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仕事をぶっちした俺は壊れテンションのまま最下層を目指した。
仕事をぶっちした俺は壊れテンションのまま最下層を目指した。
千八軒
現代ファンタジー現代ダンジョン
2024年10月03日
公開日
15.7万字
連載中

️このダンジョンには邪神が出ます️

斎藤アサヒは限界だった。ブラック企業を辞めよう。
そう思ったと同時に、ダンジョン探索者に戻る事を決意する。彼は5年前、深層のそのまた向こう深淵(アビス)層と呼ばれる場所を攻略する迷宮探索者だった。

引退して3年。時代は変わり今の迷宮探索者はイコール迷宮配信者だ。
慣れない配信に戸惑いながら舞い戻る。新人かと視聴者が見守る中、アサヒは手にしたスコップでダンジョンの床を掘りだした。圧倒的な速度で掘り進んでいる最中、掘り抜きついでに巨大な迷宮魔物を一撃のもとに葬り去り、美少女配信者を助けたことで、拡散されていくアサヒの初配信。

彼はひたすら掘り続けた。そして深層の迷宮核への扉を開き、迷宮の主を打ち倒した時には取り返しがつかないほどにバズり散らかしていたのだった。

「いや……、これくらい5年前なら普通……」

彼は知らなかった。探索者の常識は昔と大きく変わっていたことを。
だが、やるべきことは変わらない。深淵に戻ろう。あそこには、ヤツラがいる――。

カクヨム・小説家になろう様との併載になります

第1話 アサヒ仕事辞めるってよ

「仕事やめよ」


 そう思ったのは、朝焼けの光が差し込む早朝だった。

 昨日の帰宅は深夜遅くで、帰ってきてすぐ意識を失ったんだと思う。


 それで気が付いたらもう朝だ。

 身体中が痛いのはそのせいだろう。


「あーあ、頭もグチャグチャじゃねぇか……」


 頭をひっかきまわす。手を上げるのすらダルい。疲れなんてちっともとれていないらしい。それなのに今からまた仕事にいくのか俺よ。そう思ったら何もかも馬鹿らしくなった。


「よし、やめた」


 確か今日で18連勤目になる。もちろん休みの予定なんて無い。

 超絶ブラックな会社。毎日毎日限りなく続く労働。

 クレーム対応や、取引先へ頭を下げて回る日々。

 やりがい搾取さくしゅと、ちっとも共感できない愛社精神の強要。

 給料は少ないのに、休みも無いとはどういうことだろう!


「もうウンザリだ。うんざりだよぉ~」


 俺はつぶやきながら、押し入れを勢いよく開けた。

 スパァン! なんて音が小気味よく響く。


「辞めよう。それで、戻って探索者をやろう」


 安定したまともな職業。命の危険のない日常。そんなのを求めた日もあった。だけどそれは夢幻ゆめまぼろしだった。

 気の迷いで就職したけど、間違いだったと今ならわかる。


「ったく無駄な時間を使っちまったもんだ……、っと」


 俺はいそいそと、押し入れから荷物を取り出す。


 長い包みだ。何重に包まれている。

 布をほどいていくと、黒鉄に光るスコップが現れた。

 見るからに無骨だ。重厚で、刃の部分に厚みがあって、ギザギザなとってもヤバい外見。全長1.2メートルの柄。握って軽く振ってみる。見た目ほど重くないし、手にしっくりと納まった。


「すまん待たせた。ようやく戻る決心がついたよ『アース』」


 俺はスコップの柄部分に触れ呟いた。

 とたんに、スコップ全体に幾何学的な光の筋が走る。


 今からちょうど5年前。世界中で同時多発的に発生した【迷宮出現事変】ダンジョン・インパクト。突然出現した地下迷宮のせいで世界中の都市は大混乱に陥った。


 当時、まだ15のガキだった俺はその混乱の中にいた。地下鉄に乗っていて巻き込まれたんだ。親とも妹ともはぐれ、洞窟の中で1人泣いていた。


 地中の空洞に取り残されて3日。暗闇の中で生きようと足掻いたけど限界だった。

 もう死ぬんだと思った。だけど死ななかった。

 コイツと出会ったからだ。


『――もう良いのですか、アサヒ。私は50年でも100年でも待つつもりだったのですが』


 声が聞こえた。

 静かで落ち着いた女の声だ。涼やかで、流れるような声。目の前のスコップの柄から聞こえてくる。俺は、それを聞いて、ああなつかしいなと思った。


【土塊返し】アーススター

 俺の昔の相棒。

 世間では、魔素結晶体ジオ―ド作用機と呼ばれている道具の一種。あるいは気取って迷宮宝具めいきゅうほうぐとも。


 ダンジョンで採掘できる魔素結晶ジ・オードと呼ばれる鉱物をエネルギー源として超常の力を発揮することができる。ダンジョンを探索する探索者の唯一無二の得物だ。


「やっぱり、普通の生活なんて俺には無理だった。やっぱり俺の居場所は地底だったよ」 

『サクラには伝えなくても良いのですか?』


「帰ってから言うよ。兄ちゃん、探索者に戻るって。反対されるかもしれないけど、もう窮屈きゅうくつに生きるのは嫌なんだ」


『そうですか』

「アースは反対するか?」

『いいえ。アサヒが自分で決めたのならばよいのです』


 その時、携帯が着信を知らせた。

 どこからかは分かってる。会社だ。


『おい、斉藤アサヒ!! お前、何をしている!? お前の始業時間はとっくに過ぎているぞ! 遅刻だ!』


 遅刻? 遅刻だと? 今何時だと思ってやがる。まだ朝の6時になった所だぞ。

 こんな早朝に出社してくるこいつもこいつだが、「お前は俺より早く出社していろ!」なんて、頭がおかしすぎる。


「あー、すんません。俺、今日で仕事辞めますんで」

「ああ? 何を言っているッ!? ふざけているのか!」

 課長の怒鳴り声が電話越しでも響く。

 斉藤アサヒ。俺の名。しがない社畜だった俺の名。


 だがそれももう終わりだ。

 俺は、『ダンジョン』に戻るんだから。


 俺は無言で、アーススターの柄を撫でる。

 後押しするように、二度三度、光が明滅した。


「――課長。もう一回言いなおしますが、今日限りで仕事辞めます。後の事よろしくお願いしますね。――認めない? 前から辞めるって言ってましたよね。辞表を握りつぶしてたのは課長ですよね? 引継ぎ? 前から後任を探してくれって散々言ってたのに、動かなかったのも課長ですよね。とりあえず出てこい? はぁ――――」


 電話の向こうでは、まだ課長がわめいている。

『つべこべ言わずに出社しろ!』そう口汚く罵っている。


 あー、ヤダなぁ。

 本当は不本意ではあるけれど、しょうがないよなぁ。辞めさせてくれないんだから。


「知らない。興味ないですよ。あんたらにはもうウンザリだ。付きあってられないです。申し訳ないですがけど、これでさようならです」


 ぷつっ――と。返事も聞かずに電話を切った。


 トクトクと鼓動が逸る。だが不思議と落ち着いている。きっとここが俺の人生の分水嶺ぶんすいれい。後戻りができない事をやった自覚はある。けれども心は晴れやかだった。


「あははははは……あーあ、辞めちゃったよ。でもまぁ、ブラックだったし。ずっと辞めさせてくれって言ってたのに、辞めさせてくれないのが悪い」


『しかり。ブラック死すべし、です。アサヒよ。いざ約束の地を目指さん、です』

「だな。とりあえず深淵を目指すとするかぁ」


 新たな気持ちで俺はアーススターを握りなおす。

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