勇殿に心の中でごめんなさいしつつ、わしは執務室前の廊下を歩く。
すぐに頼光殿と綱殿の姿が目に入ってきた。
「ひさしぶりじゃな、綱殿!」
「えぇ、三成さんも元気そうで!」
綱殿と軽く挨拶を交わし、3人で長い廊下を歩く。
ずいぶん待たせてしまったことを頼光殿に軽く謝ったんだけど、頼光殿からは
「お構いなく。場所が場所だけにアレでしたけど、控室の方で久しぶりにゆっくりできましたし」
という小気味よい返事が返ってきたので問題なし。というかやはり最近の頼光殿は多忙のようじゃな。
わしが利家殿と2~3時間ほど作業していた間に、それを待つ頼光殿は逆にのんびりと時間を過ごせたようじゃ。
なぜ頼光殿がわしの運転手役なのかわからんけどなァ!
いや、その理由も後で判明するんだけどなァ!
さすがにこの時点であんな悪だくみに気付くなど無理じゃ!
「んで、予算の作成はどうでしたか?」
何かいろいろと違和感を感じるこの状況。
だけどそれを誤魔化すように頼光殿が話しかけてきたので、わしはそれに答えるのみ。
「うむ。8割方終わったとみてよかろう。それにこれを手伝うことで、わしにとっても色々と勉強になることがあるのじゃ」
「くっくっく。未来の石家総理大臣になる準備になりますか?」
「茶化すな。それはまだまだ先の話じゃ。じっくり……そう、じっくりゆっくり階段を上らねば……」
「ふっ、利家殿も言ってましたけど、三成様にはすぐに政府の要職で働いてほしいと」
「あぁ、その勧誘も受けてきた。そのせいで退室が30分ほど遅れてしまったわ」
「ド、ドンマイです」
などなど、執務室内での出来事などを話しつつ、今度はそれぞれの勢力について。
「ところでどうじゃ? 出雲神道衆の組織は? 安定万全か?」
「えぇ、最近は特に大きな争いもありませんので。あの戦いのときも我々は城の周囲を取り囲んでいただけ。
戦力・組織力共に今のところは十分ですね」
ちなみにこのとき頼光が言った“あの戦い”とは、5年前の京都での戦の件な。
京都陰陽師勢力同士の内紛だから手を出すなと言ったのに、あの時の頼光殿は立場を隠して戦場のど真ん中に加入しやがった。
それをたった今「城の周囲を取り囲んでいただけ」と表現しやがったのは、絶対に忘れん!
この戦闘狂が!
「よく言うわ……」
わしがしかめっ面で頼光殿をにらんでみたけど、相手はそれを笑顔で受け流すだけ。
今度は頼光殿から問いが投げられる。
「そちらはどうです? 陰陽師の方は?」
うーん。
まずおかしいのはあの戦いの後、なぜかわしが京都陰陽師勢力の最高権力者っぽくなっておるのじゃ。
いや、あの戦いは“反三成派”を“三成派”が全滅させた戦い。
勝手に“三成派”の筆頭――というか三成派という名前を付けられているのがおかしいし、その後の戦後処理でも残った陰陽師たち、そして組織に所属する諜報員たちがわしを担ぎ上げ、勝手に組織の重要ポジションを押し付けられておる。
まぁ、わしの近くには三原や寺川殿がおるし、面倒な問題は主に三原が対処してくれるからそれほど負担ではないんだけど、わしそもそも陰陽師でも、身分を隠すべき諜報員でもない。
だからこの立場については、ミスキャスティングの感が否めないのも事実じゃ。
「うーん。まぁだいぶ戦力が戻ってきて、最近やっと各地の均衡も安定し始めた。というぐらいじゃな」
なのでわしは右手を顎に当て、歩きながら地面を見つめ、そしてふんわりとした答えを返す。
そもそも5年前に勢力を真っ二つに割った組織じゃ。
その時の双方の消耗も決して小さくはないし、その後の戦力の回復も5年やそこらで戻るわけがない。
「そうですか。そうなると……新田さん……でしたっけ? 惜しい方を亡くしましたね」
うむ。陰陽術においてはおそらくトップレベルの技術と知識を持っていた新田殿。
その新田殿は1ヶ月程前に他界しておる。
90をゆうに過ぎていたから大往生と言えば大往生。老衰で亡くなったと言っても驚くことはない。
だけどじゃ。当時の新田殿はいたって健康。
死因がアニメ視聴中にストーリーの急展開に驚き過ぎて心臓発作という、むしろ「そこは生きろよ!」と言いたくなるぐらい情けない最期だったらしい。
