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支城の壱




 歌舞伎町を後にし、わしは中野区へと戻ることにした。

 移動手段は徒歩。電車やタクシーさんで移動してもよかったけど、なんだか歩きたい気分じゃ。

 この頃には二日酔いに侵されていた体も、武威と法威による回復効果で無事に全快。


 次は誰を頼ろうか? ふっふっふ。この石田三成を舐めんなよ。そう簡単には諦めんぞ。


 などと、いろんなところへの反撃も含めて今後の計画をにやにやしながら思考しておったのじゃが、そんなわしの姿をすれ違う民たちがチラチラ見てくる気がする。


 まぁ、今は一般の民どもに構っておる暇はない。


 とその時、突如わしのスマートフォンが着信音を鳴らし、わしはゆっくりとそれを手に取った。


 着信相手、クソババァ。


「寺川殿ッ! おい、よくもはめやがったな!? つーか姿をくらませやがって! 今どこじゃ!? おいっ!」

「アハハハハハハ! 怒ってる怒ってる!」

「あた、当たり前じゃ! 今どこじゃ!?」

「今? ん? 私、マンションに戻ってきてるけど?」

「よーし、わかった。今からそっち行く! すぐ行く! 覚悟しとけ!」

「すぐって言われても……あなた、新宿の方から徒歩でこっち帰ってきてる途中でしょ? 時間かかるでしょうに。

 あっ、でも人目に付くから、今は武威の移動はだめよ!」


 あれ? 何でわしの居所が?


「ん? そうだけど……なんでわかんのじゃ?」

「あなた、そこらじゅうの一般人からスマフォで写真撮られてるでしょ? みんなSNSに上げてるから、軽くバズってるのよ!」


 ちっ、確かにわしはさっきから道行く者どもに注目され、スマートフォンのカメラも向けられておる。

 だけど今のわしにとってそんなことはどうでもいい。


 契約の解除を助力してくれそうな人物を頭の中で探し続け、それとは別に寺川殿の居場所を調べ上げて、軽く顔面に一発。

 それぐらいは許される状況だし、そんな復讐を想像してにやついていたんだけど、ここで寺川殿から思わぬ一言が入った。


「結構いい神戸牛が手に入ったの。ふっふっふ。A5ランクよ。

 さっき明兼ちゃんと清美ちゃんが来たから……あの2人はもう長野に戻ったけど、渡しておいたわ。勇多君も清美ちゃんと一緒に2、3日長野に行くって言っていたから勇多君にも……。

 んでジャッカル君たちはこの週末遠征だから無理だって言ってたけど、他にもいっぱい残ってるからあなたは華代ちゃんに声かけて、食べに来なさい。あっ、あと康高君もね!

 ふふっ、今夜はステーキパーティーよ!」


 神戸の……牛さん……じゃと?


 しかもA5?


 この国最高峰のお肉さんやんけ!


 いや、待て待て。

 そんなことがありうるか……?


「くっ……」


 もちろん、わしは今もなおあのタワーマンションでたまに行われるすき焼きパーティーには足しげく通うておる。

 その際は松坂や近江を名乗る牛さんたち……その他にもこの国の名高き牛肉さんたちが、容赦なく鍋に入れられてきた。


 もちろん旧知のメンバーも予定が合えば我先にと参加し、わしなんて前回のすき焼きパーティーでは三原と一緒に酒を酌み交わしたりなどしておる。

 なので寺川殿からのこういう誘いも日常茶飯事じゃ。


 でも……


「おぉ、それはすごい! 行く! わし昼食まだじゃ。だから今から行く!

 寺川殿? 用意しておいてくれ!」



 食べ物に釣られるわしがいと憎い!



 でも……でも……!

 こんちくしょう! さすがのわしも神戸の牛さんには逆らえないんじゃ!



