「アース、ストックを出す!」
『了解です。アサヒ』
懐から取り出すのは小さなカプセルだ。中には何の変哲もない土が入っている。片手でカプセルを開け振りまくと、アースの刃先が光る。
すると撒かれた土が爆発的に体積を増した。
「アアアアア、燃えてヨォオオオ!!?」
異形と化したミウ姉が狂乱の声を上げながら襲来するが、それを迎撃したのは土塊の壁だ。
「アアア! キミに触れなぃぃイイ!」
これはエイボンの策。
過去この空間で戦った時、俺はアースの力を使えなかった。一面の黒い泥で覆われた世界では、操る土塊が見当たらなかったからだ。
今回はその解決策として、存在圧縮をかけた土を持参した。
「熱いんだよ! 近寄ってんじゃねぇ!」
カプセルをもう一個。
開けて振りまく。出現した大量の岩塊にフィールド操作をかける。
「弾岩槍!」
槍となった巨岩がミウ姉に突き刺さる。
炎の化身のくせにちゃんと実体はありやがるらしく、脇腹を貫かれ苦しそうに呻めいた。
「アアアア、痛い、痛いよぉアサヒ、ドウシて? 私二攻撃しナイでよォ」
「うるせぇ。あんたは死んだんだ。死んだんなら、キチンと死んどくのが筋だ」
続けて、弾岩槍の五連。当たるは当たるが、決め手に欠ける。
「痛イ、痛イよォ! 止メてよぉ!」
痛がるのは口だけかよ!? ミウ姉の振った手の先から、大蛇のようなうねる炎が迫る。弾岩槍五連で土塊のストックは取られてる。土塊の防御は間に合わない。
回避か、相殺か? 今すぐ選ぶ必要があった。
「なら、ぶちぬく!」
息を吸う。吐く。
踏みしめた足から、アースを握る手の指先まで、掘りぬくという意思の力を充満させる。消えろ、俺の目の前から、俺を害するすべてはなくなってしまえ。
「オラぁぁあッ!!」
存在消滅の一撃を乗せた一振りがミウ姉の放った炎をかき消した。
さぁ、次はどうする。まだまだやれるぞ俺は!
そう思った時だ。
――アサヒ。大好きだよ。
背筋が冷えた。
ジュウ……と肉の焦げた匂いがする。背中に手を置かれている。置かれた場所が熱で焼ける。痛みは感じない。今はまだ。
「私はアサヒが大好きだよ」
人間と同じ大きさに変わった、ミウ姉が背後にいた。
炎の手が回される。ジジジと熱を持った手が俺の胴体に添えられた。
「だから、一緒に、燃えよう?」
いつの間に? 気配は感じなかった。空に居たはず。そもそも巨人だったはずだ。分体? 同時に存在できるのか? それよりも、この至近距離で燃やされたら不味い!
『アサヒ』
「緊急防御ォ!」
俺が叫んだのと、身体が火柱に飲まれたのは同時だ。
足元から噴き出た炎が隙間なく俺を囲んで燃やす。
防御はギリギリ間に合った。土の膜が俺の皮膚を覆っていた。薄いものだがアースが操る土くれだから、熱伝導性が極限まで下がっている即席の耐火服となる。
とはいえ万能じゃない。
ミウ姉の放った炎はいつまでも消えない。土の耐火服ごと俺を焼き続ける。熱は感じないが息ができない。人間である俺は酸素を吸わなきゃいきれない。炎にまかれているから息を止めているが、じきに肺の中の酸素が尽きる。酸素が尽きれば、死ぬだけだ。
消えろ消えろ消えろ!
俺は闇雲に身体を動かす。だが、消えない。視界は赤く染まったままだ。
焦る。こうしている間にもミウ姉は次の攻撃を繰り出してくるだろう。
マズい。
「――――食べて、薄墨丸」
凛とした声が聞こえたとたん、視界が晴れた。
気づけば俺を覆っていた炎は残らず消え去っている。
俺は急いで呼吸する。酸欠のせいで出ていた頭痛と視界狭窄が晴れていく。
その晴れた視界がとらえたのは、憤怒の表情を浮かべたミウ姉と、その前に立ちふさがる黒セーラーの背中、マツリカちゃんだ。
「昔の仲間らしいですけど、大きな顔しないでくれますか? 未練たらしいですよ」
きれいな所作で黒刀が振られる。
スカートがふわりとひるがえる。
「薄墨丸、
命令と共に彼女の周囲に、黒い玉がいくつも浮かぶ。
あの黒球はすべてを飲み込み消失させる力がある。それで火を消したのだろう。
「ああァアんタ、なナなナナあああニニににににににぃぃいいぃ!」
人間の形をなくしつつあるミウ姉が、いくつもの炎の蛇を放った。浮かぶ黒球が動く。縦横無尽に飛び、蛇を貫く。
まさに食い荒らすという表現がしっくりくる。
黒球が通り過ぎていった場所には、何も残らずすべてを消失させてしまった。
「よかった。私の革命器、あなたの炎と相性がいいみたいです」
涼やかな笑みを浮かべる彼女の隣に並んだ。
視線はミウ姉を見据えたままだ。眼を離すわけにはいかないからな。
「下がってろって言わなかった?」
「お師匠さんがピンチのようだったので」
「……まぁ、そうだな。助かったよ」
「はい。お礼はデート一回追加でいいですよ」
「そんなのでいいの?」
「それで充分です。とりあえず今は」
「アサヒ、ねぇえアサヒィィぃ位イイ、その女ナぁにぃぃい、私がアサヒの事一番アいしてるのニィィイイ、お前は誰、だれれれれれれれれ」
言葉が乱れていた。思考も怪しいだろう。
残っていたミウ姉の人格らしきものは、その姿とともに崩れている。
「一応確認。あれ切ってもいいんですよね?」
「救おうとかは考えなくてもいい。ミウ姉はもう死んでるから」
「わかりました」
短く答えたマツリカちゃんが前に出る。黒球を随伴させる彼女の顔には、場をひりつかせるほどの圧が乗っていた。
「改めて名乗りますね。私は庭マツリカ。革命器は薄墨丸。お師匠さんの弟子です。貴女に言いたいことが一つ」
息を吸う。吐く。そして言った。
「――昔の女がしゃしゃってんじゃないですよ。お師匠さんには私がいるし、あなたの場所はもうない。そもそも死んだ人間が出てくるなって話です」
――私がその未練、切り捨ててあげますよ。
そういいながら黒刀を構えるマツリカちゃんは、今までで一番堂々としている。
相性はいい。気合も十分。気おくれは一切ない。
これなら心配はいらないだろう。なんだったら一人で勝つかもしれん。
だけど、まったく――情けないことだぜ。弟子に助けてもらうなんてな。
ミウ姉もそうだったけど、俺の周りの女の子はみんな逞しすぎるな。