いや、晩年の新田殿のアニオタ具合を知っておるわしとしては、それもそれで本望じゃろうと思ったけどさ。
思い出深きあの京都輪生寺にて、大規模な葬儀もしてあげたしな。
「うむ。でも鴨川殿が後を継いで、色々がんばってくれておる。やはりあの2人はやり手の陰陽師だったのじゃ」
「ほう。それはそれは……」
「あっ、でも警戒はするなよ? 今、鴨川殿は記憶残しの転生術――それこそ新田殿から授かった技術を後輩の陰陽師たちに伝えておる。隠すことなく、な。
でもこれは陰陽師勢力内の皆で話し合った今後の方針なのじゃ。
だけど武威残しの転生術に関しては手を付けておらん。
なんでもちょっとした手違いで、華殿クラスの化け物が生まれる可能性があるらしい。さすがにそれは怖すぎじゃ。
国内の各勢力によるパワーバランスも崩れる。
そこはちゃんと問題視しておるゆえ、出雲は暖かく見守ってやってくれ」
「えぇ。三成様がそうおっしゃるならば……我々としてもわざわざ京都と揉めるのも嫌ですからね」
そしてお互いの顔をじぃーと見つめ合うわしら。
意味ありげな視線をぶつけ合うこのやり取りも、わしら的にはいと楽しい。
と思ってさらにお互い武威による挑発などしてみようとしたら、ここで綱殿が割って入ってきた。
「はいはい。止め止め。別に揉める気なんてないのに、いちいちそれっぽくやり取りしないでください。
周りの部下たちがざわめき始めるんで……」
ちっ、このやり取りの面白さがわからんとは……でもまぁ、仕方ない。
わしらが武威をちょこっと垂れ流した段階で、官邸の警護に当たっていた頼光殿の部下たちが若干警戒し始めてしまったわ。
それを武威センサーに感じつつ、わしは視線を前に戻す。
「あっ、でも西国の……特に平家には少し警戒してほしい」
「ほう……といいますと?」
「平家の若人が記憶残しのオプションでぽつぽつと生まれ始めておるはずなんじゃ。
清盛との約束だからそこはわしの我がままで。
んでそういう理由でその人物たちを重点的に転生させておるんだけど、やはり記憶残しは幼い頃から注意しておかないと。前世の記憶そのままに行動し始めたらわしがせっかく取り持った源平同盟が瓦解しかねん。
平家の拠点は出雲の近くだし、そこは頼光殿の方に頼みたいんじゃ。よいか?」
「えぇ、特に問題は……いや、むしろそれを教えていただいて助かります」
「気にするな。わしと頼光殿の仲じゃ。というかそういう情報共有はマジで大切じゃ。特にわしら……」
出雲神道衆のトップである頼光殿と、京都陰陽師のトップに無理やり担ぎ上げられたわしの間ではな。
なので、あえて相手にこういう細かい情報も渡しておくことで、お互いの信頼関係を強くしておく。
これはさっきの挑発のような冗談ではなく、わしと頼光殿の間になんとなく生まれたルールじゃ。
「えぇ、我々2人にとっては……ですね!」
頼光殿もそこら辺をしっかり理解し、情報共有の件などに関しては真面目な表情を見せてくれる。
「まぁ、源氏から見れば物騒な話だけど、わしも源平同盟を見張っておく。今後数年、この平家勢力における記憶残しの台頭と周辺勢力とのパワーバランスについては、ちょっと重要事案ということで認識しておいてくれ」
「はい、了解しました」
そしてわしと頼光殿の物騒な会話は終わり。
というさっきからわしの後ろで、うずうずしてる感じの綱殿がわしらの会話の終わりを察知して、若干食い気味で割り込んできた。
「んで、話変わりますけど、三成さん? 自分、そろそろスタッドレス武威を次のレベルへ、と思っているんですが?」
相変わらず綱殿はわしの開発した武威技術“スタッドレス武威”の鍛錬を続けているらしい。
筋骨隆々な体から、あの坂田金時殿にも負けないレベルの殴打を繰り出しておるくせに、そこに機動力を……いや、でもこの向上心はやはり無下にはできん。
「うむ。んじゃお次はそっちの話題で!」
わしも笑顔で振り返り、綱殿からあれこれと武威操作技術の提案や報告などを受ける。
わしも現状で実戦に耐えうるスタッドレス武威の新しい技術などを伝えつつ、というかわんやわんやと話し合いを始めた。
でもこの綱殿のテンションの高さにも理由があるのじゃ。
