洗面所の鏡の前。
俺は絶望に包まれていた。
写し出された俺の姿。
わかりやすく言うと、戦隊もののバトルスーツって感じだ。
なんていうかな。
一昔前の全身タイツっぽいやつ。
けどさ、主人公って言うか、リーダーって赤だろ?
色が。
まあ、百歩譲って青でもいい。
体型でいうと緑ポジションかもしれない。
けどよぉ!
……けどよぉーー!
ピンクはないだろーーーー!
なんでだよ!
ピンクは女ポジションだろうが!
せめての救いはヘルメットで顔が見えないところだな。
これで素顔を晒す状態なら、自害を考えるところだ。
まあ、やったところで、あの悪魔に強制的に追い返されるかもしれないが。
そんなふうに絶望に包まれていると、再び、悪魔が俺の頭の中に直接語り掛けてくる。
「さあ、困っている人の元に行ってください」
「断……ぎゃあああああ!」
いきなり腹のリングが、俺の腹を締め付けてくる。
「さあ、困っている人の元に行ってください」
「……はい」
俺はため息をついて、玄関に向かい、靴を履いて外に出た。
夜道を注意しながら歩く。
こんな姿を見られたら、人を助けるどころじゃなくなる。
一発通報されて、俺が逃げる側になってしまう。
だから、闇に紛れてこそこそと移動しているのだ。
「……それよりさ」
「なんでしょう?」
「普通、変身って自分の意思でやるもんじゃね?」
「そうですか?」
「そうだよ。だって、いきなり自動で変身するって怖いだろ」
「そうですか?」
くそ。他人事だと思って適当に聞き流していやがるな?
「任意で変身できるようにしてくれよ」
「面倒くさいです」
……あのさぁ。
そこは出来ないとか言おうよ。
なんだよ、面倒くさいって。
できるけど、やらないってことだろ、それ。
「諦めてください」
「……普通にふざけんな」
「それよりも、急いだ方がいいですよ」
「なんでだよ?」
「もし、困っている人を助けられなかったら、一生、そのままですよ?」
「……は?」
衝撃的な発言に、思わず俺は立ち止まってしまった。
「どういうことだよ?」
「そのバトルスーツは困っている人がいると、それを検知して自動的に発動します。そして、それが解決すると、自動的に変身が解けるということです」
「……それってつまり?」
「助けられないと、変身が解けないってことです。一生」
「それを早く言え!」
ダッシュした。
それはもう、全力で。
本気で走ったのはいつ以来だろうか。
多分、中学の時の運動会かな。
だが、俺はすぐに立ち止まる。
そして――。
盛大に吐いた。
良い子のみんなは、いきなり激しい運動をしてはダメだぞ。
お兄さんとの約束だ。
それから5分後。
俺はようやく、その現場を見つけることができた。
「いやー! やめてー!」
「うるせー! 黙ってろ!」
「おい、口塞いどけって!」
住宅街から外れた、暗がりの中。
2人のガラの悪そうな男が、草むらでセーラー服の女を襲っていた。
1人は女の腕をつかみ、もう1人は足を抑えている。
女はセーラー服の上とスカートをめくられ、下着が露わになっていた。
「足を広げさせろ!」
「その前にパンツ脱がせろって!」
「いやー! やめてー!」
その現場を見た時、俺は怒りの感情で包まれた。
きっと、俺のこめかみには、はちきれんばかりの血管が浮き出ていることだろう。
そして、俺は叫んだ。
「やめんかー!」
「うお! なんだ!?」
男たちが手を止めて、こっちを見る。
その顔は見つかった、ヤバいという表情だったが、すぐにニヤリという笑みに変わった。
「あははははは! なんだよ、その恰好!」
「おっさん、ヤバいって! 変態か?」
「その子から手を離せ」
「なんだ、デブのおっさん。正義の味方のつもりか?」
「ちげーよ、いいから手を離せって」
すると、足を抑えていた方の男が立ちあがって、俺の肩をポンと叩く。
「おっさん。後からちゃんと、回してやるから。な? もう少しだけ待ってろ」
「ふざけるなー!」
もう一度、俺は叫んだ。
「ちっ! なんなんだよ、てめえ!」
俺の肩に置いていた手を、胸ぐらに移動させてすごんでくる男。
そんな男の手を掴んで、俺は言い放つ。
「いいか、よく聞け。凌辱は2次元にのみ許された聖なる行為だ」
俺の言葉に、何言ってんだ、こいつっていう感じで困惑の表情を浮かべる男。
だが、俺は構わず言葉を続ける。
「3次元でやってんじゃねえよ!」
「は?」
「凌辱を愚弄するなーーー!」
俺は怒りに任せて、男の腕をひねり上げた。
「ぎゃあああああ!」
今度は男が叫ぶ番になった。
「黙れ」
左手で、男の腹に一撃を入れる。
「ごはっ!」
右手を離すと男は地面に倒れ、悶絶する。
「てめえ、やりやがったな」
さっきまで女の腕をつかんでいた方の男が立ちあがっていた。
そして、その手には金属バットが握られている。
いやいやいやいや。
どこに持ってたんだよ、そんなもん。
物理的にあり得ねえー。
お前、2次元かよ。
「おらああああ!」
バットを持った男は思いっきり、俺の顔面に向ってフルスイングした。
やばっ! と思ったときには俺の顔面……ヘルメットにバットが直撃する。
「……」
全然平気だった。
正直、2度目の死を覚悟したくらいだが、ビックリするくらい何の衝撃もなかった。
「チート能力ですから」
頭の中で悪魔が補足してきた。
ああ、そういえば、そんな設定だったな。
そして、俺は男からバットを取り上げ、お返しとばかりに顔面に拳を叩きこむ。
「ぐえええええええ!」
殴られた男は3メートルほど吹っ飛んだ。
小刻みに痙攣して、気絶した。
「あ、あの……」
襲われていた女が服を整えながら、俺を見上げてくる。
おそらく女は中学生……だろうか。
髪は黄色でツインテール。
体つきも華奢で控えめな感じだ。
背伸びしたい年頃なのか、顔には若干の化粧がされていて、派手めな印象を受ける。
ギャルでも目指しているんだろうか。
アニメで例えると、サブヒロインくらいの可愛さってところだろうか。
「もう大丈夫だ」
いまだに恐怖の表情をしている女に、安心させるために声を掛ける。
女からしたら、ガラの悪い男の次は変態のおっさんが現れたようにしか見えないだろう。
……ホント、顔が見えないのが救いだな。
「安心しろ。俺はお前に危害を加える気はない」
3次元には興味がないからな。
「あ、あの……」
それでも戸惑っている女。
そのとき、再び、俺の体が光に包まれる。
まさか!
そう。
突然、変身が解けたというわけだ。
つまり、素顔が晒されたということになる。
あー、もう!
なにもかも、無茶苦茶だよ!