ギリシャ神話のハーデスは別に天空神(オリンポス12神)と敵対なんてしてませんよ。それどころかオリンポス12神の1柱としても数えられるほどです。外れる場合もあるけどね。
もうお分かりですよね。
ハーデスは中世の西欧に「魔王」に準じる扱いに落ちたのです。名誉回復は近世に入ってからです。それはギリシャ文化の再興というルネッサンスの時代です。マタイによる福音書16章18節では「ハーデス=サタン」になっていたのでキリスト教が公認された古代ローマの時代からもう魔王扱いだったのかもしれません。
ちなみに中世に入ったギリシャの神々の扱いはそれはそれはひどいものでした。
・女神アテナ→悪魔アナト
・女神アフロディーテ→悪魔アスタロト(元の出自はメソポタミアのイシュタル神のため)
・太陽神アポロン→悪魔アバドン(なのに封印されたサタンの監視役という謎悪魔)
・女神アルテミス(ヘカテー)→魔女サバトの主催神
・ハーデス→中世はサタンと同一視
・ディオニソス→バッカス→魔女サバトの主催神
しかしハーデスは隠れ兜という魔法の武具を使って巨人族を倒しゼウスの天下取りに貢献しています。この兜は勇者ペルセウスに貸与されておりメデューサ退治にも貢献しています。
豊穣の女神ペルセポネに一目ぼれして冥界に連れ去るというピュアな部分を持っています。しかも冥界でザクロを食べたために地上に戻れなくなって地上が凶作になりました。しかしなんとハーデスは……。
溺愛してるのです。
そこで神々は3分2だけ天界や地上界に戻る約束にして冬の間だけ相思相愛夫婦として冥界でイチャラブ生活を許されることになりました。これが「冬」の始まりです。番犬が居ます。ケルベロスと言います。英語ではサーベラスです。勇者ヘラクレスはケルベロスを生け捕りにするという試練を課された上でケルベロスを離しています。この話から見ても「魔王」要素は何一つありません。しかし冥界の王というだけでギリシャの神々の中ではもっとも落とされた神だったのかもしれません。
ちなみにハーデスは竪琴の名手オルペウスの音に涙するほどのピュアな王です。毒蛇にかまれて死んだ妻エウリュディケを蘇生するためです。ハーデスは「冥界から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」という条件でエウリュディケを地上に戻そうとするのですが当の本人が最後の最後で後ろを振り向きかないませんでした。この逸話からも分かる通りハーデスは「不慮の事故死なら蘇生を一回だけ許すよ」というくらい優しい冥王です。
こんな心の優しい王様を「魔王」にするぐらい中世はギリシャ文化を踏みにじったのです。なおハーデスという言葉自体が中世では冥界を意味します。なお妻ペルセポネは「魔后」という身分に落とされます。豊穣の女神のはずなのに……。
ローマ神話ではハーデスはプルートーで後のプルトニウムの語源になりました。つまり完全に名誉回復が出来なかったのです。
最後に。ハーデスはエリシオンという勇者が死後に赴く浄土も管理する王様です。当初は違いましたが『アエネイス』の時代になるとハーデスの領土になっています。ケルト神話の「アバロン島」に相当する島でマカロネシア(カーボベルデの近所)はエリシオンに由来します。我が国では「彼岸島」に相当します。カナリア諸島はマカロネシアに属しヨーロッパ唯一の熱帯地方です。マカロネシアはアフリカに属するカーボベルデ領の島もあるので比較的寒い地域に住むヨーロッパ人から見たら「エリシオン」に見えたのかもしれません。
――つまりハーデスは浄土も管理する王様だったのです。
サタンという語は本来は「敵対者」と言う意味です。しかしハーデスは人間となんか敵対していないのに勝手に中世に「魔王」のレッテルを貼られた可哀想な冥王という事はぜひ覚えてほしいと思います。なお特別な勇者(=エリシオンに行ける勇者)以外どんな人間も死んだら冥界に行くというのが本来の古代ギリシャ人の信仰です。
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ちなみに天空神の名前は
・ゼウス(ギリシャ神話)
・ユピテル(ローマ神話)
・ディアウス(インド神話) 帝釈天の父で親殺しされる
・テュール(北欧神話) 天空神→軍神にして火星の神
ということでラテン語では「デウス」でありヤーヴェの別名になりました。おかげでゼウスは「悪魔化」を避けられたのです。そしてこのことから分かるようにインド=ヨーロッパ語族は信仰でも言葉でも繋がっているのです。