エボン神父改め、魔道士エイボンと名乗った彼に通されたのは、闇に包まれた大洞穴の中だった。闇というが明かりが全くないわけじゃない。そこかしこに、発光する不可思議なキノコが群生していて、それが幻想的な光を放つ。
この光には見覚えがあった。昔ミウ姉と過ごした
カサカサ、カサカサと節足がうごめく音。
ゴポゴポと泡立つ不定形生物の息遣いも聞こえる。
洞穴に入ってすぐ感づく。ここにはたくさんの深淵の生物がいる。
嵌められた? 罠か? そんな思考が浮かぶ。
「アサヒ心配はいらない。彼らはツァトゥグア様の眷属と、友人たちだ。今は我が主の好意によりてここに避難している。彼らは敵ではない」
エイボンはそういうが、俺は泡立つ不定形生物が気になってしょうがなかった。見た目は粘性の強い泥の塊だ。泡立ち形を変えながらうごめく。ショゴスにも似ているが、透明度が低く、黒い。
どこか愛らしいショゴスたちよりも、機械的な繰り返しがあまり知性を感じさせない。そして、その動作形態には見覚えがあるのが問題だ。
これは、
「彼らはツァトゥグア様の無形の落とし仔。ヤツ――無貌のナイアの撒くものとは別種のものだ。味方だ。であるから、アースを収めるのだ」
当たり前のように俺の思考を読みとっているらしい。信用はならない。だが、
グハァアア――と。
彼の後ろに控えたツァトゥグアが大きなあくびをした。眠そうな目。確かに、こちらへの敵意は感じない。暗黒の洞穴のただなかにあって、その存在感は格別だ。奴がその気になれば俺達など一瞬で死ぬ事になる。あらゆる点でここで争うのは得策じゃないと知れる。
「お師匠さん……、こんなに近くに虚神が……」
「私たち、どうなるんですの」
後ろで怯えているマツリカちゃんとシノンちゃんを守る必要もあるし。
「――わかったよ。だが変な事はしないでくれ」
エボン神父――。チームのリーダーだった彼がなぜ
「そうでぇすな。信用したからではありませぇんよ。そのナイアルなんとかの事も含めてさっさと白状するのでぇすね!」
もともと俺達には情報が足らなかったから。
それを教えてくれるというのならば好都合だ。
「よろしい。すべて信じよとは言わない。私とて前世の記憶を取り戻すまで、かような運命にあるとは思わなかった。――おそらく、星辰揃う時が来たのだろう」
「じゃあ、まずはあんたの事だ。エイボンって名乗ったよな? エボン神父じゃないのか?」
「私は今でも、エボン・
エボン神父だったころの彼はいつでも不機嫌そうだった。
だが今の彼は、当時に比べる穏やかな表情をしていた。
「遥か遠い昔。北極海の近くに凍てつく氷に閉ざされる前に栄えた国があった。私はその地で少しばかり名の知れた魔道士をやっていた。名をエイボン。ツァトゥグア様の信奉者、魔道士エイボンだ。その記憶がよみがえったのだよ。そのころツァトゥグア様ほか、虚神と呼ばれている神々は地上にいた。有史以前の太古の世界だ。トラペゾヘドロンに封じられる前の話だ」
「トラペゾヘドロン……、幻想器たちの記録にある名だよな。イスの民が作ったとかいう。
「その通りだ。あれは一種のシェルターだ。
「……じゃあ、今この状況は、そのトラペゾヘドロンから虚神たちが地上に侵攻してきているってことなのか?」
「否。虚神と呼ばれる神々は、トラペゾヘドロンでの暮らしに満足していた。深淵は地上よりもはるかに広く、安定した大地だ。もともと住んでいたイスは滅びてしまったが、最初から敵対していたわけではない。イスの滅びは必然だった。イスも後継である、人類を地上に残すことで納得し滅んだ」
「歴史の授業はいいよ。俺達に必要なことだけ教えてくれ」
「くくくっ、すまないな。ついつい長話になってしまう」
――外なる宇宙からやってきたものがいたのだ。
エイボンの語りが、一段トーンを落とした。
「それは、次元の壁を破りやってきた。2年前、私たちも見ただろう。黒い泥の核。あれこそが種子だ。あそこから外なる神が増殖を開始した。そしてそれは今や深淵の大部分にまで広がり、地上へ至ろうとしているのだ。深淵にいた神々は、今浮足立っている。ツァトゥグア様と中心とする、大地の神々――すなわち深淵の蜘蛛【アトラク=ナグア】、白き幼虫【アイホート】それから我が主。怠惰の王【ツァトゥグア】の三柱は一時的に深淵からの退去を決定した。今はこの地に暗黒神殿を築き潜んでいる」
少し前に、ツァトゥグア様と交戦したらしいな。と笑いながら言う。
「忘れ物を取りに来たついでに、その辺にいたモノどもで食事をしていたら殴られて驚いたと言っておられたよ」
ともかくだ――とエイボンは声を張り上げる。
「
ナイアルラトテップ――。
「それが、敵の名なのか」
「そうだ、アサヒ。宇賀原ミウの仇だ。我々の倒すべき敵だ」