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遠征の弐




 次の日の昼下がり、わしは新宿の道を歩いていた。

 よたよたと足取りはおぼつかず、というか二日酔いのせいで体調が悪い。

 昨夜の事件の後、家に帰ってから明け方までヤケ酒をしてしまったのがわしの体に多大な影響を及ぼしておる。


 華殿もそのヤケ酒に付き合ってくれたけど、むしろ華殿もあっち側の人間っぽいので、喧嘩にならない程度にめっちゃ尋問した。

 でもやっぱり華殿はニコニコしながらわしの問いを否定するばかり。

 確たる証拠もないし、これ以上問い詰めても無意味だと早い段階で諦め、むしろ華殿との飲み会へと切り替えることにしたんだけど、やっぱ飲み過ぎたわ。


 唯一、アルコールの分解を進める肝臓のあたりに武威を集め、それを法威でがっちりとキープさせておるゆえ、徐々に体調の回復を感じてはおるが、全快まではもうしばしかかりそうじゃな。


 んでそんな体調にもかかわらず、わしは今新宿の歌舞伎町を主城とする斎藤道三殿の店へと足を運んでおる。

 お店のキャバ嬢さんたちと昨夜から続く宴の2次会をするためではない。

 もちろん道三殿の傘下に属するホストクラブで働かせてもらおうなどというつもりもない。



 契約。暴力。策略。

 このキーワードがそろえば、おのずとわしの足が道三殿のもとへ向かうのは仕方ない。

 いや、絶対に頼る相手を間違っておるんだけどな。



 戦国勢力、源平勢力、そして陰陽師や出雲勢力など――ちゃんとした弁護士を抱え、わしの相談にも乗ってくれそうなところはあるっちゃある。だけど今はなんか全部に寺川殿の息がかかっていそうなので、そっちに頼るのはいささか不安なんじゃ。

 なのでわし以外の仲間とはあまり関わりのない人物……ということでこういう揉め事はなぜか道三殿に頼ってみたくなるのじゃが――うん、やはり頼る相手は間違っておる気がする。


 それに弁護士たる三原もどっちかっていうと表向きは正統派弁護士っぽいし、つーか寺川殿の夫だし――なのでまぁ、他にも色々と当たってみようとは思うけど、とりあえずは道三殿に昨夜の契約について解除方法などを色々と聞いておきたいんじゃ。


「あー、うーぅ……」


 ふわふわと浮かんでいるような感覚と、ガンガンと響く頭。

 特に痛む側頭部を右手で抑えながら、わしは新宿の街を進む。

 途中やや大きめの交差点の角で新聞の号外が配られていたため、それを手にして読みふけっている一般人の手元をちょこっとチラ見してみたら、

『甲子園の興奮再び! 5冠の英雄2人がサッカー界にも旋風を!』

 などというふざけた見出しが見て取れた。


 うむ、なんか国全体がわしにとってよくない流れになっていきそうな気もする。

 つまりただ単に昨夜の契約を“暴力による無理矢理な契約は無効”などと主張しつつその解除を申し出ても、その後わしが世間からバッシングを受けそうな感じじゃ。


 テレビのバラエティ番組のドッキリとも取れる昨夜の演出。そしてわしらのやり取り。

 あの流れをシンプルに“面白い”と感じるのもこの国の国民性。そしてあの場にいた記者さんがそういう流れになるよう記事を書いたら、それを否定することなく、流れに乗らなければいけないと感じる大衆心理も……。

 どちらかというと日本サッカー協会のお偉いさんたちはここでしっかり反論をすべきだと思うんだけど、そこの重役たちの保身体質も含めて、それらがこの国の国民性というやつなんじゃ。


 そんで――あぁ、絶対に……そう、絶対に寺川殿はそこまで読みつつ、あの謀を練りやがった……くそっ!

 しかもあのばばぁ、記者会見終了後にわしが抗議をしようとしたら、いつの間にか姿をくらませやがって。

 その後わしが各勢力に寺川殿をお尋ね者としてその所在を依頼したけど、各勢力の幹部どもの返信は「がんばれ(笑)」だの、「面白かったwww」だのそんな腹立つ反応ばっかりで、結局寺川殿は所在不明。見事に行方をくらませてやがる。



 なので頼るべきはやはり道三殿。

 と思ってわしはゾンビさんのごとくふらふらした足取りで街を歩き進める。

 しばらくすると道三殿が所有するキャバクラ『Snake The Mamushi』の看板が見えてきた。


 店の名前、まだ変える気ないんじゃろうか。

 まぁ、今日はそんなことどうでもよいか。


「石田三成じゃ。先に連絡したとおり、道三殿との会合を申し込んでおる。取次ぎを」


 やっとの思いで目的の店に到着し、しかしながら時間をおかずにわしは店の前で仁王立ちするタトゥーまみれの門番2人にそう告げる。

 相手も相手がわしということで、見かけによらない礼儀正しさを見せつつ、それに答えた。


「えぇ、オーナーが中でお待ちです。どうぞこのまま店内へ」

「ぷっ……それにしても……心中お察しいたします……ぷふっ」


 いや、片方の若者! 笑ってるやんけ!