あのころとは違い、わしも綱殿も多忙極まる身のため、例の倉庫で行われる訓練は数週間から数か月に一度程度の頻度まで減ってしまった。
今日はたまたま2週間ぶりぐらいにこの2人と会うことができたが、2週間前の訓練では綱殿は要人警護の任務のため、訓練には参加はしておらん。
なので会える時にここぞとばかりわしから技術を盗もうという綱殿の気持ちもわかるし、最近は綱殿の方からスタッドレス武威の新しい使い方など提案してくれるのでそれも非常に助かる。
そしてそういうやりとりと個々の訓練を経て、わしの戦闘力もさらなる高みへと向かっておる。
ふっふっふ。例のアレを使えばわしの攻撃力は一瞬だけ華殿のレベルまで到達する。その“一瞬”を“連続”して……ふっふっふっふっふ。
でもこれはこの2人には内緒の話じゃ。
「ふっふっふ」
と、会話の最後に怪しい笑みを浮かべていたらわしらは官邸の玄関へと到着。
そこにはすでに頼光殿の黒塗り高級車が停められており、頼光殿は少し足を速めて運転席へ。
んでもって綱殿が後部座席のドアを開けながらわしをエスコートしてくれたので、わしも綱殿に背中をポンっと押されながらすぐさま後部座席へ。
しかし次の瞬間、武威センサーが違和感を感じ、わしは警戒心を強める。
「ん? これは?」
ところが、助手席に座ろうとしていた綱殿からすぐさま普通の雰囲気で返事が返る。
「あぁ、そうでした。今この車には神道衆特性の呪符を貼っております。敵から車を守るような」
「ほう! それはなかなかに!」
「えぇ、結界術……とでもいいましょうか。なので三成さんのセンサーにはちょっと違和感があるかもしれません。
もしあれだったら後日同じ効果の呪符をそちらにも献上しようと思うのですが、慣れるまでは結界内での武威操作は上手くいかないかも。
まぁ、むしろ車ごと防御力が増したともいえるので、三成さんのセンサーは引っ込めてもらっても大丈夫ですよ」
「うむ。それならお言葉に甘えて」
んでな。
これもちっちゃな嘘だったのじゃ。
いや、よくわからん結界術用の呪符とかについてはあながち嘘ではない、のじゃろう。わしの武威センサーが異変を察知したからな。
でもわしの武威センサーを引っ込めさせ、そしてわしそのものが武威の放出を止めるように、綱殿がついた嘘。そしてそれを聞きながら運転席でこっそり笑っておる頼光殿!
「では出発します。でも少し急ぎますよ? ふふっ……くっ。これから都内の道路が込みますので。ぷぷっ!」
「うむ、世話になる。いつもいつも申し訳ない。」
「いまさらそんなこと言われても……ふっ……」
いや、笑っておる! この時は気づかんかったけど、すでに頼光殿、笑っておるやんけ!
「え? 加速……はやっ!? えぇ! 頼光ど……の! うぉッ! ちょ……? 速度出し過ぎ! え? えぇ!
きぃーーーやぁーーーーッ! よーりーみーつーどーのーッ!? ちょっ、スピードーォ??」
んで、パトカーのランプを車体の天井部に貼り付けての、ドリフト走行を駆使した違法まがいの狂気のドライブが始まった。
「お、おぇぇ……」
都内の高級ホテルの駐車場。車が到着するや否や、わしはすぐに車から降り、近くの草むらにふらふらと近づく。
膝をつき、肘も地面について、顔を草むらの中へ。
もちろん吐き気と戦うためじゃ。
ちっくしょう。頼光殿のやつ、車のチューニングをこっそり変えやがった。
「あっはっは。どうしました?」
「おぇ、おえぇ……とぼけるな。頼光殿!? サス変えやがったな? 少し緩くしたじゃろ!? めちゃくちゃ揺れたやんけ!」
「おぉー。よく気づきましたね。さすがです。サスペンションを少し柔らかくしたんですよ」
「さすがです、じゃなくて! なんでじゃ! おぬし、“サスは固めが最高”のポリシーはどうしたのじゃ!? あれだけこだわってたのに!」
「いえ、たまにはこういうのもいいなぁ、と思いましてね。これも歳のせいですかね!」
ちなみに頼光殿は40代の後半――アラフィフという年齢に差し掛かっておる。それゆえ車の運転や改造もガッチガチのレーシング仕様ではなく、そろそろ落ち着きを求め……じゃなくて!
