◇◆アース歴200年 6月20日・夜◇◆
「お前を魔晶石の間まで運んでやったというのに、どうして頭を叩かれなければならぬのじゃ!?」
『うっさいわ! 自分の胸に手を当てて考えろ!』
体が再生して、今日の恨みを込めてナシャータの頭にゲンコツを食らわしたが……。
まさか、食らわした俺の右腕がバラバラに弾けるとは思いもしなかったぞ。
「ん~……?」
ナシャータの奴、本当に自分の胸に手を当てていやがる。
言葉の意味をわかっていないとは……。
『まったく、体が再生したばかりなのにお前が石頭のせいで、また再生待ちをする羽目になったぞ』
「いや、待つのじゃ! そうなったのはケビンの腕がもろいせいじゃろうが! 後、胸に手を当てたが何もわからんのじゃ!」
本人は今日の事で、全く思い当たる節が無かったらしい。
ナシャータに意思が伝わっていないし、俺の右腕がバラバラになるし、骨折り損とはまさにこの事だ。
『……』
「何じゃその目は!?」
その目って、俺には目が無いんだがな。
『……気にするな』
もういいや、こいつと言い争っていても不毛なだけだし。
「気にするなと言う方が無理じゃろ!!」
さて、こいつの事はほっといて、これからどうしたものか。
黄金の剣はあの親父が持って行ってしまったし……あ、さっきのせいでコレットの鎧がへこんでいたから、今度は鎧をプレゼントすれば喜ばれるんじゃないか?
「おおい! わしを無視するな!」
となると、ここにあるのは黄金の鎧と……あのモンスター鎧か。
あのモンスター鎧は論外すぎる、あんな「者」をコレットに渡せるわけがない。
「むぅ~……」
かといって、黄金の鎧の方も重すぎるのが問題なんだよな。
これをどうにか軽くする方法はないものか。
『……そうだ!』
鎧を前と後ろに切って2つに分けて、前の部分を胸当てに加工すればいいんだ。
そうすれば、だいぶ軽くなるはずだからこれをコレットにプレゼントだ!
よし、そうと決まればさっそく行動だ。
『なぁナシャータ、頼みがあるんだが』
「……散々わしを無視しといて、頼み事とはどんな神経しておるのじゃ」
『うっ』
しまった、このタイミングで頼むのはまずかった。
ナシャータの奴、すげぇ頬っぺたを膨らまらませてやがる。
「……じゃが、今は置いといてやるのじゃ。もっと重要な事があるのじゃからな」
『な、なんだよ』
ナシャータの目が怖い。
何だ? 重要な事って。
「夕菓子を作るのじゃ! わしは腹が減ったのじゃ! こればかりは無視させぬのじゃ!」
「あ! ポチもおなかがすいた!」
『……』
そんな事かよ……。
いや、確かにそれは生き物にとって重要な事だよな。
※
「ふう~食った食った。で? わしにどうしてほしいじゃ」
腹が膨れたからなのか、ナシャータの機嫌が直ったようだ。
相変わらずだな、こいつは。
『食っている間に、黄金の鎧に線を掘っといた。それに沿って前後に切って分けてほしいんだ』
こうしておけば鎧が変に割れる事もないからな。
さすがは俺、下準備も完璧だ。
「それを割ればいいのじゃな。……しっかしクネクネに曲がっているのじゃ。ケビン、少しは真っ直ぐにしようとは思わなかったのか? これじゃと変な形で分かれるのじゃ」
『その辺に落ちていた、尖った石で線を引いたから曲がってしまったんだよ! いいから、さっさとやってくれ!』
曲がっていても後で加工すればいいんだよ!
「適当な奴じゃな……ふん! ――ほれ、これでいいか?」
おお、さすがナシャータだな線通りに割れた、まぁ切口は案の定クネクネしているが……。
『ああ、助かった』
「前を使うのか? じゃあこの後ろの部分はどうするのじゃ?」
『あー後ろか……』
後ろの部分は使い道はないな。
黄金ってだけで価値はあるんだが……ナシャータの火の魔法で溶かして何かを作るとか?
いやいや、俺は職人じゃないからそんな事出来るわけがないじゃないか。
『うーん……』
「これはまた、答えが返ってくるまで時間がかかりそうじゃな。それにしてもキラキラと綺麗じゃの……そうじゃ割った部分を少し削って……それを髪に馴染ませれば――どうじゃポチ?」
「おお! ごしゅじんさま、キラキラしてきれいです!」
ああ、もう! うるさい奴らめ!
考えに集中できな――。
『おい、ナシャータ。その髪のキラキラは何だ?』
「このキラキラを少し削って、髪に馴染ませたのじゃ。どうじゃ?」
なるほど、金粉にして髪の毛に付けたのか。
……金粉……付ける……これだ!
『ナシャータ、悪いがネバリ草を採って来てくれないか?』
名前通り粘々の粘液を持つ植物で接着剤代わりにも使われる。
研究室の資料に名前があったから、ナシャータもどんなのか把握しているはずだ。
「どうじゃと聞いているのに何故ネバリ草が出てくるのじゃ……。面倒くさいから嫌じゃ」
当然そう言うとは思った。
『あー、ナシャータ』
だがな……。
「なんじゃ、どう言おうがわしは――」
お前は絶対に動かざるを得ないんだよ。
『菓子の材料が少なくなって来てな、明日分くらいしかないんだ』
「……何じゃと!?」
ちなみに嘘ではない。
ナシャータがばかすか食ってたせいで、本当に材料が少なくなっているからな。
『材料集めはナシャータしか出来ない、まぁもう菓子がいらないというなら話は別だがな』
「うぐっ」
こいつの場合、菓子で釣れなかったことはないからな。
ほぼ確実に……。
『集めるついでに、ネバリ草を採って来てくれると助かるんだがなー』
「く~! こいつと来たら……っ! わかったのじゃ菓子の為じゃ。ついでにネバリ草も採って来てやるのじゃ」
よし! ヒット!
「じゃが採りに行くのは明日じゃ。わしはもう寝たいからな」
あーそうだった、今は夜だ。
また機嫌を損ねると面倒くさいし、そこは妥協しよう。
『わかった、それでいい』
この体になってから昼夜関係ないからな。
感覚がおかしくなってきている気がする。
「それじゃ、わしはもう寝るのじゃ。お休みなのじゃ」
『ああ、おやすみ』
そうしたら、今は俺の出来る事をするか。
眠気が来ないし、疲れないから、一晩中作業出来るのはこの体の良いとこだよな。