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食処の壱


 頼光殿たちとは別れ、わしは勇殿と一緒にホテルへと入る。

 さて、これから行われるサッカーU-22日本代表の壮行会とやらについてじゃな。


 ぶっちゃけわしは日本サッカー協会とは無関係だし、どこぞのサッカークラブの経営などに触手を伸ばしているわけではない。

 ただのサポーターじゃ。

 高卒とともに――いや、高校在籍中にJ1のクラブと4人そろって契約し、そのチームでえげつない中盤を構成しておるジャッカル殿たちの所属するクラブのな。


 あとわしも一応18歳の頃に運転免許を取得し、頼光殿から極上のスポーツカーを紹介してもらう形で1台保有しておる。それはアパートの駐車場に停めてあるのだけど、今日の壮行会はお酒が飲めそうだったので、その車を使うことは当初から諦めておった。


 まぁ、そのせいで今さっきひどい目にあったんだけどさ。


 いや、さっきのことは忘れようぞ。

 そんなことより、ふっふっふ。

 春の桜が芽吹き始めるこの時期、実はあの幼馴染メンバーの中で4月生まれのわしだけ20歳を迎えておるのじゃ。

 だから今宵は体中の血管という血管にアルコールを行き届かせる愉快な時間を、と思うておる。

 帰りは適当にタクシーさんを捕まえるとして――うむ、絶対に酔っぱらって頼光殿に連絡などしないことにしよう。またあのドライブに付き合わされそうだからな。



 さて、それはそうと気分を入れ替え、いざ宴じゃ。

 壮行会の会場となるホテルの中に入ってみると、このホテルはエントランスホールも華やかに飾られており、やはり一流のそれじゃ。

 と思って建物内を見渡していたが、そんなわしらにすぐさま声がかかった。


「おっ、来た来た。光くーん! 勇くーん! こっちこっち!」


 声の主は華殿。少し離れたところであかねっち殿やよみよみ殿とテーブルを囲み、優雅にウェルカムドリンクなど飲んでおる。

 わしらが学生結婚と同棲生活をしておることはこのメンバーにはもちろん周知のこと。

 しかし華殿は、皆の前ではわしのことを今風の呼び方で呼んでくる。

 まぁ、この点に関しては現代の友人たちと作る世界観を壊したくないというわしの考えと似たようなものなのじゃろう。


 ちなみに今回の壮行会とやらは軽い立食パーティーのようなものらしい。

 なので気だるい感じの私服は厳禁であり、ドレスコードというほどではないが、全員が就活生のようなスーツ姿じゃ。

 ここでわしも華殿からスーツを受け取り、トイレで着替えてくることにした。

 さっきまで首相官邸に大学生っぽい私服で居たのがむしろおかしいんじゃが。



 あと、わしらほどではないが勇殿もよみよみ殿と仲睦まじい感じで交際を始めており、よみよみ殿がスーツ姿の勇殿に若干目を奪われておる。

 きゃっはっは。おぬしら、うぶか!? と。


 いや、わしもこんな初々しい関係をあきらめてはおらん!

 5年前のあの忌まわしい事件から始まり、途中さらに忌まわしい結婚契約を結ばされたけど、いつかあんな雰囲気を醸し出してみたい!


「ちっ……」


 なぜかその気配に苛立ちを覚え、わしはスーツを右手にトイレへと向かう。

 着替えを済ませ、ホールに戻ってくると、ちょうど壮行会のゲストや記者の類がホテルのスタッフさんから呼び集められているところだった。


「3階の大広間だってさ」


 隣に立ったわしに勇殿がそう伝えてきたので、わしは短く頷き、皆に続くように歩き始める。

 そう、今宵は記者会見など受けつつ、スポンサーへのあいさつ回りなどする冥界四天王の気苦労を脇目に、ホテルから出されたアルコールの類などでほろ酔いしようと思っておったのじゃが、この時のそんな気分は15分後に木っ端微塵に破壊された。