だったら少しは安全運転を心掛けろよ! なんで20分はかかる距離を4分38秒で移動すんねん!
「いやぁ、三成さんからも感想を頂きたくてですね」
ちなみにわしの背中をトントンと叩く頼光殿のさらに背後からは、綱殿の笑いをこらえる小さな声が……。
「くっそう! 確かにスピードの割にはシートからの突き上げがやわらかい!
でもじゃ! サスが柔らかくなったせいで車体がバインバイン跳ね過ぎなんじゃ!
そのせいで酔ったわ!
つーか、普通に走れよ! お巡りさんに捕まるぞ!」
ここで綱殿は大爆笑。でもこの2人がまさにそのお巡りさんなので、わしの願いなどかなうはずもない。
というか確かランプの点灯とサイレンを鳴らしている間パトカーは緊急車両扱いになって、道路交通法の適応外になったような気が――ってそんな小難しいこと考えてたら頭もふらふらしてきたわ!
「ぐぬぬ……げほっ……おぇえぇ……」
そして今気づいた。つーかやっと気づいた!
頼光殿のやつ、絶対にこのいたずらをするために、今日のわしの運転手役を買って出やがったな。
何してんねん。警察のトップとしての仕事してろや!
しかも知らぬうちにわしの背中に武威を封じ込める呪符が貼ってあった。
これ、あれじゃな? 車に乗るとき綱殿に背中をポンって押されたけど、あの時貼りやがったな!?
そのせいで武威を封じられたわしの内臓が常人の耐久力となり、このような暴走運転に耐えられなくな……こんちくしょう!
よくわからん防御結界用の呪符を車に……とかいう綱殿のあの説明も、わしが呪符による武威の封印に気づかぬよう、武威センサーをひっこめさせるためのつまらん嘘じゃ!
そう!
謀じゃ! すべては謀られておったのじゃ!
「おぇおおぇぇぇええええぇぇぇ!」
だけど反撃を諦めるわし。むしろ反撃できるような体調ではない。
でもじゃ、わしをわざと体調不良に陥れた頼光殿のたくらみは、他に本当の狙いがあった。
「くっくっく。すみません。でも……では息を大きく吸いながら体内に武威を充満させてください」
「ぐっ、わかっておる。今しておる」
「ではお次。それを法威で内臓ごとにやさしく包む。はい、イメージして」
「うむ。こ、こうじゃな」
そして体調は回復。これはちょっとした治療行為なのじゃが、武威と法威を駆使することでこういうこともできるらしい。
と言ってもそれを教わったのはつい最近だし、戦闘中に重症の類など負った場合は焼け石に水程度の効果じゃ。
でもわしがそれをしっかり訓練しておるのか、頼光殿的には気になっていたらしく、このような仕打ちをしつつもわしを試してみたのじゃろう。
もちろんわしは真面目なのでそういうのもしっかり訓練しておるから、これにて吐き気と倦怠感からは回復じゃ。
「ふむ。三成様はやはり法威の扱いが上手い。これほど短期間にこの技術を……」
「褒めるな。わしを褒める暇があったら車のサスペンションについて、もう一回考え直せ。よいか? 車の剛性というのはじゃな……」
と今度はわしが反撃に出ようと思ったら、ここで勇殿の登場じゃ。
「光君、おっつー。って、どうしたの!?」
午前中に大学で一緒に講義を受け、昼ぐらいから別行動となっていた勇殿がちょうどホテルの入り口に向かって歩いてきていた。
しかし、勇殿はわしに声をかけるや否や、顔を青ざめておるわしの異変に気付いたようじゃ。
だけどいい歳して車に酔ったなどと言えるわけがない。もちろん頼光殿たちからの嫌がらせを事細かに伝えるのもめんどい。
「うぅ、軽い詐欺にあった」
なのでわしは適当に――しかしながら確実に頼光殿たちの立場を悪に定める言い方で、勇殿の問いに答える。
「あ、あぁ……どんまい」
でも勘の鋭い勇殿はわしのセリフと、それを受けてまたまた爆笑している頼光殿たちの雰囲気から、わしのこの体調の異変が緊急を要する事態ではないことを理解しつつ、短く一言だけ。
わしも勇殿の労りを期待していたわけじゃないし、やはり武威と法威で内臓を活性化させたので体調の回復はほぼ完了。
ここでわしは頼光殿たちに礼を言い、ついでに勇殿と頼光殿たちが短くあいさつを交わしたぐらいで彼らとは別れた。