「おっけー。でもあなた、本当に写真取られまくりだから、タクシー捕まえてうち来なさい。

 その方が早いし、一般人に見つかりにくいわ」

「おう、わかった! ではでは!」

「はーい。それじゃ後でね!」


 そしてスマートフォンを操り通話を切る。

 すぐに華殿に連絡し、野球の練習中であろう康高にはメッセージアプリにて説明しておいた。


 んでわしはきょろきょろと周りを見渡し、道路を走っていたタクシーさんに手を挙げる。

 20分ほどの移動を経て、わしは親しみ深き例のタワーマンションへとやってきた。


 1階のオートロックはすでに教えられている番号を入力して通過。玄関は鍵がかかっておらんかったので、そのままの勢いで扉を開き、わしは三原家へと無事に侵入を果たす。


「じゃまするぞ!」

「光成おにいちゃーん! いらっしゃーい!」


 まず最初にわしを出迎えてくれたのは三原と寺川殿の子息である暁光。

 わしによく懐いてくれており、わしも靴を脱ぐや否や廊下に膝をついて両手を広げる。


 んでそんなわしの胸に暁光が飛び込み、お互いを強くむぎゅーって抱きしめる。

 ここまではいつもの挨拶じゃ。


 でも、この時の暁光はいつもと一味違った。


「光成おにいちゃん。昨日は大変だったね。よーしよし……」


 わしの耳元でそのように優しく話しかけ、これまた優しい手つきでわしの頭を撫でる暁光。

 もうさ、天使か? と。

 思わず号泣しそうになってしまったわ。


 さすれば、このような天使を無事に現世に産み落とした寺川殿を責めるのは止めようぞ。

 暁光をこのような子に育てたその功績も含め、クソババァの罪はたった今浄化されたんじゃ。


「うぅ、暁くーん……」

「おぉ、よーしよし。大丈夫だよぅ。光成おにいちゃんなら絶対大丈夫。

 いっぱいゴール決めて帰ってきてね! ダイレクトボレーを……」


 いや、待て!

 6歳のわっぱがそんなこと言うか!?

 百歩譲って、暁光が少年サッカーのクラブなどに通うておるなら話は別じゃ。

 でここのわっぱは三原の影響を受け、野球のチーム……そう、わしや勇殿、そして華殿が在籍したあのチームのメンバーじゃ。

 なのにここで突如大して詳しくもないサッカーの専門用語を!?


 ちっ、こやつも寺川殿の差し金か……!


 でも……ちっくしょう。

 暁光の優しい抱擁とナデナデ、そして耳元でささやく可愛い声色で……くっ、これには抵抗できん!

 というかわしの怒りの方が浄化されてしまったわ。


「うぅ……うん、がんばるよ。おにいちゃん、いっぱいゴール決めるね」

「そうだね。光成おにいちゃんなら絶対に大丈夫……おー、よしよし……」


 かくしてわしの心は見事復活。

 なんか寺川殿の手の上で見事に踊らされておるような気もするけど、ここでその本人が廊下の奥から姿を現した。


「ん? 佐吉? なに泣いてんの!?」

「やかましいわ……! 邪魔すんな!」

「あはは! 気持ち悪ッ! まぁ、さっさと入ってきなさいな。ステーキと……あと炊き立てご飯もあるわよ!

 こういうの好きでしょ?」


 ぐぬぅ……なんという完璧な流れ。

 さすれば仕方あるまい。


「よし、暁君? 行こっか!」

「うん。ご飯食べよ! 美味しいお肉があるんだよーぅ!」


 これにてわしの怒りは完全消滅。暁光と手をつないで廊下を歩き、勝手知ったるリビングへと乗り込む。


「おーぅ、光成。災難だったな」


 まずはわしの入室に気付き、三原がほろ酔い顔で挨拶してきた。

 というかあの三原が真っ昼間から飲酒?


