がもう一度礼を言ってきた。
「なんで、二回言ったんだ? 大事なところだったのか?」
「あ、今のありがとは、助けてくれたこと」
「ああ、そっちか。気にすんな」
俺は3次元で凌辱をしようとした不届き者を成敗しただけだ。
もう少しのところで、凌辱が汚れるところだった。
本当に危なかった。
もう一度言うが、凌辱は2次元にのみ許された聖なる行為だ。
それを犯そうとする者は何人たりとも許さん。
まあ、それはさておき。
「家、どこだ? 送ってくぞ」
「……」
「一人にして、また襲われたら本末転倒だからな」
「送ってくれるの?」
「あー。俺みたいな不審者に知られるのはマズいか。親か誰か呼べるか?」
「ううん。それじゃ、駅まで送ってくれるかな?」
「おう、いいぞ」
そう言って、俺とツインテール女が並んで歩き始める。
……あれ?
ちょっと待てよ。
この状況も、立派な事案にならないか?
いや、大丈夫だよな?
単に夜中におっさんと中学生くらいの女が一緒に歩いてるだけだもんな。
ただ、ちょっと女の服と髪が乱れてるけど。
……犯罪の臭いしかしねえ。
俺だったら速攻、通報しちゃうね。
「優しいんだね」
ポツリとツインテール女が呟くように言う。
「なにがだ?」
「ほら、何も言わずに、こうやって駅まで送ってくれてさ。普通、こういうときって警察に言うでしょ?」
ああ。それは単に面倒くさいからだ。
色々聞いたところで、俺になんの得もねーし。
それに警察なんて呼んだら、下手したら俺が連れて行かれる羽目になる。
「誰にだって言いたくないことくらいあるだろ」
とりあえず、無難な返し方をしておく。
これが、大人の対応ってやつさ。
「……怒ったりもしないんだ?」
「怒る?」
「ほら、学生がこんな夜遅くに出歩くな、とかさ。……だから、ああいう目に合うんだ、とか。自業自得とか……」
「てか、なんで、襲われた側なのに自分が悪いみたいな言い方なんだ? 100パーセント、襲う方が悪いだろ」
「……だけど」
「夜に出掛けることも、そんなに悪いことか? 俺なんか、小学のときから、深夜に(ゴミ捨て場のエロ本漁るために)ウロウロしてたぞ」
「でも、実際に危ない目に遭ったし……」
「次から対策練ればいいんじゃねーか? スタンガン持ち歩くとか、ジャックナイフ忍ばせておくとか」
「……おじさんを呼ぶ、とか?」
「ああ。呼びたかったら呼べよ」
行かねーけどな。
「おじさんってさ、昼はやっぱり、仕事? 職場にいるの?」
「ん? ああ、仕事はしてるが、自宅だぞ」
「へー。あ、あれか。今、流行りのリモートワークだ!」
「まあ……そんなもんだな」
昼は自室警備員をしているから、嘘は言っていない。
ネットサーフィンでアニメの情報収取してるし、リモートワークと言ってもいいだろう。
「おじさんってさ、やっぱり学校は行った方がいいって思う派?」
「……学校?」
その単語は正直、トラウマとして心に刻まれている。
ああ……。10年経っても、その単語を聞くだけで吐き気がするな。
「そうだな……。学校に行く、行かないっていう2択じゃないんじゃないのか?」
「どういうこと?」
「その時間、何をやってたかっていう方が重要なんじゃねーのか」
「……何をやってたか?」
「学校行ってても、くだらない時間を過ごしてれば大した身にもならないだろうし、学校に行かなくても良い経験を積めてれば、そっちの方が成長するもんだろ」
「そ、そうだよね! 学校に行くだけが全てじゃないよね!?」
「ああ」
って、なんか偉い人が書いてた啓発本に載ってたぞ。
と、なんとなくダラダラと話していたら駅に着いていた。
駅はこの時間のせいか、まったく人気がない。
「じゃあ、気を付けて帰れよ」
「ありがと、おじさん」
ツインテール女が手をブンブンと振る。
俺は振り返り、後ろ手でそれに応えた。
はあ……。
それにしても、疲れたな。
フラフラしながらも家へとたどり着く。
そのまま自室に行こうとするが、途中で母親に「風呂湧いているから入っちゃって」と言われた。
これも高校のとき以来の言葉だ。
いつもは真夜中に冷め始めた風呂に浸かるだけだった。
温かい風呂に入れるなんて久しぶりと思い、さっそく風呂に入る。
風呂から出ると、何やらリビングから話声が聞こえた。
母親が誰かと話している。
こんな時間に誰か来たのか?
まあ、どうでもいいか。
俺は自室に入ると、すぐにベッドに倒れこむ。
お腹が減っている。
結局、夜飯を食っていない。
だが、今はそれよりも疲れの方が上回っていた。
あんなに運動したのは10年以上ぶりだ。
だから、俺はすぐに眠りに落ちた。
それはきっと、深い眠りで何をされても起きることはなかったのだろう。
そして、朝になる。
部屋の中はカーテンが閉め切ってあるので、薄暗い。
……あれ?
俺、寝るとき電気消したっけ?
とりあえず、暑いのでエアコンのリモコンを手に取ろうとベッドの横に手を伸ばそうとした。
ムニュ。
今まで生きてきた中で体験したことのない触感がする。
なんだこれ?
こんな感触する物、部屋に置いてあったっけ?
ボーっとする頭を振りながら、手の方を見る。
「あ、おじさん、おはよー」
そこには中学生くらいの金髪のツインテール女がいた。
セーラー服姿で。
つまり、俺の隣で昨日、駅で別れたはずのツインテール女が寝ていたというわけだ。
そして、俺は今、そのツインテール女の胸を鷲掴みにしている。
……え?
なんで?
俺の頭の中はハテナマークで埋め尽くされていくのだった。