加藤清正。幼名『夜叉丸』
言わずと知れた豊臣政権時代の――いや、殿下が信長様の家臣としてのし上がっていく時期から、殿下の子飼いの侍として頭角を現しておった戦国時代の武将じゃ。
でもまぁ、そこらへんはどうでもよかろう。
現代でも伝えられておる通り、豊臣政権下においてわしや吉継とは派閥違い……まぁ、やつらとは犬猿の仲だった。
んで、現代における清正は昭和に転生した殿下の政権を支えた閣僚の1人で、今となっては数少ない生き残りじゃ。
しかしわしはそんなやつらと特に関わりたくもないので、昭和の時代に権勢を奮っておった殿下の転生者の配下達とは距離をおいてきた。
この時代ともなれば昭和の一閣僚ごとき、いつでも所在を洗いだすことができる。
でもわしはそれをしなかった。
単に奴らのことが嫌いだったというのもあるが、殿下の転生者が逝去した後、やつらはごっそり綺麗に政界から消えておる。
信長様の転生者に諸々の権力を譲ったうえでな。
表舞台から姿を消そうという、そんなあやつらの意思も尊重せねばならぬし、何よりこれから表舞台に立とうというわしがやつらの余生にずかずかと乱入するのもどうかと思っておった。
だけど今回は相手から会いたいとのことじゃ。
しかもその清正は齢90を過ぎ、その体も立ち上がるに苦労するどころか、寝たきりの状態だという。
夜叉丸――何を思って、わしを呼び出したんじゃろうな?
「……」
東京から熊本まで飛行機を使い、熊本空港からはタクシーで清正の屋敷へと向かう。
途中熊本城の脇を通るようタクシーの運転手さんに依頼し、わしは熊本市街から北西に望む山々の中腹へと向かった。
その途中に運転手さんが現在の熊本城の情報を――特に熊本地震による被害とそれからの復旧具合を教えてくれた。
とはいえ、わしは無言で窓の外を見るのみ。
しばらくするとわしの反応の薄さに運転手さんが観光案内を諦め、車内には沈黙が広がる。
そんな沈黙が10分ほど続き、その後車の車窓から100メートルほど離れたところに熊本城が見えた。
わしは慌てて窓を開け、思わず口を開く。
「ふーん。なかなか立派な物を作ったな……」
今は無き佐和山城と比較してしまったわしが不機嫌な表情を浮かべ、運転手さんはそれをバックミラーで確認したのじゃろう。
わしの発言も少々難解だったため、わしの言を受けた運転手さんが首をかしげながら問うてきた。
「やっぱり車を停めましょうか? 降りて少し観光でも?」
「いえ、いいです。そのまま目的地へ……」
「かしこまりました」
そしてタクシーは速度を落とすことなく、熊本市の西区とやらへ。手紙に書かれておった住所には、どうやら有明海を一望できるような屋敷があるらしい。
城の脇を通過してからおよそ20分の移動を済ませ、わしはその屋敷へと到着する。
いかにも地元の権力者が住んでおるって感じの広い純和風づくり。とはいえそんなに古い建物でもない。
そんな屋敷の門の前でタクシーを降り、わしは門の両隣に立つ警備の者に伝えた。
「石田三成じゃ。清正への取次ぎを頼む」
「お待ちしておりました。どうぞ中へ」
そして屋敷へと促され、わしは足を進める。
ちなみに今回の呼び出しについて、わしは部下や警備の者を連れてきてはおらん。もちろん吉継たる勇殿もじゃ。
清正から三成へ。
夜叉丸から佐吉へ。
手紙の本文にはあえて幼き頃の呼び名が用いられておった。
さすれば……なんとなくじゃが、ここで無粋な争いが起きるようなことはなかろう。
そしてたとえそんなことが起きても、今のわしは――この時代における石家光成は、20や30の敵に囲まれても無事に逃げ切れる自信がある。
それゆえの単独行動。
一応武威センサーは広げてはおるが、この屋敷にはこれといった強い武威反応はない。
