◇◆アース歴200年 6月19日・昼◇◆
たく、キャシーの奴め……あんなに怒るとは。
確かに合鍵を返すのを忘れていた俺も悪いけどよ、だからと言って宿の中で怒鳴る事はないよな。
他の客の目線がすんげぇ痛かったぞ。
「まあ、過ぎた事を気にしてもしょうがねぇか」
それより、何処で時間を潰すかを考えないと。
んー……そうだ、親父さん所へ行ってみよう。
頼んだ武器がどんな具合か気になるしな。
※
「ういーす……って、あれ?」
「あら、グレイさん。いらっしゃい」
親父さんの奥さんだ、いつもながら美人だなーよくあの親父さんが射止められたもんだ……。
っとそれは置いといて、奥さんが店番をしているって事は親父さんは今いないのか。
「こんにちは、奥さん。親父さんは出掛けているみたいですね」
「あっ主人なら奥の作業場にいますよ」
いるのかよ。
この時間で作業場にいるのは珍しいな、酒を飲む日以外は夜に作業しているのに。
「あなた~! グレイさんがいらっしゃいましたよ~」
《――あん? ちょっと待ってくれ》
奥から親父さんの声がした。
どうやら本当に作業していたみたいだ。
「待たせたな、今日はどうした?」
それはこっちの台詞だ。
「親父さんこそ、こんな時間に作業場にいるなんてどうした?」
「ああ、それはお前らに頼まれた物の調整をしていたんだ。コアを扱うのは久しぶりだからな……けど、今日の夜には仕上がるぞ」
お、いいタイミングだな。
「俺も丁度、それについてどうなっているか見に来たんだよ」
「そうだったのか、なら明日の朝にでも2人で取りに来い」
あー、コレットと一緒は無理だな。
「わかった。でも、明日だとコレットは来られねぇな」
「あん? どうかしたのか?」
「コレットが風邪をひいたんだよ。今は落ち着いているが後3、4日は外に出られないかな」
「コレットが風邪だと? また時期はずれな」
「あらあら、それはお大事に……ところで、そのコレットさんって女性なの?」
「ええ、そうですけど……」
この流れは。
「グレイさんのこれですか?」
やっぱり小指を上げたよ。
前言撤回、似た者夫婦だわ。
「違います! 親父さんが知っているので後で聞いて下さい。とりあえず、俺は明日取りに来るよ」
魔力の剣か……ああ、楽しみだ!
「おい、顔がにやけているぞ。コレットが風邪をひいて寝込んでいるってのに……子供か、まったく」
別ににやけるくらい良いじゃないか。
借りたことはあっても、自分で所持するのは初めてなんだし。
「そんなの関係ないだろ。とにかく、明日また来るから」
「おう。あっそうだ、サービスでリボンを付けておいてやるよ」
「あら! それいいわね!」
いい訳あるか!
「そんなサービスはいらん! ……それじゃあ!」
まったく、親父さんと奥さんときたら冗談なのか本気なのかわからんな。
「さてと、親父さんの用事は済んだが……まだ日が高いな。バザーの見回りでもするか」
何事もなければいいが。
※
「いらっしゃーい! いらっしゃーい!」
「この剣は不死のモンスターを簡単に斬れる一品だ! 今なら安くしとくぜ!」
あれは、どう見ても普通の鉄の剣だな。
いい加減あいつはバザーで販売する事を禁止させた方がいいかもしれん。
んーと……あの馬鹿以外は特に異常はなさそうかな。
「ん……?」
フードを深々と被った子供がキョロキョロと辺りを見ている……。
親らしき大人も見当たらんし、迷子か?
「しょうがねぇな、親を探してやるか」
◇◆アース歴200年 6月19日・夕◇◆
まさか迷子と思ったら、コレットの妹のマリーちゃんだったとは。
しかし、この娘は遠慮というもの知らないのか……果物屋で3万ゴールドはする最高級の果物セットを選ぶなんて。
金を出すと言ったからには後には引けず購入する羽目に……おかげでサイフが軽い軽い……。
しかも――。
「おいしいのじゃ~」
「そ、そうか……そりゃ良かった」
見舞いの物だってのに、マリーちゃんが食っちゃっている。
言葉遣いもまたおかしいし……この娘、本当にマリーちゃんなんだろうか?
「マリーちゃん、その独特な言葉使いは……」
「あっこれはその……普段は気を付けているんですけど、気が抜けると……方言! そう、方言が出てしまうんです!」
方言?
……確かに、それなら言葉使いが独特なのもわかるけど……。
「コレットから、聞いた事ないんだが……」
まだそこまで親しくはないが、今までそんな言葉を聞いた事がないんだよな。
「え~とそれはつまり~姉はめちゃくちゃ練習をしたんです! それはもう喉がかれるくらいに!」
かれるまで!?
「コレットの奴、そんな事をしていたのか」
あいつも努力していたんだな。
変な方向だけど。
「あ、先輩じゃないっスか」
この声、この臭いは……。
「何だ、お前か」
休みの日はマークと会いたくなかったな。
「――っ!?」
何だ? マリーちゃんが急に背中と尻をかき出したぞ。
「おい、どうした!?」
「い、いえ何も!」
何もって、そんなわけないだろう。
「……そうだ! わたし急用を思い出したので、急いで帰らないと!」
はあ!? また急に何を。
「いや、でも具合が悪そうに見えるが……」
「わしは大丈夫です! すみませんが、これを姉に渡してくださいなのじゃ!」
バッグを投げつけられた!
「えっ!? ちょっマリーちゃん!」
大事な物を雑に扱うなよ。
「では、頼んだのじゃ!」
猛ダッシュで行ってしまった……。
本当に大丈夫かな、あの娘。
「今のは誰っスか?」
こいつを忘れていた。
「……コレットの妹さんでマリーちゃんだ」
「へぇーコレットさんって妹がいたんっスか」
「ああ。それじゃ俺は帰るから、お前もさっさと帰れよ」
「あれ? それをコレットさんに渡しに行くんじゃないんっスか? 俺も一緒に――」
ちっ、さり気なくまくつもりだったのに。
前は仕方がなかったが、病人相手にその悪臭は駄目だろ。
「明日な、今日は色々あって疲れているんだ。じゃあな」
「なるほど、わかったっス。また明日っス!」
明日以降も連れて行く気はないがな。
さてと、コレットにこれを届けに行くか。