そこは真っ白な空間だった。
なんていうか、何もなくて地平線のずーっと先も真っ白な空間。
こんなところに2時間もいれば簡単に気を狂うことができるだろう。
というか、なんだここは?
俺はいつのまにここにきたんだっけ?
必死に頭を働かせる。
すると、すぐに救急車の場面を思い出すことに成功した。
「なんだ、やっぱり死んだのか」
そう考えるのが自然だろう。
あの状態から奇跡の復活を果たしたとしたなら、目覚める場所は病院のベッドのはずだ。
「はい。そうです。あなたは死にました」
突然、目の前に白いワンピースのような布の服を着た女が現れた。
髪は金髪ストレートで、腰まですらっと伸びている。
体型はなんていうか、モロハリウッド女優って感じか。
ボンキュッボンってやつだな。
けど、こういう展開なら……。
「私は女神です」
「あー、やっぱりか」
「驚かないのですね」
「面倒くさいし、こういう展開は死ぬほど読んだからわかってる」
俺がそういうと女神とやらは「話が早くて助かります」と言って笑う。
「では、さっそくあなたには転生していただく……」
「パスだ」
「え?」
女神がキョトンとした声を上げた。
「パス……ですか?」
「ああ。転生は断固拒否だ」
「どうしてですか? 人生をやり直せるんですよ?」
「いや、めんどい」
「……めんどい?」
「だって、転生するってことは生き返るってことだろ? 正直、俺は生きるのに疲れたんだよ」
「で、でも、俺強ぇで生き返れるんですよ?」
「興味ないな。強いから何? って感じだ」
「女の子にモテモテですよ?」
「3次元に興味ない」
女神が口を開けたままフリーズする。
なんだ? バグったか?
「わかりました。では、どんな世界に転生したいですか?」
「全然、わかってないじゃねーか!」
「剣と魔法の世界ですか? それとも科学が発展したロボットの体を持つ世界ですか?」
「どっちも嫌だよ!」
「悪魔がいる阿鼻叫喚の世界ならどうですか?」
「なんでさっきよりハードモードの世界なんだよ!?」
「では、どんな世界がいいんですか?」
「だーかーら! 転生はしたくねーっての!」
「……」
女神がニッコリとほほ笑む。
そして、思い切り俺の腹に重い一撃をくわえてくる。
「がはっ!」
俺は息が詰まり、その場に膝から崩れ落ちる。
そんな俺の髪を掴み、笑みを浮かべたままの女神が顔を近づけてくる。
「人が優しくしてれば、調子に乗りやがって、このカス」
おおっと……。
女神の皮を被った悪魔だったか。
物凄い殺気を俺にぶつけてくる。
いや、俺、もう死んでるから別にいいんだが。
「私が転生させるって言ってんだから、さっさとすればいいんだよ」
「げほっ! げほっ! ちょ、ちょっと待ってくれ。こっちは転生したくないって言ってるんだ。別にいいだろ。本人がそう希望してるんだからさ」
「知らねえよ。こっちにはノルマがあるんだよ、ノルマが」
……なんだよ、ノルマって。
それこそ、こっちは知らねえよ。
「サボって寝てたら、いつの間にか査定の時期になってたんだよ。それくらい言われなくても察しろ」
……わかるわけねーじゃん。
てか、完璧、そっちの都合じゃねーか。
俺、完璧、お前のミスに巻き込まれただけじゃん。
「というわけですので、転生、お願いしますね」
笑顔をそのままに口調が最初に戻る女神。
だが、俺は屈しない。
「やだね」
ブッと女神の顔に唾を吹きつける。
「……」
女神は笑顔のまま、こめかみに青筋が浮かび上がる。
そして、右腕を上げた。
――
「ばぼっ!」
顎は見事に砕け散り、俺は白い地面に突っ伏すことになったのだった。
2時間後。
俺は女神の可愛がりという名の拷問を受け続けていた。
朦朧とする意識の中、ふと思う。
なんでこんなことになってんだ?
俺は死んでいるせいか、いくら肉体が破壊されても気を失うことがなかった。
もちろん、痛みはある。
地獄のような激痛だ。
死ぬより辛いとはまさにこういうことだろう。
……地獄に行ったことはないけどな。
「……転生……します」
腫れあがった唇を動かし、なんとかその一言を絞り出す。
「ありがとうございます! そう言ってくれると思ってました!」
「……」
「どんな世界がいいですか?」
「……2次元がある世界でお願いします」
「他には希望はありますか?」
「……できればイージーモードで過ごしたい。チート能力とある程度の金銭的な余裕がほしいな」
「はい、わかりました。私に任せてください」
女神はそう言うと、俺に向けて広げた右手を向ける。
その瞬間、俺の体が光に包まれた。
光が治まると、女神から可愛がってもらった傷が全て回復している。
そして、腹の周りには幅が3cmくらいの黄色の輪っかが付いていた。
「……これ、なに?」
「ブレスレットです」
「……腹についてるんだけど?」
「……間違えました。ベルトです」
「間違えたのは着けた箇所だろ?」
さっきからこっちと目を合わせようとしない。
完璧につける場所を間違えたみたいだ。
「とにかく、これで変身が出来ます」
「……変身?」
「言ったじゃないですか。チート能力が欲しいと」
「……いや、言ったけどさ」
変身か。
随分とニッチな方向のチート能力だな。
普通はスキルとかそんなんじゃないのか?
「では、その変身スーツで困っている人を助け、悪を倒してください」
「え? ちょっと待って! 転生したら、そんなことしないとならないの?」
「当たり前ですよ。なんのために転生させると思ってるんですか?」
「聞いてないぞ!」
「言ってませんから」
……この女。
いつか搾り上げてやる。
「ではいってらっしゃいませ」
「ちょっと待って、やっぱり転生しな……」
そこで俺の意識と体は闇に包まれた。
こうして俺は2度目の人生を強引に歩まされることになったのだった。