いや、むしろ武威の反応はただ1人。長い廊下の先にある12畳程の和室から。
その部屋の前で案内係の者が立ち止まり、静かに襖を開ける。
「石田三成様がお越しになられました」
「おぅ……」
力ない声が返ってきて、促されるままにわしも中へ。
和室の部屋の奥側には大きな窓があり、その向こう側から有明海に反射したお日様のまぶしい光が差し込んでくる。
そんな部屋の中央で、小さな背中を震わせながら座椅子に座る老人が1人。
その隣にもう1つ似たような座椅子が置かれておったので、わしもこれといった挨拶もなく、無言のままにそこへと座った。
案内役の者が退室し、年老いたその男がわしに話しかけてきた。
「よく来てくれた」
「あぁ、ちょうど予定に隙間があったからな」
「そうか。お前もたいそう忙しい身。逆にあえて時間を作ってくれたのだろう? すまぬことをした」
「気にするな。気分転換の旅行じゃ」
まずこんな感じじゃな。数十年ぶりにあったような……それでいてつい最近まで豊臣政権下での権力争いをしていたような……。
そんな不思議な懐かしさを覚えるわしらの会話の始まりは。
「起きていて大丈夫なのか? 信長様からの情報によると、ずいぶん前から寝たきりだとのことじゃが?」
「あぁ、今日は体調がいい。この景色を見れば、さらに気分もよくなる」
ここでわしは隣を見る。
うっすらと清正の雰囲気を匂わせるその老人は、やはり清正本人なのだろう。
いや、自分でも何を言っておるのかわからんけど、そのうっすらとした気配が間違いなく清正なのじゃ。
なのでわしは現世の清正の姿を軽く確認するだけで、再度目の前の光景に視線を戻した。
「そんなたまではなかったじゃろうに。おぬしもずいぶん老いたな、夜叉丸よ」
「お前の方こそ、ずいぶん若返ったな。その姿も……そしてこの国の果ての地まで伝わってくるお前の活躍も……」
「ふっ。その伝わりの速さこそがこの時代の象徴じゃな。情報の伝わり……それがかつての時代に比べ……いや、その後の江戸や明治・大正など近代に比べてもずば抜けておる」
「ふむ。いい時代になった」
「そうじゃな。いい時代じゃ」
……
「でもそれも永久(とわ)の安寧とまではいかん。かつての殿下が……栄華を誇った豊臣政権があのようなことになった。佐吉よ、お前も気をつけよ」
「ふっ、何をわかりきったことを……今わしらの勢力は必死に安定と発展をもくろんでおる。それも世の不安定さをわかっておるからこそじゃ」
「そうだな。お前はいつもそういうとこに気づく」
「どうしたのじゃ? 老いぼれめ。先が短くなったのを自覚して、善行でもしたくなったのか? 今さらわしを褒めても、わしはそう簡単にはおぬしたちを許す気はないぞ?」
「あぁ、わかっている。でも……それでもわしはお前に会いたかった。この時代の佐吉に……」
「そうか」
……
「なぁ、佐吉よ?」
「なんじゃ?」
「わしは間違っておったのじゃろうか?」
……
……
「そんなもん、わしに聞くな」
「じゃあ誰に聞けばよかったのじゃ? 関ヶ原で徳川殿を勝たせてしまったことで、あの方は……いや、あの男は豊臣家を滅ぼした。
むしろその前からじゃな。あの男を好きにさせ過ぎた。ゆえの結果じゃ。
市松もわしも、結局後悔の念は消えずじまいでこの世を生きてきた」
ちなみに市松とは福島正則の幼名な。
清正同様、昭和の時代に生まれ、殿下の政権を支えた後に割と早く死んでおるとのことじゃ。
「知らん、そんなこと……」
「ふっ、そうか。お前も答えを出してはくれんか……」
「あぁ、わしらはあの時代、必死に生きた。生きて生きて、殿下を天下人になるまで支えた。
それを歴史がどう評価しようが構わん。わしらの生き様なんてわしら自身にしかわからんし、そう思うしかないのではないか?
