京都地底湖は玄室まで黒い泥にまみれていた。
元は美しいダンジョンだったはずだ。深層地下水脈はあくまで透き通り光を反射する。景観が良く人気のスポットだ。
だが今は汚染されている。ヘドロのような匂いが充満してあちこち崩れてさえいる。泥は地下水脈を通り街に流れ出たらしい。
「まったく酷い状態ですねぇ」
「見る影もないな」
「本当にぃ
「……ドクター、
「ええ、たのみますよぉ」
ドクターは青い顔で地面に転がっていた。
チクタクマンの妨害は、核ミサイルを消し飛ばした直後に止んだ。
まだ周囲に泥は満ちているのだが、今のところ動き出す様子はない。
これで迷宮の全機能が止まる。深淵からの道も閉じられたはずだ。
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-お師匠さん、これで京都の町は開放されるの? ハルちゃんが居るはずなんだけど心配だよ……
-ハルカちゃん京都にいたんだっけ
-人口多いからなぁ。何人捕まってるんだ?
-100万軽く超えてる。解放されないとヤバいな
-なぁなぁ、今更なんだが俺、京都在住。家のパソコンの前に座ってるつもりなんだけど、俺って本当に泥が化けている状態??
-そうらしいぞ。ドクターが見せてくれただろ。今京都の町、偽物が歩いてるんだよ。お前もその偽物ってわけ
-はぁ~、とてもそうは思えんわ……
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泥の中から自由にネットに接続している人間もいる。
囚われている間は眠っているものとばかり思っていたけれど、意識だけで接続を許されている? それとも泥人形が欺いているのか。
どちらにせよ、世界に異常を認識させないためだろう。
「DDDMの三間坂シィに協力を仰ぎ、現在泥の影響下にある支部に連絡を取ってもらっていまぁすがね。どこも普通に連絡がつく。でぇすが、実際に現地に行くと無人なのでぇすね……」
「街は擬態してるのに、DDDMには居ないのか」
「おそらくでぇすが、近隣都市との交流があり、都市としての機能が必要な場所は擬態が働き、自衛隊基地やDDDM支部など動いてほしくない場所は停止しているのでしょうねぇ」
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-自衛隊死んでるとか怖すぎじゃね? 戦争起こったらどうすんの
-ほかの国も同じ状態なんだろ
-この配信も同接80万人あるけど、なんにもニュースになってねーの異常すぎるしな
-異常事態なのに、異常事態と認識できないのか
-これもう、どれだけ乗っ取られてるかわかんないね
-実質滅んでんじゃんこの国
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「閉じ込められた人間は影の中にいる。ですが生活している意識はある……。とすると、囚われた人間が、『自分は泥なのか』『まだ人間なのか』自らで判断するのは、不可能でぇすね」
泥に囚われた人間が、自分自身の意思を有しているかもわからない。
操られるし、いつでも殺される可能性がある。
「結局、わからない事ばかりか……」
京都の深淵への道は閉じたものの、すっきり解決とはいかないらしい。
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-ハルちゃんは、助けられるの?
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これはマツリカちゃんだ。
視聴者の中でも特別の悲壮感がある。
「すぐには無理かもしれない。泥の本体を叩かなければ」
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-そんな……
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「仕方ないのでぇえすねぇ、泥を全部吹っ飛ばそうにも数が多すぎる。まぁ実害はないようですから、様子を見るか、寂しければ電話でもすればいいのではないでぇすか? きっと泥が彼女の意識を出してくれまぁすよ」
ドクター、それはちょっと冷たすぎじゃね。
あんた自分の仲間以外にはほんと冷淡だな。マツリカちゃんは女の子だぞ。気持ちを少しは考えてやれよ……。そう思ったらコメント欄から不満が噴出した。
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-ドクター、それは無責任ですわ。何か手は無いんですの?
-そうだそうだ。何かないのかよ
-実害がないとしても、気持ちわりぃ
-世界がヤバいことになってるのに、どうにかできるのニキとドクターしかいないんだよ
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「まぁ、無くはないでぇすけどね……」
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-なんだあるんじゃん
-じゃあその答え教えてください
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「アナタたちの持つ、革命器でぇすよ。それを量産すればあるいは……」
シノンちゃんの光の剣
この二振りは、人が作りし幻想器だ。あらゆる虚神・異獣に対して対抗できる。これを量産し、残った探索者で一気に泥を討滅するのが、そもそものドクターのプランだった。
「来月から、革命器は量産体制が整います。なので決戦はそれからでぇすね」
あとは、ひとつづつ地道に、迷宮核を閉じるくらいか。
世界中にダンジョンは数多くある。根本的な解決にならないが。
「ああ、もうひとつ、大事な仕事がありましたね。女子二人にはそれをお願いしたいでぇすね」
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-それはなんですの?
-ハルちゃんを助けるためだったらなんでもする
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ドクターはくくくと含み笑い。
そして、一転満面の笑みで。
「貴女たちには、革命器の
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「ハロー、てけりり。こんにちショゴス! 今日は迷宮でピクニックをしていくぞー」
「こんにちはマツリカでーす! お師匠が迷宮料理を披露してくれるんですって!」
「私、曽我咲シノンです! ヨロシクですわ! ええと、私はお料理はてんで駄目なので、食べる専門で食レポをいたしますわ!」
「ばはははは!! 私こそが、ドクター!! アンデルセン! 諸君らに深淵でも食べられる草花を教えてしまいますよぉぉおおお!!」
その後、俺たち4人はパーティを組むことになった。
泥の流出は止められない。とりあえず、革命器を量産しなくちゃいけないからな。
人気が出そうな動画を作り続ける。そして、生き残った探索者に広く革命器のことを知ってもらう。そして、今はそのための販促に勤しむのみ。
「みんなー! 世界を人類の手に取り戻すために――――」
「「「「来月出る革命器、買ってね!!」」」」
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「――バカなことをしている、と思っているだろうよ」
「はい。作戦成功しますかね」
「わからないでぇぇすね。ただの揺さぶりです。泥の主が私たちと同じような精神性を有しているかどうかも謎ですから」
「大本を絶たなければ、ですわね……」
俺と、ドクター、マツリカちゃんと、シノンちゃんは、迷宮【中京断崖】の淵にいた。
受信専門に設定したドローンからは俺達のふざけた動画が垂れ流されている。
意外と公表のようで、視聴率も上々だ。
あのライブに出ているのは、シィさんに紹介してもらった役者さんだ。顔と声は、配信の時点で加工されている。
京都地底湖での泥の迎撃は機械的な雰囲気を感じた。
もしかして、あの攻防に、敵の親玉の意思はないのではないか?
泥は自動で迎撃してくるだけ。本体はいまだ
敵が配信を頼りにこちらを監視しているのならばそれを逆手に取った欺瞞作戦を行い、精鋭少人数で深淵に突入。泥の親玉の首を取る。
それが、俺とドクターが立てた作戦だった。
「とはいえ、やることはいつもの、深淵行でぇすね」
数日して回復したドクターは誰よりもやる気を見せていた。
「革命器の力、見せちゃいますよ!」
マツリカちゃんは、薄墨丸の力を振るいたくて、うずうずしていた。
「こ、怖いですけれど……世界を救う戦いはアガりますわ」
シノンちゃんも、武者震いをしつつ前を見据えている。
「思い出しちまったからには、ミウ姉の仇取らなきゃいけないしな」
俺達はそれぞれ、中京断崖の裂け目へ飛び込む。
目指すは深淵。突入作戦ってやつだ。