「薄墨丸、
黒刀を構えたマツリカちゃんが指示する。それに応えて黒球が動き出した。
「
縦横無尽に飛び回るそれが、ミウ姉を取り囲む。
「燃えテ、燃えテぇェ……!」
それに対し、ミウ姉が炎を放つ。
その数は五。蛇行しマツリカちゃんに迫る。だが――
「そうはさせないです」
身を低くして飛び込んだ彼女は回避。そのまま懐に入り下段から切り上げる。刃は大きく伸ばしたミウ姉の右腕を捉え二の腕あたりを切り裂いた。斬撃そのものは軽い。腕を寸断するまでには至らない。だが――。
「パクパクです」
出血もろくにない浅いはずの傷が爆発した。刀傷が虚無へと変わり、腕の根本から爆散せしめた。
「アアアア!? 私ノぉ腕ェ……、アサヒを抱きしめるハズの腕ガぁぁアア!」
「気持ち悪いこといわないでください!」
続いて黒球が動く。腕を絶たれた衝撃でミウ姉はコントロールを喪失した。その為に動かなくなった炎はあっという間に黒球に飲まれる。
炎を飲んだ黒球は、そのまま本体にも迫った。
まるで集団で狩りをする狼の群れさながらの動きだ。
指揮をるすように黒刀を振るうマツリカちゃん。
よく統制された動きだ。
「ウウあ、うアアアア!!」
手痛い攻撃を受け、平静を失ったミウ姉は大きく後退。威嚇するように唸る。だがそれは彼女が明らかな劣勢に立たされたことを意味する。
マツリカちゃんの革命器『薄墨丸』の持つ存在浸食の力は、俺とアースが得意とする存在消滅の力と同等の結果をもたらす。存在を消し飛ばすか、飲み込んで消すかの違いだ。
相当に強い能力だけど、扱いは難しいはず。
なのにマツリカちゃんは、いつの間にか完全に自分のものにしていた。
「堂々たる戦いだ。すごいじゃないか」
ブートキャンプから実戦らしい実戦はなかった。
なのに彼女の成長に目を見張るものがある。
一旦後退したミウ姉は腕を再生しつつ、姿勢をさげている。
次、突っ込んでくるか。だがまだ警戒しているな。こちらの出方をうかがっている。
「すごい? 本当ですか? お師匠さんが後ろにいてくれると思うからこそですケド。まぁ、自主練習は真面目にやっていました。偉いですか?」
「ああ。偉いし、すごいと思う」
「えへへ。あ、お師匠さん来ますよ」
相手の動きを感知する能力も俺より早い。
両サイドに分かれて跳躍した俺達は、ステップを踏みミウ姉を挟撃する。アースで炎を弾きけん制。その隙にマツリカちゃんが斬撃をいくつも見舞う。
「私、だって、役に立つんですからっ!」
連携は戦局をがらりと変える。
劣勢に立たされたミウ姉は俺達の猛攻に徐々に押されていく。
もう分体も出す余裕もないらしい。
「アアアア、何で、どうしてぇ! アサヒアサヒアサヒィ!! こんなに好きだったのに、愛していたのにぃイイ!」
決着はもうすぐだ。それをミウ姉も理解したのだろう。ひときわ哀れを誘う叫びを発した。その声に少しばかり胸が痛んだ。
愛してる。
その言葉、ミウ姉が生きてる間に聞いていたらどうなっただろうか。
俺はたぶん、受け入れたと思う。あの感情が恋かどうかはわからないけれど、ミウ姉の事はやっぱり好きだったから。
「俺の知ってるミウ姉は真面目だったんだよ。けっこう年下のまだ十七そこそこの俺に手出すわけにはいかなかったんだよな。でもさ、その想いも嘘だとは思わねーよ」
マツリカちゃんのアシストでミウ姉の動きが止まった。足がごっそりと消滅しバランスを崩す。その隙に、直上に位置を取った俺は、アースの刃先を眼下に向けた。
掘りぬく。削り取り、欠片も残さない。
絶対消滅の意思を練り上げる。
翠光迸る。
彼女のための大技だ。
これ以上ミウ姉の想いを無様なものにはしたくない。
「ミウ姉は死んだ。俺は生きてる。悲しいけどそれが現実だ」
俺は刃を振り下ろす。
今までありがとう。大好きだったよ。
だけどやっぱり、さようならだ。
翠光がミウ姉に届く直前、異形と化した彼女が笑ったように見えたのは俺の気のせいだったのだろうか。
◆◆◆
「ミウはちゃんと逝きましたか」
シノンちゃんに抱えられているドクターの表情はそっけないものだった。二人は遠巻きに俺達の戦いを見守っていた。彼女の想いも聞いていただろう。
「ああ。あれで満足したかはわからないけどな。だけど、少なくとも俺はすっきりしたよ」
「そうですか。それならまぁ、よいことでぇすねぇ」
ドクターはそれ以上は語らなかった。
俺とミウ姉をよく知っているからこそ何も言わないでいてくれたんだと思う。
『ご苦労だったアサヒ』
それまで沈黙を守っていたエイボンの声が届いた。
『ミウが倒れたことで空間に揺らぎが生じた。次の場所への道がひらかれる』
「次の場所? まだあるのか?」
『もうすぐだ。次かもしれないし、もう一層はあるかもしれない。領域は多層構造になっている。――来るぞ』
今までいたのは、どこまでも暗黒の空間だった。
だがそこにはげしい光が満ち、世界は白に塗り替わった。
「次は何が出てくるんですの?」
「さぁ……、もう何が出ても驚かないよ」
「また死者という可能性もありまぁすよ。シーンやラウダも死んでますからねぇ」
「お別れはもう腹いっぱいだ。誰が出てきても即ぶっ飛ばす」
脳筋と言われるだろうけど、結局はそうするしかない。
虚神を相手にするってことはそういうこと。
相手のペースに乗ってたら、正気を失うリスクが増えるだけだ。
「全員、手を握ってくださぁいね。はぐれないようにぃ!」
ドクターの注意喚起に、マツリカちゃんが当然のように俺の手を取った。
◆◆◆
だが光が晴れた時、俺は一人だ。
手を握っていたはずのマツリカちゃんもいない。
離れた感覚すらわからなかった。
ドクターのあの独特の喋り声が聞こえない。
近くに居ない事は明白だ。
そして一番の問題はこの場所だ。
「……んだよ。また精神攻撃か?」
ぎりっと嚙み締めた奥歯が鳴った。
白い廊下だ。等間隔に扉があり、それぞれに番号が振ってある。入り口の脇にはネームプレート。清潔な空間だ。木洩れ日が廊下に差し込んでいる。
「〇〇先生、至急三階ナースステーションにお越しください。〇〇先生、至急三階ナースステーションにお越しください」
静寂と思われたその空間にとつぜん響いた館内放送は、ある医者の呼び出しを告げていた。聞き覚えのある名前だ。何度もあって話したことがある。
その医者は、妹のサクラの主治医だ。
再度同じ放送が流れる。
「一応、行くか……。確かサクラが……」
いつの間にか中学の学生服を着込んでいた俺は、急いで妹の病室に向かった。