 正確に言うとわしと勇殿。今宵の獲物はわしら2人だったのじゃ。

 いや、わしに至っては本日2度目の獲物役じゃな。


「それではサッカーUー22、日本代表選手の入場でーす!」


 司会役のおなごが元気な声でマイクに叫び、1人、また1人とステージの上手から姿を現す。

 ステージ上に用意された椅子へ順に座り、会場の前半分を埋め尽くす記者やスポンサー企業の重役たちから拍手が沸き起こった。



 サッカーUー22日本代表。

 言わずと知れたオリンピックの出場権を争う世代じゃ。

 皆それぞれ決意と若干の緊張を胸に抱き、でも表情は戦う武士のそれと遜色ない。

 遠目に彼らの表情を観察しながら、(日本のサッカー界の未来も明るいなぁ)などと感心しておったら冥界四天王の面々が登場し、会場に少しのどよめきとさらなる拍手が起きる。


 やはりこのチームの主力は中盤の4人。高校3年生の後半からJ1のチームに加入するや否や頭角を現し――つーかもはや欧州トップリーグレベルの連携を見せるジャッカル殿たちは、もちろんこのチームにおいても欠かせない存在じゃ。

 そんな4人がカメラのフラッシュを受け、まぶしそうに会場を見渡す。


 と思ったらなんかあの4人、こっちの方を向いてないか?


「おっ、ジャッカル君たちがこっちに手を振ってる」


 わしの隣でソフトドリンクなどを手に持ちながら、勇殿もその視線に気づいたようじゃ。

 なのでわしらも手を振ってその挨拶に対応する。

 数人の記者がわしらのやり取りに気づき後ろを振り返ってきたが、その先におるのがどこの誰かも知らぬ若者の集団だったため、すぐさまカメラを持ち直し、ステージ側へと視線を戻した。


 まぁ、わしと勇殿もとある業界では超の付くほどの有名人だけどな。

 業界というか、球界というか。

 今もまだ熱烈なスカウトを受けておる最中だけど、やはりサッカー界の記者たちはすぐにわしらの存在には気づかんようじゃ。

 まぁ、気づかれたら気づかれたで面倒だし、今宵の主役はあのステージに立っておる若者たちなので目立ちたくはない。


 なのでわしはここでさらに一口冷たいビールを飲みつつ、なんだか日本酒の類など飲みたくなったので、会場の端にある飲み物コーナーへと足を運ぶことにした。


 と思ったら勇殿がいつの間にか隣に並び、興味深そうにわしに問うてきた。


「お酒ってさ、美味しいの?」


 うーむ。美味しいかと問われれば、そこは難しい。

 この体は齢20を過ぎたものの、味覚はまだかつてのわしのそれに追いついておらんのじゃ。

 なので雰囲気というか、場の流れというか。とりあえずほろ酔いしたい時にはそれなりに酒を楽しむことができるが、毎晩じっくり酒を嗜もうというほどの魅力はいまだ感じられん。


 でも先週寺川殿のマンションに行ったときに三原と飲んだ酒は美味かったな。この体でも十分に満足できるほどの高級品ならそうなのかもしれん。

 とはいえやはりこのようなパーティーに出されるビールは、たとえそれが一流ホテルだとしても市販のちょい高めのビールと相違ない。


「うーん。どうだろう……? お酒の種類とかにもよるのかなぁ。日本酒、ビール、焼酎、カクテル……いろいろあるからねぇ。

 でも年齢によっても味の感じ方は変わるのかも。まぁ、そのうち勇君にもわかるはず。

 ビールなんて最初は苦いだけだけど……あと4ヶ月の辛抱だよ」

「そだね。楽しみだぁ」


 そんな会話をしつつ、わしらは会場の端へ。

 わしとしては勇殿の脳内にいる吉継に酒を飲ませてやりたい気持ちもあったけど、その体はやはり勇殿のものなので、飲酒を勧めるのはやめておく。

 代わりに次は何を飲もうかとテーブルの上を物色していたら、近くにあった扉が突然開いた。


「おー、やってるやってる。あははッ! あの子たち、めっちゃ真面目な顔ッ! ウケるわァ!」


 おぉっ、これはこれは! ジャッカル殿たちの母上軍団じゃ!