 と一瞬思ったけど、神戸牛が並ぶ食卓とあればそれも仕方ないな。


「おう、災難というか災害というか……まぁ、人災だけどな」


 その時にはテーブルに美味しそうなステーキを運んできた寺川殿をちらりと睨みつつ、わしはいつもの席へ。

 やっぱちょっと寺川殿に釘を刺しておこうと思ったのじゃが、相手はその威嚇をさらりと受け流し、わしの前に美味しそうな神戸牛を置いた。


「ん? 何のことかしらね! それより早く食べなさい。熱いうちに……!」


 まるで自分の罪をこれでなかったことにしろと言わんばかりに、じゃ。

 でもこんな極上の料理を目の前に出されては仕方あるまい。


「では、いただきます」

「僕もー! いっただきまーす!」


 わしは静かに両手を合わせ、隣では暁光が元気に挨拶を発する。

 そして数秒後……わしの味覚は限りなく意識の果てへと旅立った。


「うまい……」


 野暮な食レポなど無用じゃな。

 それほどまでに美味い。


「そうだね。美味しいね!」


 暁光も満足そうにもぐもぐと咀嚼し、わしら2人はすでにステーキを食べ始めておった三原、そして少し遅れて食卓に混ざった寺川殿と極上の時間を楽しむ。

 途中、三原からとある有名酒蔵の大吟醸をお酌され、わしの味覚はさらなる高みへと向かった。


「あぁ、いい昼じゃ」

「ふっ、昨夜とは大違いか?」

「当り前じゃ! あんなこと……三原? 普通、人生にあんな事件が起こると思うか?」

「いや、我々の人生そのものが普通じゃないから、まぁ……そういうことも起きるだろうさ」


 などとお互いの猪口に酒を酌み交わしながらも食を進め、わしは久しぶりに平和な時間を過ごす。


 と思ったんだけどさ。


 ピンポーン。


 突如来客を伝えるインターホンの電子音が鳴り、寺川殿が立ち上がった。


「ん? 来客か? 華殿や康高ならまだ来ないはずじゃ」

「そうなの? でも……今日は他に誰も来る予定は……」


 だけどこういう時に登場するのがあのお方な。


「くっくっく。いい肉が手に入ったから持ってきてやったぞ、ねねよ」

「あら、信長様。玄関は開いてますよ。どうぞ入って入って。今、佐吉もいますから」


 えぇ? 信長様!?


「おぅ、久しいな、サルの小姓よ。それに義仲も健在そうで何より」

「はっ、ははーッ!」

「おぉ、よく来たよく来た。ちょうど宴をやっていたところだ。とりあえずはそこに座れ」


 ものすっごい普通にリビングに入って来た信長様に対するそれぞれの対応は、やはりそれぞれじゃな。

 笑顔で信長様を迎える寺川殿。

 即座に姿勢を正し、そして頭を床につけるわし。

 特に驚くこともなく信長様を手招きし、空いている席に招く三原。


 だけどわしがここで信長様にお会いするのは、実のところ初めてではないのじゃ。


 10年以上にも上る超長期政権をやり遂げ、その後利家殿に後釜を受け渡してあっさりと政界を引退した信長様。

 今は琵琶湖を見渡せる小高い山に豪邸を築き、政界引退後の余生をそこで過ごしておる。

 だけどこの方が余生をその土地だけで過ごすわけがない。


 気が付いたら東北一周旅行。

 噂を聞けば、いつの間にか世界一周クルーズ。

 南米のよくわからん秘境から、中東、アフリカ、その他もろもろ……。


 北海道から沖縄までをご自身の庭のごとく行き来し、その触手は日本国内には収まらん。

 旅の目的というか、影響というか。

 日本の元総理大臣という肩書を持って、各国との友好関係の発展にも寄与しておられるのだけど、絶対に本人は旅を楽しんでおる。


 んで信長様が東京に来るときは大抵このマンションを訪れ、同じくこの建物に出入りするわしらと遭遇、または急な呼び出しなどかかるのがここ数年の習わしじゃ。


「まぁ、楽にせよ。小姓よ」


 なので信長様もわしの存在にたいして驚くことはなく、頭を下げたまま動かなかったわしに軽く下知を出し、わしもその言を待って再度ステーキをむさぼる。

 まぁ、わしもあれから色々と頑張ったし、それは信長様もお認めになってくださっているので、関係性も結構近くなっておる。


「お久しぶりですじゃ。もぐもぐ……それにしても、急でございますな。もぐもぐもぐ……」


 前世であったなら首を落とされてもおかしくはない態度だけど、それすらも許される感じじゃな。

 でもやはり信長様の登場は、わしにとってそれなりの意味がある。


 『意味がある』というか、『大事な意味を持つ』というか。

 いつも何らかのデジャブ感をわしに与える信長様は、この時もまさにデジャブの化身であった。


「ふむ。しかし困ったな。いい肉が手に入ったから持ってきたんだが……」


 それ、1時間ぐらい前に寺川殿が言ってたやつ!