「あぁ、ありがとう」


 だけどここで揉めてもなんなので、わしはそれを受け流すことにした。ちょっとマジで癇に障ったけども……いや、落ち着け、わし。

 道三殿の手下じゃ。ここでこのチンピラっぽいボーイさんを殺しても何の得にもならん。


「では……」


 促されるままにわしは店内へと入り、きらびやかな装飾に包まれながらさらに足を進める。

 目的の人物はやはり店の奥でいつものようにくつろぎ、周囲には数名の武威使い、そして10名ほどのキャバ嬢さんが並んで立っていた。


「よくきたな。まぁ、座れ」

「うむ。時間を取ってもらってすまない」

「気にするな。店はまだ準備中だ。スタッフが何人か店内の掃除をしているが、気にしないでやってくれ」

「あぁ、そんなの全然大丈夫じゃ。それよりは……この皆は?」


 いつもと違い、キャバ嬢さんやらボーイさんやらが並んで立っておる。

 でも敵意や警戒心をむき出しにして……という感じではない。むしろ皆ニコニコ顔でわしのことを見ておるんじゃ。


 それに違和感を感じたゆえの問いだったのじゃが、やはり昨夜の事件はこんな夜の街の奥底深くまで影響を及ぼしていた。


「皆、お前のサインが欲しいんだとよ。あとで頼む」


 ミーハーか!

 いや、多分こういうお店のスタッフさんは結構口が固いとは思うけども!

 だからわしも安心してここに来たけれども!

 わしが情けない理由でここに来たことはどこにも言わないだろうし、言われても別に構わない事件だけども、それ以前にわしを有名ドッキリ芸人扱いするなよ!


「そういうのはやめてくれ」


 わしが即座にそう言い、道三殿はそんなわしの様子を敏感に察知して言を返してきた。


「そうか、それならば仕方ない。だとよ、お前ら! サインは諦めろ。

 ちっ……1人2枚ずつサインを書かせて、そのうち1枚は転売しようと思ってたのにな……」


 マジでそういうのはやめろ!


 じゃなくて!


「わしのサインにプレミアなどつくわけなかろう! たとえついたとしても、その転売ヤーはわし自らネットにさらしてやるわ!」


 あっ、ちょっと体調が戻ってきた。

 なので勢いよく反撃してやったわ。


「かっかっか。冗談だ、冗談! でも、転売の話は冗談だとしても、こいつらがサインを欲しがってたのは本当の話だぞ」

「いや、1枚も書く気はない。というか今はなんか自分の名前を何かに書くのがすごく怖いんじゃ」


 これ、一種のトラウマじゃな。昨夜は拇印を強制されたんだけど、こう、なんというか――何かに署名すると、それがなんらかの契約になってしまいそうで怖いんじゃ。


 んで、話の流れで本題じゃ。


「道三殿? 昨夜の件は知っておろう? んで、今日来たのはその件じゃ。

 ぜひとも契約解除の方法を……今回は何としても……。

 弁護士さんなどおらぬか? できる限り優秀で、法律にも暗躍にも詳しい弁護士さんじゃ。もちろん三原以外でな!

 あとネットで世論を誘導できるよう、サクラコメを仕込む業者などもお願いしたい」


 ここまでくると、わしも反社会勢力的な行動に片足踏み込んでおるような気もする。

 でもそんなことを言い出したら、そもそもわしはこれまで何人の敵を殺してきた? という話になるので、この程度の世論誘導などわしの良心になんら影響などない。


 でもやはり相手は道三殿。というかわしが色々説明する前にそういう情報をいち早くゲットしておるのが、闇社会のトップというものなのじゃろう。


「無理だ。今回の件、やはり背後にはあの破壊神がいる。それに警察も動いているらしい」


 知ってるわ! 華殿と頼光殿も共犯っぽいからなぁ!


 じゃなくて!


「そこを何とか! こんな時に弱き者を助けずして、何のための極道じゃ!? 仁義とは何か!?」


 わしはいったい何を言っておるのじゃろう?