今の世の民たちは好きにあれこれ評価すればよい。それが歴史に名を残したわしらの宿命じゃ」
「ふむ。そういうものか」
「あぁ、そうだと思っておる」
……
「ときに佐吉よ」
「なんじゃ?」
「弟は大丈夫か? あの家康ぞ?」
「あぁ、それなら心配はいらん。わしがいずれ天下を取り、それを弟に譲ろうとも考えておる」
「そうか。変わったな、お前は……」
「あぁ、変わった……のだと思う。いや、それも後世の民どもが今のわしを……わしらをどう思うかによるのかもしれん」
……
沈黙が多いな。
でも海を見ながらかつての友と語る。これもなかなかに心地よい。
たとえそれがあの清正だとしても、じゃ。
と思っておったら、清正が突如話の流れを切り替えた。
「のう、佐吉よ。あくまでこの世は人と人とが紡ぐ世界なんじゃ」
「あぁ、それはわかっておる。現代に産まれ出でて、なおさらその大切さが身に染みておる」
「そのようじゃな。久しぶりに会ってみて驚いた。お前の表情がそれを物語っておるんじゃ」
「気持ちの悪い褒め方をするな」
「まぁ、そう怒るな。ここに来る途中城を見たか? あのような城を造っても、その価値はあくまでそこに集う者どもの関係。城なんてたかが城じゃ」
おぬしがそれを言うな。
でも……
「重要なのは人と人との関係……それをもって城と言えよう」
「あぁ、一理ある」
「んで、お前はこれからどうするつもりじゃ? 信長様に……そして叉左殿とも繋がっておると聞く。
やはり目指すはこの時代の政の頂点か?」
「あぁ、そうなるな。いや、そうせねばなるまい。それこそがわしがこの時代に生まれた意味。そう思うておる」
「人材はどうじゃ? お前の周りには相応の人材が集まっておると聞くが、十分か?」
「いや、確かに有能な人材……しかもかつての時代にわしと近しかった者も多くいる。しかもそれぞれが有名な武将の類であり、閣僚をゆだねるに足る人材じゃ。
でもまだ十分ではない。特に事務方の人材が足らんな……」
「そうか。やはりな……でも、それならばこれをお前に預ける」
そう言って、清正は数枚の紙をわしに手渡した。
突如渡された不思議な書類に目を通してみれば、そこには数十人にも上る人名やそれぞれの住所、そして連絡手段などがリスト化される形で記されておった。
「この者たちは?」
「かつて殿下が総理大臣だった時代に、その下で働いておった者のリストじゃ。
その中でも優秀で、かつ当時20代から30代だったものに絞っておる。数人は事故や病気で死んでおろうが、今現在、大多数はまだ60代から70そこそこといったところか」
「ほう。それはすごい。というかなぜこれをわしに?」
「その者たちを集めよ。選挙から議員活動、そして入閣から政権運営に至るまでの流れを全て把握し、さらにはあの時代の殿下の教えを叩きこまれておる。
殿下が政界を引退するときにわしが作成したものじゃ。しかしながらその後釜に入った信長様には使いようがない。
わしとしてはあくまで豊臣政権を繋ぐ者に渡したかったんじゃ。
今のお前はまさにそれじゃ。これを渡しておきたかったんじゃ」
「ふっ。さすればこれはありがたく頂いておこうぞ」
「うむ、そうするがよい。
そこに載っておる皆によろしく言っておいてくれ。
皆、忠誠心高く、おぬしの秘書や事務官として働かせれば、政治集団としても一流になる」
「あぁ、わかっておる。政権運営にはこのレベルの人材がこの規模で必要じゃ。
とはいえ、それを1から集めるのをどうしようかと悩んでおったところじゃ。
でも、それをおぬしから……これ以上嬉しいことはない!」
「うむ、この世はあくまで人と人が紡ぐもの。それを忘れるな」
「そうじゃな。今まさに身をもって知ったわ。これこそまさに人と人の関係が作り出す城。
おぬしの築城技術とも言えようぞ」
「そこまで喜んでもらってよかったわ」
「あぁ、非常に助かる」
そしてわしはそのリストを背負っておったリュックに入れ……
でも、旧友との懐かしい会話もそろそろ終わりじゃ。
次の瞬間にわしが察知したのは、目つきが鋭く変貌した――そんな清正の表情の変化だった。
「のう、佐吉よ?」
「なんじゃ?」
「お前の手で、今のわしを殺してはくれんか? それがお前に対するせめてもの償いだと思って。
お前がわしを殺めたのを周囲の者が確認し次第、地元の警察と医者に連絡させる手はずとなっておる。
でも死亡予定は3日後。お前の罪にはさせないし、わしの妻や子たちも承知の話じゃ」
……
……
いや、清正がこたびわしを急に呼び出した理由というか、そこに何らかの覚悟があるような気もしていたのは事実じゃ。
でもまさかそんなことを……?
いや、でもこれも武士としての覚悟。武士の在り方とも言える強い意志じゃ。
さすれば……
「……くだらんな」
……
「え?」
「そんなもの、くだらんと言っておるんじゃ。清正よ。おぬしこの時代で何を学んだ?