 じゃなくて、そういえば信長様もさっきそのようなことをインターホンで言っておられたような。


 んでこれは問題じゃ。

 信長様が土産にと持ってこられたのが“いい肉”とやら。

 だけど今回は寺川殿がどこからともなく極上の神戸牛を入手しておる。


 肉の優劣。


 これは下手をすれば信長様のメンツを潰すことにもなろう。

 と一瞬何かを警戒して――いや、この際どんな肉でもじゃんじゃん食べまくりたい気分だったけど、そこら辺を危惧して一瞬固まったわしであったが、相手はやはりあの信長様であった。


「くくっ! この匂いはおそらく神戸牛。しかもA3以上と見た」

「あら、よくわかりましたね。でも少し惜しい! A5の極上ものですよ!」

「それは残念だな。余が持ってきたのも近江牛のA5……今日のところは引き分けか!」

「おぉー、それはまた! ではそれも焼いちゃいましょう!」

「うむ、ねねよ。手間を取らせる」

「いえいえ! ささ、とりあえず信長様も神戸牛の方をどうぞ! 佐吉? そこのお肉、信長様に取り分けてあげて!」


 信長様と寺川殿の会話を静かに見守り、しかしながらお互いの肉が同等の高級品であったことに安心し、わしはふと我に返ったように動き出す。


「仰せのままに! ささ、上様!」

「くくっ、苦しゅうない。というか小姓よ。貴様、飲んでおるな? もう20歳は過ぎたのか?」

「えぇ、つい先日無事に20歳を迎えましたゆえ、今日はそこの三原と……でも上様がお越しになられたならば、話は別!

 上様におかれましては、いったん腹を満たしてもらい、同時に我々が今しがた飲んでおった酒などもご一緒に堪能してもらいとうございます!

 そしてそのあとゆっくりと……!」

「ふむ。例のアレか……それもまた一興。くくっ」


 “例のアレ”についてはこの後説明するとして、信長様はわしと会話を交わしつつも三原が伸ばしたお酌により酒を一口。

 そしてふっつーにわしの取り分けた肉を食べ始める。


 もうこれ、ただの団欒じゃな。

 でもこの時代においてそれだけの関係性を築いてきたと考えると、現世のわしもなかなかに頑張ったと実感する瞬間でもある。


「ほいさ。近江牛も焼いてきましたよ! ささ、信長様、どうぞ!

 佐吉? あんたはいっぱい食べなさい! ぷぷっ! 後半バテないようにね」


 一瞬寺川殿が攻撃を……いや、口撃を仕掛けてきたような気がするけど、目の前に2種類の極上肉が並べられたこの状況ではそんなもん無視じゃ、無視。


 わしは「ふぅー」っと深く息を吐き、新たに食卓に参上した近江牛へと箸を伸ばす。


「ぐっ……これも……やはり……」


 もうさ。神戸牛も近江牛もどっちが美味しいとかそういうのを比べるのすら野暮というか……なんというか、わしの味覚の上限をはるかに上回る美味しさなんじゃ。

 口の中でゆっくりと肉を遊ばせ、そして奥歯で噛みつつもそこからにじみ出る肉汁に感謝しつつ……。


「甲乙つけがたし……ぐぅ……」


 よくわからん独り言をつぶやいておったら、それを耳にした信長様が爆笑しておった。


 ところがじゃ。


「ところで小姓よ。昨夜の動画を見たぞ。貴様、本当にサッカーの代表になるつもりか?」


 やはり話題はそっち系。

 と思って、寺川殿を睨みながら「えぇ、巨大な陰謀に巻き込まれておりまする」などと答えようとしたら、信長様から予想だにしない答えが返ってきた。


「高校時代は野球で頂点を極め、その後も大学で政治を学んでおると聞く。

 さすがの貴様も負担が大きかろう? 貴様が望むならそれは仕方なしとも思えるが、昨夜のアレは明らかにハメられた類の契約。

 まぁ、無理はするな。せいぜい怪我には気をつけよ」


 めっちゃ優しい言葉をくれたぁ!

 てゆーか始めてわしの気持ちを組んでくれるお方がおったぁ!


「ぐす……えぇ、あれは……」


 そして思わず涙するわし。

 というか今わかったけど、最近のわしは殿下の事以外でも、信長様から何か言われると号泣スイッチが入ってしまうらしい。


「三成おにいちゃん……大丈夫だよー……」


 そしてまた隣に座っておった暁光から頭を撫でられる始末。


「おい、だから貴様はいちいち泣くなと……! この流れ、もう何年続けるのだ?」


 いやいやいやいや。信長様が急にそんな優しい言葉をかけてくるのが悪いんじゃ。

 あと、わしが探しておった今回の件におけるわしの味方……もしかして今見つけたんじゃなかろうか?