 まぁ、よい。ここは相手の心を揺さぶる感じで一気に……


 と思ったけど、どうやら道三殿は話の主導権をわしに渡すつもりはないらしい。

 わしが前のめりになって声を荒げたあたりで、道三殿は周囲のキャバ嬢さんたちにこの場から離れるよう指示を出し、しかしながら穏やかな口調で話を逸らす。


「でもお前の家はすごいなぁ。石田三成に徳川家康。

 転生者社会だけではない。表の社会においても、お前は日本全土から注目を浴びてる」


 絶対にいらない注目のされ方だけどな。


「そして弟、今年の夏はお前の弟が甲子園で名をあげるだろう。

 ところで弟はどうだ? 雪斎の方には顔を出してるか?」


 あっ、完全に話題が逸れた。

 でもいいか。チャンスはまだ……


「あぁ、週に1回は動物園の方に顔を出すよう言っておる。

 本人にとってもまだまだ習うべきことが沢山あって、非常にためになるらしい」

「そうか。それならよかった。雪斎は……あんな転生の仕方をしてしまったから、この時代に疎い。

 というかずっと檻に入れられたまま。さぞかしつらかろう」

「うむ。その件でも話があってだな。近いうちに本人にも聞いておこうと思ったのじゃが、わしと関係のある各勢力の若人たちもあそこで色々学ばせたいんじゃ。どう思う?」

「あぁ、それはいい考えだ。そうやって各勢力の人材を成長させ、それはつまるところ長い目でみればこの国の成長にもつながる。

 我々転生者がこの国の経済を下から支えるのは、ある意味我々がこの時代に転生した本来の意味ともとれるしな。

 それに雪斎も喜ぶだろう。檻の中で孤独な生活をするよりは、毎晩のように若者たちが教えを受けに来る。そんな生活の方がやつの生きがいにもなる」

「ふむ。さすれば決まりじゃな。今度雪斎殿に会ったときに、そのように話してみるわ」

「よろしく頼む。俺もなるべくあいつのところに顔を出すようにするから……」


 そして会話の最後にそう呟きながら天井を見つめ、道三殿はたばこの煙をふぅーっと吐き出す。

 穏やかなおじいちゃんっぽくなってるけど、大丈夫か?

 あと会話の途中めっちゃ総理大臣っぽいこと言っておったけど、このセリフはむしろ利家殿に聞かせたかったな。


 まぁ、道三殿も外見は60を超えておるし、初老というべき年齢じゃ。

 さすれば指定暴力団の組長――じゃなかった。2~3年ぐらい前に会長になったんだっけ……?

 そっち系の組織の会長と組長の違いがよくわからんけどまぁよい。


 見た目は老獪なじじいとも言えるほど、瞳のぎらつきは消えてはおらん。

 けどそんな悪人として生きてきた道三殿も、この歳ともなれば性格や価値観に多少の変化が起きるのじゃろう。

 でも本題に戻らねばならん。


「んで、話を戻……」

「ところで新しい武器はいるか? そろそろリボルバー式の銃じゃ満足できないだろう?」


 食い気味でセリフをかぶせてきやがった!

 でもこの話も大事なこと! しっかり報告せねば!