かつての武将じゃあるまいし、己の死をもって償おうなどと、そんなのくだらん価値観そのものじゃ」
「くっ、そうきたか。お前はそんなことを……」
「あぁ、1秒でも長く生きよ。それこそがこの時代の覚悟でもある」
「わかった。とはいえ、この体がどこまで持つか……今日か明日か……このままここで普通に息絶えるのか……」
うーん。ここで……この部屋で普通に死ぬのは嫌と申すか。
でも……ならば……
それぞれが満足するまで目の前に広がる海を見つめ、ふとした瞬間にわしは口を開いた。
「いや、いいこと考えた。おぬしの城を観に行きたい。清正よ? これからわしと一緒に城を見に行かんか?
さっき遠目に軽く見ただけだったから、じっくり見てはおらん。だからおぬしの観光案内がてら城を見るのも悪くはなかろうぞ」
「え? あ、え?」
「いいから行くぞ。準備をせよ」
「……わかった。部下を呼んでくれ。準備をさせる」
「あいわかった」
短いやりとりながらもわしらは城へと赴くことにし、わしが部屋の外に待機しておった清正の部下に声をかける。
とはいっても寝たきりの老人が簡単に外出の準備などできるはずもなく、数人の者たちが着替えやら車いすやらを用意し、わしらは介護者用の福祉車両と黒塗りのセダン数台に別れ、車列を連なって熊本城へと向かった。
んで20分ほどの移動をこなして、わしらは熊本城の二の丸駐車場とやらに到着した。
わしはセダン車を降りてすぐに福祉車両へと向かい、清正の座する車いすを預かる。
「すまないな」
「気にするな。死にぞこないのジジイの介護をしておると思えば問題ない」
「かっかっか。死にぞこないときたか。それは確かに……くっくっく」
この地で清正に会って以来、初めて冗談のようなものを言ったな。対する清正も初めて笑いおった。
なのでわしは城に向かって車いすをゆっくり通し始め――ってここで清正の部下がそれを制止しやがった。
「なんじゃ?」
「いえ、今日は観光客も多く、城は段差や勾配がありますので。ここで……」
清正の体を心配してのことじゃろう。
でもそんな部下の制止は、清正本人が止めさせる。
「わしのことなら大丈夫じゃ。お前たちはここで待て。わしら2人で行ってくる。“行けるとこまで”な」
「はっ、それは失礼いたしました」
こんな感じで黒づくめの部下たちが待機を命じられ、わしは再度車いすを押し始めた。
本丸に向かって進むごとに、徐々に城の全貌が見えてきて、そして清正は機嫌よさそうに言った。
「どうじゃ? 見事じゃろう?」
「うむ、そうじゃな。うらやましい」
だけど清正による自慢とも受けとれる言はそこまで。
「お前も……もしお前が関ヶ原で勝っておったなら、さらに壮大な城を築いたじゃろうな。
その際はわしが築城することになったじゃろう」
「あぁ、そうじゃろうな。まぁ、わしは佐和山でも十分満足しておった……ような気もする」
「ふっ、確かにお前はそういうとこがある。あくまで豊臣の一家臣としての自覚……。
でも城とは造らせたものの権威も象徴する」
「うむ。それもわかっておる。さて、かつてのわしが関ヶ原で勝っておったなら、どっちの判断を下すか。それはわし本人もわからん」
「権威も権勢も興味なし。ただ実直に政治を司る。それこそが石田三成か……」
「まぁ、お前がそういうのならば、わしはそうなのじゃろう。かつてのわしは……」
そんな昔話をしつつ、わしらはさらに城の奥へと。
途中階段やら坂やらが現れたけど、わしが両腕に武威を込め、周囲の民たちにばれない程度に車椅子を持ち上げてやったりもした。
その武威を感じ取り清正は「うーむ、いい武威じゃ。現世に産まれ出でて、なお腕を上げたな?」などと言ってきたが、法威に関しては説明が面倒なので伝えておらん。
「あぁ、この時代も争いごとばかり……わしもいくつか死線を超えたからな」
と適当に誤魔化しつつ、わしらはそのまま車椅子で天守閣へと到着した。
人気を気にしながらもわしは車椅子ごと清正を持ち上げ、階段を上る。
「うむ、ここから見える景色が一番良いな」