 だけどこのタイミングはやはりあのタイミング。

 10年程前になろうか? わしが信長様に泣かされておると、そこに乱入してくる人物が1人。


「信長様ぁ!? またうちの旦那泣かせてぇ! ダメですよーぅ!」


 いや、今日は勇殿が長野に行っておるらしいので、今回は華殿だけじゃ。

 リビングに入るや否や泣いているわしに気付き、信長様に意味ありげな言を発しておる。


「くっくっく。出たな、暴れん坊娘め!」

「ふふっ、お久しぶりにございます」


 んで、またまたふっつーに食卓に混ざりこむ華殿。

 この2人の関係もねね様と信長様の関係のように多少の無礼講状態なので、最初の挨拶はこんな感じじゃ。


「うむ。久しぶりだな、華代よ。大学はどうだ? がんばっておるか?」

「えぇ。土いじりの楽しいこと楽しいこと!」

「土いじりって言うのやめよ。ちゃんと大学の実習って言うのだ」


 あっ、信長様? そのやりとり、昨日の朝にすでに済ませておりますので……。


 じゃなくて!


 わしが予想外のタイミングでデジャブを感じ、同時に暁光の抱擁により平常心を取り戻した頃には、近江牛を適度に焼き終えた寺川殿も食卓に戻り、これにてさらなる狂宴の開始じゃ。


 でもこの食卓は……いや、信長様とわしがここで遭遇した時の飲み会は、この後おかしな流れになる。

 さっき言った“例のアレ”についてなんじゃが、なぜか一通り皆が酒や肉を堪能した後は、TVゲームの大会になるんじゃ。


 いや、“ゲーム大会”とは違うな。

 主にわしがコントローラーを握り、テレビの最前線へ。

 その後ろのソファーに三原と信長様が座り……この頃には2人の飲み物が日本酒からワインへと切り替わっておるのじゃが、そんな2人の指示のもと、わしが“上様の野望”なる戦国シミュレーションゲームを進めるんじゃ。


 途中、ゲームの主人公そのものの存在である信長様と、源義仲たる三原が意見というか助言というかをわしに伝え、そんでわしがその意に沿った感じで信長様の領土を広げ、天下統一を目指すというイベントじゃ。


 んでこれだけで終わればいいのじゃが、厄介なのがこの後な。

 酒も十分に入り、興が乗った信長様と三原が戦国時代の主だった戦――主に本能寺の変の後に起こった全国の大規模な戦について、現地の地図や兵の駒を用いて、卓上模擬戦を始めるのがこのリビングで行われる宴のイベントじゃ。


 当時栄華を極めた平家に対し、長野の片田舎から京の都まで怒涛の進撃を見せた源義仲たる三原。

 そして言わずもがな群雄割拠の戦国時代で大活躍をした信長様。

 この2人があれこれ意見しながら戦況を分析・進行するのを見るのはもちろん非常に面白い。



 だけどじゃ。今日は確か……過去にいくつかの戦について分析を済ませてしまったこのイベントは、そろそろ関ヶ原の戦いに……くっ、なんかすんげぇ嫌じゃな。


「では今日は……義仲よ、どの戦にする?」

「前回が秀吉の奥州討伐……そして小田原攻城戦も終わったしな。じゃあ次は……そろそろ?」

「うむ。関ヶ原といこうか」

「そうだな。おい、光成? 暁光を寝かしつけたらお前もこっち来い! 今日はお前が主役だ」


 ほら来た! いや、なんか嫌な予感してたから、わしこっそりその場を離れて暁光を寝かしつけに行っておったのだけど!

 やっぱここは逃れられないか!


 でも嫌そうにリビングに戻って信長様と三原の間に立ったわしに対し、テーブルの上に広げられた大きな地図と軍の配置を見ながら、三原からたった一言だけ。


「なぜ負けた?」


 んで信長様に至ってはその問いをさらに丁寧にわしに伝えてきおった。


「あぁ、余もそう思う。なぜこんな有利な戦に負けた? むしろどうやったら負けることなどできる? 小姓よ……」


 ほらァ! 怒られるどころか、むしろめっちゃ呆れられたんだけどォ!


