ゆらゆらと炎の巨人が歩いていた。
遠目で確認できる奴らは、おそらく8m程度の大きさで、全部で3体。
人型だけど、顔はない。ただ轟々と燃える炎で出来ている。
巨人が徘徊する一帯は、焼け野原だ。元は森林地帯だったのだろうが、あれが出現したせいで燃えたんだろう。半ば炭となって残った樹木のカスがぶすぶすと白煙を上げていた。
そしてその中心に、一切の光を拒絶する純黒の球体が浮かんでいる。
異質な光景だ。
空間にぽっかりと開いた穴のようにも見える。
『諸君。あれがナイアルラトテップだ』
俺たちの耳にエイボンの声が届く。
アイツは、俺たちが確実に連携できるように、念話の魔術をかけた。
便利なもんだ。あいつ本人は遠見で戦場を
『だが残念だ。すぐには攻撃に移れない。守るものがいる。そちらからも確認できるかアサヒ』
「ああわかる。クトゥグアの炎に見えるな」
生ける炎の異名をとる虚神クトゥグア――の分体かなんかだろう。ミウ姉が幻想器を使った時に現れた炎によく似てる。
クトゥグア自体は、
「エイボン。なぜクトゥグアがあそこにいる? なぜナイアを守る」
『おそらく取り込まれたのだろう。ナイアの出す黒い泥は、虚神や異獣ですら飲み込む。ツァトゥグア様たち土の虚神が、
「飲み込まれたでぇすか。では確実に敵対してきますねぇ。火の虚神ともあろうものが、操られるとは情けなくないのですかねぇ」
「まったくだ。何やってんだよって感じだ」
やれやれと嘆息するドクターに、笑いながら同意した。
「あの……」
と、不安そうな表情を浮かべたシノンちゃんが、恐る恐ると手を挙げた。
「私は虚神と戦った経験がないのですけど、そもそもあれは、人間が勝てるものなのですの?」
「私もそこ、知りたいです」
新米ガールズは緊張こそしているが、戦場に怯えてはいない。
積極的に質問ができるならば上等だ。
頭が回っている内は死神は寄ってこない。
「勝てることは勝てる。アイツら気まぐれなんだ。基本舐めプしやがるから幻想器や革命器なら渡り合えると思う。ただ、本気になられると底が知れないから――」
俺はサイクラノーシュで見せられたツァトゥグアを思い出す。
圧倒的な力。能力。存在感だった。
ほかの虚神もあれと同じ程度の力は持つと仮定すると、元々人間が立ち向かえる存在じゃないのは明白だ。
ひるがえって今回の状況。
敵は火の大虚神。だが、ステータスはバッド。
どれだけの力があるか分からないが、本来の力は望めないだろう。
加えて、ここは深淵だ。ツァトグアの元々の領域じゃない。
ツァトゥグアも、
虚神たちは、自分の本領を持っている。
そこから出るとあんがいと不自由な状態になるらしい。
あの操られている炎の巨人がどれほどの力を出せるのか。
定石通りの戦いをするならば、まずは威力偵察なんだけど――。
「お師匠さん。私が行きます」
迷っているうちに、手を挙げたのはマツリカちゃんだった。
「私が、アイツらの気を引きます。エイボンさんからいくつか魔術護符をもらいましたし、囮くらいには――」
「ん、却下」
「なぜですか?」
「相手の戦力もわからないのに、新米が突っ込んじゃだめだ」
「このパーティで強いのは、お師匠さんとドクターです。シノンちゃんの
「理屈はあってる。だけどダメ」
「なんでぇ……」
マツリカちゃんは不服のようで、恨めし気にほほを膨らませた。
「その理屈なら、ドクターの方が適任だ」
「待ちなさいアサヒ! 私、炎はちょおっと苦手ですよぉ?」
「絶対零度まで冷やせるだろ? 行ける行ける」
「ツァトゥグアの炎は数千万、数億度まで上がるんですよぉ! 学のないアサヒにはわからないでしょうけどねぇ! 熱運動は動かすより止める方が難しいんでぇすよ!」
マジで焦っててウケる。
ドクターは昔、フサッグアっていう炎の精にボコられた経験がある。
多分ツァトゥグアの眷属かなんかなんだろうけど、相当相性が悪いらしく一方的にやられてた。その時は水神の幻想器を持つ轟さんが、海水を大量に召喚して倒したな。
「まぁ、二人とも心配すんなって。俺がやる。ちょっと試してみたいことがあるんだよ」
せっかく修行したんだ。成果を見せないとな。
◆◆◆
地面に熱が残る焦土を一人歩く。
みんなには少し離れた場所で待機してもらった。
マツリカちゃんが「私も連れていってください」とか言っていたが、断った。
逆に戦いにくい。
『アサヒ。どうしましょうか』
「そうだなぁ、これ使うか」
その辺に落ちてた握りこぶし程度の石をひろった。
クトゥグアは炎の化身だ。多分実体がないだろうから、直接的な攻撃は適していない。
『いきなり大技ですね』
「肩慣らしだ。思いっきりやるぞ」
『スコップ使いが荒いですねまったく……』
「質量操作を開始。対象この岩石。レベルは極限縮小で頼む」
『対象設定完了。操作レベルを極限縮小に設定。質量操作を開始します』
アースの宣言の直後、俺の手から、石がふわりと浮く。
石は、虹色に発光したかと思った後、ぶるぶると震えだした。
そして、だんだんと小さくなっていく。
『縮小率をカウントしますね。50% 25% 15% 10% 2% 1%――』
見る間に、小さく小さくなっていく小石。
「いいぞ、もっとだ」
『0.001% 0.0001% 0.00001% 0.0000001%』
もう石は見えなくなった。
だが、存在感と言えるようなものだけが、中空にとどまっている。
「まだまだ、目指すは素粒子とかのレベルだ」
『0.000000000001% ――臨界です』
頷き、手の内にある極小まで折りたたまれた存在を宙に放つ。
そして、アースを構えた。
構えは野球のバッタースタイル。体をひねり力をためる。
「特大のやつ頼むわ」
『今日はホームランですね』
そして打った。反動は何もなかった。ただ全力でスイングした。
「よし、退避だ! みんな伏せて何かに捕まれ!」
極限まで存在縮小された小石が、クトゥグアたちの真ん中に飛んでいく――