清正が嬉しそうに呟き、わしも目の前に広がる景色を楽しむ。
「まぁ、その……流石じゃな」
「ふっ、佐吉よ。褒めたいなら素直に褒めるのじゃ。だけどな……」
「ん?」
「歴史とは人が繋げるもの。それに比べ、城とはしょせん城。それ以外の何物でもない」
だからおぬしがそれを言うなって。
「そういうものか?」
「あぁ、戦国の世では人を守り、その後の平穏な時代においては行政の為の施設でしかない」
「でもこの城は戊辰のときの近代戦においても役立ったと聞くぞ? 西郷隆盛とかいうやつが率いた武士ども――士族といったか? そやつらの攻めに耐え抜いたとか?」
「かっかっか。それはわしにとっても自慢話じゃ」
「うむ」
「まぁ、その西郷隆盛が城攻めを苦手としておったのじゃろう。わしが士族を率いておったならそうはならんかったかもしれんぞ」
「城攻めが……苦手……? そんな視点も面白い。おぬしは……いや、あの時代の武将は幾多の戦場を駆け回り、城の弱点や急所もすぐに見つける。
いや、逆にそれを知っておったからこそ、おぬしはこのような攻城に難儀なものを……」
「あぁ、お前のように城攻めを苦手とする者には到底攻め入れようもないじゃろう……? ふっ、忍城のように!」
ここでそれを言うかぁ?
いや、小田原攻めの際、わしだけ担当された忍城を攻めきれなくてめっちゃ恥かいたけども!
でもな、恥をかいたというか、恥をかかされたというか。
「それは言うな。あれはわしも水攻めは無理だと殿下に言ったんじゃ。なのに殿下が無理やり……」
「あっ、そうなのか?」
「うむ、まぁ……その後のことも考えて、あえて城は落とさないことにしておいたんだけどな」
三成は戦が苦手。ゆえに日の本を統一した後の明攻めには加えない。
でも政(まつりごと)には明るい。
ゆえに領地も大陸に近い九州への移封ではなく、政(まつりごと)のしやすい大坂の近くに。
というのがわしの描いたあの時代の計略じゃ。
まぁ、そのせいでわしは文治派などと組み分けされ、明攻めで苦労したこの清正たちと後に袂を分かつ原因にもなったが。
それに結局わしも明攻めに駆り出されたし……後方支援だったけど。
しかもそれも原因で……いや、今はそんなこと考えるのやめようぞ。
「そういうことだったのか。それならば……うむ。お前のその判断は正しかったのかもしれん」
ほらな。
今さらながらに打ち明けるあの時代のわしの思惑。
でも切れ者の清正は短いわしの言で、それをすべて悟ったようじゃ。
「わしらは朝鮮半島で地獄を見た。でもあの戦場から生きて帰れたのはお前のおかげでもある」
「ふっ、やっと感謝の気持ちが沸いてきおったか? でももう遅いわ。それに……今さらあの時のことをあれこれ言っても仕方あるまい。
この話はやめようぞ」
「うむ、そうじゃな。それに……」
「それに……? なんじゃ?」
まずは突如激しく咳こんだ清正の異変。
「げほっ、げほっ……かはっ! はぁはぁ……げはっ!」
久々の来客に、久々の外出。
相当に無理をしておったのじゃろう。
でもそれをさせたのはわしじゃ。
そしてもちろん、その意図は清正もしっかり理解しておる。
「大丈夫か? 流石に体にこたえたようじゃな。そろそろ屋敷に戻るか?」
一応清正の背中などをさすってみたりしたが、やつの咳は止まらん。
というか、そろそろ“その時”が来たようじゃな。
「いや、ここでよい。げほっ……さき、ち……?」
「おう、なんじゃ?」
「ここまで……かはっ……連れてきてくれて、ありがとう……」
「気にするな。ただの気まぐれじゃ。久々に気持ちのよい、ただの気まぐれ……」
そして最後は消え入りそうな清正の声も。
「すまなかった……」
「それも気にするな」
……
わしが意味ありげに言を返し……その最中にも清正の体から武威の反応が徐々に消え去る。
日は傾き、黄金色の光に照らされた黒づくめの城の天守。
その頂で、清正を名乗るその男が息絶えた。
3日後、東京に戻っておるわしのもとに、1人の老人の訃報が事実より少し遅れる形で舞い込んできた。