「いや、銃はまだリボルバー式で十分じゃ。マガジン式だと構造が複雑すぎて武威の制御に時間がかかる。

 だからリボルバー式の銃でいいし、手入れも十分に行っておるから銃本体はいらん」


 んで、ここは完全に犯罪者同士の会話じゃ。わしはポケットに隠し持った2つの札束をテーブルの上に置いた。


「だけど銃弾の補充をしたい。そうじゃな……50発ぐらい用意してくれ。はい、これ代金じゃ」

「うむ。確かに……受け渡しは?」

「それはあとで……わしがここに来るのは完全に単独行動ゆえ、皆の目から逃れられる日時に……」

「ふっ、お前ほどになると各勢力からの護衛もあるしな。いや、護衛という名の監視と言えよう」

「そうじゃ。その目を欺いておかねば……警察に捕まってしまうわ」


 最後の一言は軽い冗談だけどな。

 でも目の前の男はその冗談に笑うことなく、ふと思い出したかのように問いかけてきよった。


「ん? お前まだ源頼光に拳銃の件を言ってないのか? いまさら拳銃の1丁や2丁で逮捕されるような間柄ではなかろう?」

「いや、面白半分に逮捕される可能性がある。昨日もその手の罠にかけられた。

 まぁ、逮捕されたらされたで、試しに取り調べとやらも受けてみたい気もする。あと刑事裁判も。いい経験になりそうじゃ。

 でもそうなったら大学を退学させられてしまうことになるだろうから、今はまだ……」


 というのも冗談で、頼光殿とはお互い仲のいい関係じゃ。

 でもそこに秘密があってもいいだろう。

 秘密というか、奥の手というか。

 万が一に備え、こういうのを隠しておくのが戦国武将というものなのじゃ。


「うむ、最後の警戒心だけはとっておけ。それは誰にも緩めるなよ。もちろん俺に対してもだ」


 ここでなぜか雪斎殿のような言を発する道三殿。

 むしろこの考えは道三殿が康高に教えていそうなやつじゃな。あっ、道三殿も雪斎殿からこの考え方を教わったのかもしれん。


 でもそれに関しても重々承知なのがわしという男じゃ。


「あぁ、敵をだますには味方から。いつどこで仲間が窮地に陥るかわからん。

 その時にわしが予想以上の企てと手腕を発揮するためには、その仲間すら知らない奥の手を常に用意しておかねばなるまい」

「ふっ、仲間を想うゆえの隠し事……というわけか」

「聞こえのよい言い方をすればそうなるな。

 もちろん拳銃のことは頼光殿の一派以外の仲間にはバレておる。いや、もしかすると頼光殿たちもすでに知っておるかもしれん。

 でも道三殿とのつながりはわしの奥の手の1つなのじゃ」


 そして怪しい感じで仲良く笑うわしら。

 なんかわしもどっかの組長っぽくなってる気がしてきたわ。

 でもそんなやり取りをいつまでも続けるわけにはいかん。


「だから、今回の契約の件はぜひとも道三殿に力添えを! なんだったら裏社会からサッカー協会に圧力などかけてもらってぇ!

 おぬしの傘下には外国人の構成員もおるじゃろ!? 欧州あたりのフーリガンを装ってそこからの脅迫っぽく偽装してもらえば! あとついでにFIFAあたりからの圧力と偽って! さすれば一般人たる日本サッカー協会の重役なんぞ簡単に屈し……!」

「あっ、そういえば、“つながり”で思い出した。お前の父親なんだが……大丈夫か?」


 またダメだったぁ!


 ――じゃなくて、わしの父上?

 なぜこのタイミングで道三殿から父上のことが!?

 いや、聞いてみようぞ。


「ん? わしの父上? 父上がどうしたのじゃ?」

「つい先日のことなんだが、お前の父親が俺のところに来て、数人の組員を貸してほしいと言ってきた」


 えぇ!? おかしいじゃろ! なんで父上がそんなことすんのじゃ!?


「え? 何のために?」

「いや、そこはわからん。我々極道は依頼人の素性や仕事内容について、それに当たった本人たち以外には決して口を割らん場合もある。

 たとえそれが直属の兄貴分だとしてもな。

 そういう信頼関係を築くことで、闇の仕事を受けている。

 でもまさかお前の父親がそんなことを依頼してくるなんて……」


 おいぃいぃぃぃ! 人殺しか!? 死体の処分か!?

 わしが言うのもなんだけど、父上ェ! こっちに来ちゃダメじゃー!


「でも義仲が連れてきた手前、断るわけにもいかなかったし、義仲が関与しているんならむしろ安全だとは思うんだが……」


 あっ、そうなのか?

 三原が一緒なら安心じゃ。

 でも利家殿からも似たような話を聞いていたし……父上、何する気じゃ?


「……」


 とはいえ思わぬ人物の名がここでの会話に挙がったことで、わしはしばしの沈黙を強いられる。

 数秒考え、でも三原が関与しておるなら安心だし、逆に三原が関与しておるからこそ今この状況でわしが必死に考えても答えは出ないような気がしてきた。

 なのでやはりここは本題へ。


「まぁよい。父上もなかなかに思慮深い御方。そんな方が浅はかな行動などするまい」

「それならよいが……」

「んで、もっかい考え直してくれ。昨日のサッカーの契約を……」

「ところで少し遊んでいくか? うちの嬢たちもお前と飲んでみたいと……? お前は今、日本中を騒がす有名人だからな!」


 また話を逸らされたぁ!


 こんちくしょう!

 もう無理か?

 さすればここは諦めることにしようぞ。

 次は……じゃあやっぱり首相官邸に行って、利家殿に!?


 ――じゃなくて! キャバ嬢さんたちと楽しい時間を?

 しかもさっきまでそこに並んでおったキャバ嬢さんたちの方からのお誘い!?

 そんなんめっちゃ嬉しいけど、それは絶対にダメじゃ!


「いや、ここでそれをしたらそのキャバ嬢さんたちが殺される。わしの妻をなめるな」


 かっこいいセリフだけど、超絶怖いセリフ。というかわし自身が超絶怖い。


「そうか。それは残念だ。

 あといい加減昨日のことは諦めろ。

 俺が力になれんのは申し訳ないとも思っているが、やはり無理だ。リスクが大きすぎる。

 それと……」



「それと……?」



「しつこい男はキャバ嬢たちに嫌われるぞ」



「ぐぅっ……肝に銘じておく……」



 最後になんかぐっさりと、そしてしっかりととどめを刺されつつ、わしは店を後にした。





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