 もうこっからは反省会というか、この2人からの説教じゃ。

 途中、野球部の練習が終わった康高が顔を出したんだけど、神戸牛や近江牛をうまそうに食べながら、満足そうにこっちを眺めやがったりしてたのが印象深い。

 いや。後で覚えていろよ、康高の野郎。



 でもそんな宴は長くは続かん。

 日付けが変わる頃、この2人による長い説教も終わり、信長様が岐阜に帰ると言い出した。

 いや、というかこんな夜中に東京を出発するのか? タフだなぁ……と。

 それでこその信長様なのかもしれんが、だからこそ体は大事にしてほしい。


 でも本人曰く、「車の中で寝るから大丈夫」とのことなので、わしらに止めるすべはない。



 信長様を見送るため、わしは一応タワーマンションの1階のエントランスまで行き、運転手さんにも挨拶を済ませる。

 別れ際、わしの政界進出についてあれこれと勧誘を受け……ってこれもデジャブ感が否めんけど、公職選挙法を変えて20歳以上にも国会議員の被選挙権を、とかそういう話をされつつ、わしはそれを丁寧に断る。

 まぁそこら辺に関しては信長様もわしの固辞を割と簡単に受け入れてくれたんだけど、それがむしろ信長様の考えではないことを示していた。


「又左から『ぜひとも三成を誘って欲しい』と言われていたので誘ってみたが、やはり貴様は断るか」


 あっ、ちなみに“又左”というのは利家殿の別名な。

 というかやはり信長様の勧誘は……そして、もしかしたら今日わしと信長様がここで会うことになったのも、利家殿からの依頼だったのかもしれん。


 でも……


「お誘いのお言葉、ありがとうございまする。

 まだ各勢力の経済的同盟関係が薄く、各事業も軌道に乗り始めたばかりです。それがしはそれを今後も強化しておかないとと思うところでございます。

 かような活動を始めてまだ10年、といったところでしょうか……? 渋谷のスクランブル交差点での件から数えてまだ10年ぐらいしかたっておりませぬ。

 上様のご協力もあり、順調にそれぞれの勢力は関係性を深めておりますが、今はまだ組織の利益を前提としての繋がり。

 それを“心の同盟関係”と言えるところまで成長させないと、何かあったときに関係が壊れてしまいます。

 それゆえ今回は利家殿の緊縮財政を是としました。さすがに予算削減の規模が大きすぎましたので、それがしが昨日多少の修正を行いましたが、こういう金銭的な支援の削減も各勢力に与え、それでもお互い頑張って乗り越えようとする。その企業努力の果てに確固たる信頼関係が生まれるかと。

 そこまで関係性を築いたら、この国の経済も一安心といったところでしょう」


「ふむ。そこまで見据えておるか。

 ならばよい。貴様は大学に行きつつ、自由な身で各勢力の繋がりを強めよ。

 でも、貴様は貴様の思う道を行くがいいと思う。それがこの国の発展に多大な影響を及ぼす。

 もちろんいい影響をだな。だから政界進出うんぬんは貴様のタイミングでよかろう。

 余はそう思うぞ」


 利家殿からそんな願いをされつつも、信長様はわしに対してそれを強制しようとはしない。

 厳しくもあり、時に寛大なお方。

 それこそがわしらの思う信長様の印象じゃ。


「はっ」


 と思って、わしを褒めてくださったことも含めて感謝の気持ちを伝えようとしたら、


「でも……サッカーなどに遊び惚けるのは納得がいかん。貴様を球界から守るために余がどれだけ苦労したと思っておる?」


 ぎゃー! めっちゃ怒られたぁ!

 いや、じゃなくて! その首謀者は今、上の階でのんだくれておるっちゅーに。

 今現在ウザい酔っ払いと化し、華殿と康高相手にウザ絡みしておるんじゃ。


「え? あっ、いや……!」


 ここで1から昨夜の事件の主犯格とその犯罪手法を説明してやろうと思ったのじゃが、信長様は慌てた様子のわしを見て笑う。


「くっくっく。冗談だ。あれは明らかに貴様が騙された流れ。まぁ、家康の部下たちと大いに戦ってこい。

 それと……これを貴様に渡しておく」


「はい? これは……」


「まぁ、あの時代の名残り……とでも言おうか。今日貴様に会いに来たもう1つの理由だ。

 会いに行くも行かぬも貴様の好きにせよ」



 その和紙に包まれた封筒のようなものの宛名には“佐吉へ”と。

 裏を見てみれば、差出人は加藤清正であった。




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