 ここ1年ぐらい会ってなかったから、めっちゃ久しぶりやんけ!


「お久しゅうございます……我、この度二十歳を迎え、ただいまアルコールという毒に体を侵されまくっておる石家光成にございます!」

「あらッ! 光君に勇君! 久しぶりねェ! スーツなんか着ちゃって! 一瞬見間違えたわ!」

「ほんと! 子供の成長の早いこと! しかも光君、顔赤い! お酒飲んでるの!」

「あなたたちも来てくれたの? どう? あの子たちちゃんと質疑応答してる? ウケるんだけど!」


 カロン殿、クロノス殿、ミノス殿の母上たちが順にわしらに話しかけ、背後からは華殿たちも挨拶をしようと駆け寄ってきた。

 これにて懐かしメンバー全員集合。

 と思ったけど、ジャッカル殿の母上はやはりわしの挨拶がツボに入ってしまったらしい。


「きゃははっ……! やめて、光君……げほっ、げほっ……不意打ちはよくないわよ。

 それに……アルコールに侵されるって……光君は中毒者か!」


 武芸者じゃ。

 いや、そこらへんはどうでもよかろう。


 歳を取ると涙腺が弱くなったり笑いのツボが浅くなったりするらしいからの。

 何はともあれ笑ってくれてよかったよかった。若かりし頃はギャルママの名を欲しいままにしておったこの方々が、今や若干落ち着いた服装に――いや、今もめっちゃ派手なパーティドレス着ておるけど、それもこの場にギリギリふさわしいものなので、よかったよかった。



 その後、わしらは記者からサッカー関係の質問攻めに応戦するジャッカル殿たちを尻目に、それぞれが世間話などを行う。

 華殿とあかねっち殿とよみよみ殿が長野の大学に通っていること。

 あかねっち殿とよみよみ殿は大学の近くに学生アパートを借りていることや、機動力半端ない華殿はわしと中野区のとあるアパートで同棲しておることなどを報告した。

 その会話の途中「光君、子供はまだなの?」などという逆セクハラめいた質問攻めを受けたりしつつ、わしらは久々の再会を楽しむ。



 と思ったら質疑応答をしておるジャッカル殿の手にあるマイク――というか、そのマイクの音声が流れる場内のスピーカーから突然わしの名前と勇殿の名前が響き渡った。


「というわけで、諸事情によりあの2人を代表メンバーに招集します!」


 は? え?


 気が付いたら、わしと勇殿の周りにはカロン殿とクロノス殿とミノス殿。クロノス殿は単独で勇殿を背後から羽交い絞めにし、わしはカロン殿とミノス殿から同様の仕打ちを受ける。

 会場の全員がわしらに注目する中、わしらはステージまで輸送された。



 いや、待て!

 わしら、今さっきまでおぬし等の母上たちと世間話してたから事情がわからん!

 それ以前に、わしら2人が? え? 代表メンバー? 招集ッ!? どういうことじゃ?



「ぐががッ! ぬぉおぉおぉぉぉ! こなくそ!」

「まぁまぁ、光君。落ち着いて」

「こら、光君! 暴れるなって! 運びにくいから!」



 体を持ち上げられ、カロン殿とミノス殿に運ばれながら、わしはとりあえず抵抗を試みる。

 本当に状況がわからんけど、なんか今は必死に抵抗した方がいいような気がするんじゃ。

 だけど時すでに遅し。機動力に定評のあるわしのスタッドレス武威もこのように4本の腕でがっちり押さえつけられた状況ではほぼ無力だし、というか武威を用いて抵抗しておるんだけど、カロン殿とミノス殿も武威にて対抗しておる。

 やはり徳川四天王たるこの2人の武威は相変わらずご立派! ……じゃなくて!



 一歩、また一歩とステージに近づき、わしはその途中、ふとよく知っている気配にも気づく。

 30人近いサッカー関係の記者たちの中に、すでにこのホテルから居なくなっているはずの頼光殿と綱殿の姿を確認した。

 2人ともわしらの惨状を見て笑っておる。


 てゆーかあやつらも共犯じゃな!?

 思い出した! 確かさっきわしのことを「護送する」って言っておった!

 その意味がこれか!? わしを絶対にこの会場まで連れてくるのが、あやつらの任務だったわけか!


「おーのーれーぃ!」


 人間不信になる一歩手前じゃな。

 若干涙が出てきたけど、そんなわしの心境などお構いなく、十数秒の移動を経てわしは――いや、わしと勇殿はステージへと連れていかれた。


「ぐぐぐっ……い、いったい何を……!?」


 ステージ上で膝を地面につき、両の手を背中側にキメられながらも、わしは無理やり頭を上げる。

 と思ったらマイクを持ってステージ上で待機しておったジャッカル殿が、わしと勇殿の前に書類のようなものを広げた。


 いや、これ書類というか……け、契約書?


「というわけで、こちらがかの有名な甲子園の伝説、石家光成選手と小谷勇多投手。

 なのですが、これから2人ともいったん野球の件は忘れてもらって、このチームのフォワード陣になってもらうことになりました!」


 なりました! じゃなくて!

 ジャッカル殿? マイクを持って記者団にそんなこと言っておるおぬしが、逆に記者団から正気を疑われるぞ!?


「おぉー!」

「あの2人が……!?」

「それはすごい!」


 なんで記者団の面々もちょっと乗り気やねん!

 全員ぶっ殺すぞ!


 じゃなくて!

 2時間ほど前に利家殿と『この国の民を守る』みたいな立派なこと言っておったわしとしては、情けないぐらい見事な手のひら返しだけども!

 いや、そもそもこの状況がおかしいんじゃ!


「どどど、どういうこと? とりあえず説明して!」


 しかし、このような流れでわしの願いなどかなうわけもない。


「んじゃ、契約を!」

「待て待て! ジャッカル殿!? 説明をォ!」


 あっ、言葉がぶれた。まぁいいか。


 顔をぶんぶんと横に振りながら、さっきまでわしらがおった集団の中に寺川殿の姿も確認する。華殿の斜め後ろに立ち、こちらを見て爆笑しておった。

 あっ、暁光もおる! 6歳になった暁光は可愛い盛りじゃ。わしにもめっちゃなついておるし、冷静さを取り戻すために少しあやつと遊びたい!


 じゃなくて!


 昔、寺川殿と一緒にサッカーゲームをしていたから、佐吉はサッカーにも結構詳しいと。

 その情報を冥界四天王に仕込んだのが寺川殿じゃな!

 そんで去年あたり、冥界四天王のセットプレーの練習にやたらと誘われたのだけど、それが今の流れにィ!

 絶対! 絶対じゃ! こんな手の込んだ策略、主犯格は寺川殿以外には考えられん!!


「悪いようにはしないからさぁ!」


 もうそれ、悪いヤツが言うセリフやんけ!


「大丈夫! 報酬も出るから!」


 1試合800万? それは魅力的! じゃなくて!


「ふっふっふ。光君は契約さえさせてしまえば絶対それに従う、って……あっ、これ内緒の話だ」


 それ、華殿の考えッ! つーか華殿も……!?


「光君……えぇーい。往生際が悪い!」


 そういいながらカロン殿が動き出す。


「きゃーーーッ! やーーーめーーーてーーーッ!!」


 ぺたっ……


 カロン殿に手をつかまれ、指をいい感じに操られ、朱肉の赤いインクが付いたわしの親指が契約書にゆっくりと、しかしながら確実にぺたりと触れてしまった。




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